9.

　あまりに突飛なその提案に、ピアは思わず目を丸くする。

　ポポロは「名案でしょう」と言わんばかりに胸を反らして答える。
　ようするにまたいつものか、とピアは細い息を吐く。夏祭りが終わったばかりだというのに、次から次へとよく思いつくものだ。ポポロにとって「楽しいこと」を思いつくことは、呼吸をするのと同じことなのかもしれない。

　ポポロは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに顔を上下させる。眉が自信に満ちて吊り上がる。

　予想の範疇を大きく外れた提案に、ピアは小さく開いた口がふさがらない。
　ポポロはそんなピアを無視してしゃべり続けている。——おっきなランチバスケットを用意して、真っ白なテーブルクロスを敷きましょう。タンポポ荘の外で、メルンテーゼの景色を見ながらお茶会をするんです、
　そしてポポロは、さらにとんでもない爆弾を落とした。

　ピアの口端から、言葉のなり損ないみたいな音が漏れる。
　それを誤魔化すように喉を小さく鳴らしてから、あらためて、

　ポポロとピアがエンブリオとあまり交遊関係にないのは、ひとえにタンポポ荘があるからである。一揆に参加しているとき以外、二人はほとんどリチェッタにいるため、騒ぎ好きなノームや世話焼きのフェアリー以外は「顔見知り」と言ったほうがしっくりくる関係だ。
　ただまあそういう放任さを好んで契約しているエンブリオもいる。例えば、

　しかしポポロは怯まない。にへらと笑い返して、こう言った。

　誰彼構わず敵を作りたがっているようにしか見えないアルラウネが、お茶会なんてものを喜ぶとは到底思えないのだが。

　ピアはすぐには答えずに、しばらく押し黙って頭の中で最良の答えを考えた。
　結論が出た。考えるだけ無駄だ。

　ポポロは嬉しさのあまり飛び跳ねる。長い髪が生き物みたいに踊っている。
　やがてピアと顔を見合わせて、言葉を発することなく、ただひたすらにその笑顔を向ける。
　ピアが何かを言おうとしたそのとき、

　まるで狙いすましたようなそのひと言に、ピアの顔に僅かな苦笑が浮かぶ。

　不意に、視線がポポロから外れて、リチェッタを巡った。
　メルンテーゼにきてから毎日いたこの場所に明日はこなくていいのかと、ピアはぼんやりと思う。
　誰もいない客席が目にとまった。妙な想像が頭をよぎる。
　明日は、住民たちは一体何をしているのだろうか。

　　　＊

　そして翌日。
　ピアはいつも通りの時間に目覚め、いつものようにさっさと自室を出た。

　そして朝のひんやりとした空気を吸い込んだところで、今日はリチェッタに行く必要がないことを思い出した。
　胸にぽっかりとあいた空白感はどうにも落ち着かず、頭をぼりぼりと掻く。
　今さら部屋に戻る気はなかったが、これといった用事もない。さてどうしたものかと考えていると、隣のポポロの部屋のドアが目に映った。
　とくに何かを思いついたわけではない。しかし足は自然とそちらへと向かって歩き出して、気づいたときには扉をノックしていた。

　言ってから、ピアは自分の行動が少し情けなく思えて顔をうつむかせる。まるで子供みたいだ。
　——そして、当然くると思っていた返事が、いつまで経ってもこなかった。
　珍しい。
　寝ているか、どこかへ出かけているか、可能性としては後者のほうが高そうだが、ポポロがどこにいるかなんてピアには見当が付かない。というよりも、ポポロは「どこにでもいる」というイメージが強い。おそらく四六時中そばにいるせいだろう。
　——まあ、いないならしかたないか。
　頭の中でため息をついてから、ピアは歩き出す。
　そしていつもとは違う道を選んで歩くと、あることをに気づく。そういえばタンポポ荘の中をしっかりと見て回ったことが一度もない。少し前まで慌ただしく改装を繰り返していたが、今は住人の出入りも落ち着いているし、一度ぐるりと全体を見るのもいいかもしれない。
　そうするか。
　心の中でそう決めると、先ほどよりも足取りが少し軽くなった。
　神様のはじめての休日は、こうしてはじまった。

