ENo.854 享楽

13日目

　パチパチと火の中で木のはぜる音がする。
　時折火花が飛び出し、一瞬後目映い光を放つと後はすっと夜の闇の中へ消えていく。時間の経過とともにその動きは小さくなり、炎の下から灼熱色になった薪が姿を現すのが見えてくる。
　遠く森の中からはナニモノか、遠吠えの声が響いてきて･･･

　享楽はふと顔を上げる。
　気づけば、もうすぐ夜も明けようかという時間。周りは暗いが、遠くを見れば山の端が微かに明るさを帯びてきたように感じる。
　「おっと、たき火の番を少しさぼってたようさ。」
　一人言葉を放つと、降ろしていた腰を上げそのままの動作ですっと立ち上がる。焚火に向けていた顔を背後にあるテントの方へと向ける。袖を翻しながら体をテントに向け、テント脇に積んである薪の場所へと歩みを進めていく。
　歩みの最中、享楽は昨日スティルフを出る際のことを思いだしていた。

　「今回は2チームに分かれよう。」
　町を出る準備をしているとき、ソニアが提案してきたのが事の起こりだった。
　「そろそろ、はぐれたあいつと合流しなければな。」
　「あぁ、あの人ね。」
　「そういやそうだねぇ〜」
　ソニア、フィンチ、享楽の3人は個々それぞれの反応を示す。
　実は今回の冒険が始まった頃、チームとはぐれ一人旅を進めたものがいるのだった。今までは別々で行動していたが、ちょうど良い頃合いでもあるので合流しようとソニアは言っているようだ。
　「何より、野党再討伐の依頼をこなすのに私は用無いからな。」
　今度こそしくじるなよ、ソニアの真顔が享楽の顔を引きつかせる。前回の野党討伐で足を引っ張っていたのは誰であろう、享楽その人であるため何も言えない。
　「まぁ、そだね。そっちの方が効率良いしね〜」
　フィンチも賛成したことで、今回の冒険は2ルートに分かれ「野党再討伐チーム」と「はぐれた仲間と再集結チーム」で先を進むことになったのであった。
　ちなみに、享楽は最後まで沈黙を貫き通していたという。

　抱えた薪を火の中へくべる。
　小さくなっていた火がさらに小さくなる･･･と思った次の瞬間、入れた小枝に火がともりその勢いを加速させていく。
　その様子を見ながら享楽は腰を下ろし、山の端から顔を出し始めた陽光をじっと見つめる。洩れ始めた光が森へ降り注ぐと、木々の合間から白い靄があがり始めている様子が目の中へと飛び込んでくる。
　（今朝はちょっと冷えるかもな。もう少し火の勢いをつけておくか。）
　火に入れた薪がはぜる音に、目が覚めた鳥達のさえずりが合わさり絶妙の音楽が奏でられる。
　
　その音に耳を傾けながら、享楽はこの後の戦いのことを考える。
　前回のような失態を犯すつもりはないが、戦いである以上必ず勝てるとは言えないもの。だからといって負ける気はさらさらないが、油断は禁物であろう。
　「ん、ちっとは成長した俺っちの力を魅せないとなぁ」
　自分の手の内に視線を移し、握ったり開いたりしながら呟く。

　「ふぁあ〜。おふぁよぉ〜」
　のんびりとした朝の挨拶をあげながら、フィンチがテントから出てくる。陽も山から顔を出すまでになり、辺りは朝の陽光に目覚めさせられた靄に包まれていた。まるで夢の世界が目を覚まし、現実の世界へと起きてきたような錯覚に陥る。

　野党再討伐まで後少し、気負わず腑抜けず適度にいこう。
　「おはよ〜。今朝は冷えるさ、焚き火のそばで朝ご飯さ〜」
　享楽は大きな声で声をかけた。