ENo.2354 ソニア・スパルタクス

「アイドル？」

ソニアは、チラシを見つめながら、ポツリと呟いた。

「ふむ……」

チラシを片手に、ソニアは街を歩いていた。
何でも、イベントが開催されるらしい。

普段であれば気を向けなかっただろうが、今のソニアには時間に余裕があった。
パーティーを組んでいた2人は、失敗した依頼をリベンジするために、別行動を取っている。
先に一人で依頼をこなしてしまったソニアは、オルゼの街に向かうまで、かなりの時間に余裕が生まれていたのだ。

……もっとも、チラシに刷られていた写真の少女を見て、つい興味が湧いた部分がゼロではなかったが。

──ライブ会場

会場は、かなり人が集まっているようだった。
可愛く飾られたステージの上で、少女が歌って踊っている。
その周りを、曲のテンポに乗りながら観客がステージ周りを埋めていた。

入り口には、「聖☆バレンタイツ！！！」と書かれた看板が立っている。
題目の下には、「チーム『ホワイト』ライブ会場」と書かれていた。
そこで、ソニアは再度チラシに目を落とす。

どうやら、３つのチームがそれぞれ、新曲を発表しながらライブを行っているらしい。

「なるほど……」

参加費無料という言葉通り、出入りは自由になっていた。
ソニアはチラシを片手に会場内へ足を踏み入れていく。

ステージ上には、１１人の少女達が、歌と踊りを披露している。
チーム『ホワイト』の言葉通りに、白を基調とした、可愛らしいステージ衣装を全員で纏っている。

「それじゃあ、今回の新曲だよ！！　『スマイル・デリバリィ』！！」

その声に、観客のボルテージはさらに上がる。
キラキラと光るサイリウムが観客の頭上に躍り、最前列では珍妙な動きをする一団がいたりして、その熱気は凄まじい。

ソニアは、それを遠巻きに見つめながら、それを見守っていた。

レシピの写真とにらめっこ　バターケーキの雪だるま
こんなに可愛くできるかな？　キミはどんな顔するのかな？

焦げた匂いに顔を上げる！　真っ黒焦げの雪だるま
こんなはずじゃなかったのにな　涙あふれ出してきたよ

にじんだ写真にキミの顔重なる
雪だるま　優しく笑ってるよ
『ああそうだ』　この笑顔が見たいんだ！

雪は溶けて消えちゃうけど
私の気持ちは芽吹くのかな？
勇気出してキミに贈ろう
私の気持ち届くのかな？

待ち合わせ時計とにらめっこ　溜息ゆれる雪だるま
視線を向けた先に見えた　キミの姿に走り出すよ

凍った地面に足が滑る！　潰れたハコの雪だるま
こんなはずじゃなかったのにな　涙こぼれ落ちてきたよ

泥をぬぐってキミが箱開ける
雪だるま　ひとかけら口に運ぶ
「おいしいよ」　この笑顔見たかったんだ！

チョコは溶けて消えちゃうけど
私の想いは残るのかな？
愛をこめてキミに贈ろう
私の思い届いたかな？

嬉しいのに涙が止まらないよ
私の口にひとかけら　雪だるま
「おいしいね」　キミが頭撫でる
『ああそうだ』　この笑顔見せたかったんだ！

雪は溶けて消えちゃうけど
私の気持ちは芽吹くのかな？
チョコは溶けて消えちゃうけど
私の想いは残るのかな？
愛をこめてキミに贈ろう
私の想い届いたかな？　

私の笑顔届いたよね？

「ありがとーーっっ！！」

アイドル達の声に、観客達はあらん限りの歓声を上げる。
地響きのように響くそれは、彼女たちのパフォーマンスが本物であることの証でもあると言えた。

ソニアも、自然と顔を綻ばせて、手を叩いていた。

「こういう音楽は慣れぬが……、存外良いモノだ」

そう言って、ステージ上のアイドル達を見つめる。

汗を迸らせながら、全力でパフォーマンスをやりきった彼女達の笑顔は、やはり眩しく見える。
単なる表面の可愛さだけではない、芯と想いを感じさせるものだった。

「やぁ、そこのお姉さん。ライブを折角見に来てくれたんだし、買い物でもどうですか？」

ソニアは、声をかけられ、そっちの方へ向く。

すると、そこには売店があり、その中で販売員らしき青年が笑顔を向けていた。

「……そもそも、私は彼女たちのことを知らんのだがな」

「ええっ？！　そうなんですか？！　それなら、尚のこと、今からちゃんと覚えていってください！！」

グッズやノベルティ、限定アイテムまで、色々取り揃えてますよ、と青年は笑顔で語った。
ソニアは顎を撫でて、その商品を見回した。

まず、CD。今、パフォーマンスを披露していたチーム『ホワイト』に加えて、２チームがあるらしい。
しかし、ソニアにはこの『CD』を再生する術を持たない。
パッケージを愛でることは出来るだろうが、それではあまりにも虚しい。

続いて目に入ってきたのは、ブックレットだ。
手に取って中を見てみれば、このアイドルグループ「KT2」のメンバー紹介や、今回のライブコンセプト、インタビュー記事などが載っているようだった。
ブックレットなら、読むのに異世界の技術はいらない。
これだな、とソニアは目端を付けた。

そして、派手なPOPと共に飾られているのが、チョコレートのボックスだ。

「あぁ、それは今回の目玉アイテムですよ！！　その名も、『KT2：スペシャルバレンタインチョコ詰め合わせボックス』！！　今回の限定ですから、特にオススメですっ！！」

CD3枚お買いあげの方にはもれなくプレゼント、と書かれた文章を読みながら、そのチョコレートを見やる。

可愛らしいチョコレート人形が、合計26個入っている。
どうやら、アイドル一人一人をかたどっているらしい。

「では、ブックレットと限定チョコレートを一つずつもらおう」

「はーい、まいどありっっ！！」

青年はハキハキとした声で答え、手早く商品を袋に詰めていく。

ソニアは代金を支払い、それを受け取る。

「定期的にイベントも開催してますから、またどうぞ！！　彼女達を応援してあげてくださいね！！」

「うむ。折角の縁だからな。機会があれば、是非呼ばれよう」

満足げな表情を浮かべて、ソニアは会場を後にした。

──野営地にて

ソニアは、ライブ会場で購入したブックレットを読んでいた。

KT2に参加しているアイドルの、一人一人をチェックしていた。
ライブ会場で、気になった子が居ないわけでもない。
ご主人様に愛でられているが、そういう思考が頭をもたげるあたり、ソニアの性根はなかなかのものと言えるかもしれない。

ちなみに、このブックレットを読む以前から、名前だけは聞いたことがある人物も居た。それだけ、このKT2というアイドルグループが、このセルフォリーフで好まれているという証拠だろう。

その魅力的な女性達を見て、その思いを知って、今日のライブを反芻すれば、多少なりとも情が動くものだ。
ソニアも、知らず知らずの内に、彼女たちへの興味を持ち始めていた。

聞けば、ファンクラブなどもあるという。

「……一度、どういうものか体験だけしてみるのも悪くあるまい」

ポツリと呟く言葉は、どこか自分に言い聞かせるような雰囲気を纏っていた……。