　ポポロがスターゲイザーを連れて逃げてきた！

　万已楽がパロロコン達を連れて逃げてきた！

タンポポ荘のいずこか。
アムルの部屋か、リチェッタか、なんでもないただの廊下か…とにかく、
ポポロが一人手がアイていそうに見えるタイミングで住人ではない少女が話しかけてきた。

挨拶を〜と言いつつ自ら名乗る気配も名を聞く様子もない。
尋ねられれば　周りからはナナシと呼ばれているよ　とだけ返すだろう。

　クロエは反応を想像しているのか、少し笑っていた。

彼女の実に楽しそうな表情を見て、彼も楽しそうにシャウトした。

と、彼は一点して真剣な顔をして答える。
しかし見方によっては、カッコイイ表情をしてカッコつけてるだけ。と見えるかもしれない。

そう言って彼は右手を彼女の前に差し出した。どうやら握手の手のようだ。

　　　　　 怪傑X>>
.　　　　　【抵抗の意思、検知不能。吸収開始】

ポポロの問いに答えるように言葉を発しながらも、構わず化け物は生命力を奪おうとする。
それはポポロにとって、大目に見ても少し疲れる程度の量だろう。さほど勢いも感じられないだろう。

しかし化け物にとってそれは、目一杯に捻った蛇口の水で風船を膨らませるかの如き行為だった。
化け物の体のあちこちから光が漏れ始め、化け物は苦しみだす。
ポポロを掴んでいた手は離れ、近付いただけで焼けてしまうような熱気を発しながら後ずさる。

　　　　　 怪傑X>>
.　　　　　【警告、吸収過多によるキャパシティオーバーが発生。自壊が進行中】
.　　　　　【可能な限りの生命力を回収した後、X-13を破棄する。混沌化、解除】

化け物は溶けるように形が崩れ、中から現れた仮面の男がその場に倒れこんだ。

その一言と共に仮面が剥がれる。

仮面はどこかへ飛び去ってしまった。




仮面が飛び去った後……

余った生命力のお陰か、X-13と呼ばれた男は息を吹き返したようだ。
黒いマントと服はボロボロだが、傷も塞がっており意識もある。何より………

すごい音で鳴った腹の虫が、”人として健康な証”を醸し出していた。

X-13は思わず飛び起きた。

起き上がっての第一声。
化け物になった自分が暴れまわり、ポポロを襲ったことは覚えているようだ。

X-13は思い出したように、”アト”という名前の何かを呼び始めた
しかし何かが起こる気配も無く、呼び声は虚しく響く。

今度は控えめな音で、腹の虫が鳴った。

段々と空腹状態であることが、顕著になってきた。
本人は強がっているつもりだが、気持ち前屈みになっている。

空中で上手くバランスを取りながらルームキーを受け取る。
それを確かに懐にしまって、着地。

素敵なお家と言われて、ぐるりと周囲を見渡す
「あったかい」と呟いて—

そう言って窓枠を指差す—
どうやら、日夜攻城中の城のことであると主張したいらしい。

ものすごい対抗心があふれている！

そういえば他の者からの差し入れを断っていたこともあったかな、と思い、頷く。
片方を煙の中に消し、話を聴きながら緑茶の方をひとくち啜り——、

あまりに平然と口にされたので、行儀悪くも思わず緑茶を噴き出しかけてしまった。
他の住人達にとっては周知の事なのだろうか。しかし、誰も平伏して敬っていないような……。

ツヅミは混乱している。

色々と混乱している様子。

本人は頭の中でもやもやと考えているつもりのようだが、完全に声に出てしまっている…。

水辺の木の陰からこちらを見るものがいます。

目が合うと多少戸惑いはしたもののこちらに出てきました。

身振り手振りを交えて。果たしてなんとか伝わっただろうか。緊張の面持ちで見ています。