ENo.2728 ジョン・ゴンベエ・スミス

――人は皆、平等では無い。
当然だ。生まれてから死ぬまで同じく等しく生きて往くことなど有り得るわけが無い。
この世にどうあっても敗者と勝者が生まれることは世界のルールですらある。
だがしかし、我々はその普遍且つ不変の真理を、協力し、助け合うことで覆すことが出来るということもまた真理なのだ。

力のある者は力の無き者を守り、富める者は貧しき者を救い、病める者は健やかなる者が助く。
守られ、救われ、助けられた者はその後に恩義を別の形で返す。
その善意の連鎖と言うべき繋がりが世界には確かに存在する。
競争、闘争、大いに結構。そうやって人々はこの不平等な世界でよりよく生きようとしているのだから。
戦わなければ生き残れない、偉い人もそう言いました。
――だがそれらの行いは、弱者を一方的に踏み躙るなどという類のものではけして無い。
どちらが勝ったにせよ、お互いを賞賛しあい、お互いに笑顔で終わる。理想論だが、勝負とはそんなものであるべきだ。

優しさ、温もり、そんなあたたかき何かもまたこの世界を生きていくための必要不可欠な要素。
敗者を見捨て、勝利の喜びに浸るだけでは紳士ではあるまい。
泣くべき人間なんて、一人もいてはならない。例えどんな世になろうとも、それは絶対の正義だ。
だから、だから――

「俺の目の前でバレンタインデーの話をするんじゃあない……！」

賑やかな街の片隅で、俺が一人切なく飲んだくれているような、そんな世界は間違っている――そういうことだ。
――――別にチョコが貰えなかったからそういうことを言っているわけではない。本当だぞ。本当だぞ？　信じろよ？
……ええい、マスター！　お代わりだッ！！　ミルクのお代わり持ってきやがれ！！

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「――まあ……この世界に来て日の浅い俺が誰かから貰えるわけは無いのは、当然なんだが」
と、街路を歩きながら自分にツッコミを入れる。
あのまま呑んだくれているのも一つの手だったかもしれないが、現状嘆くべき事案はもう一つある。
そちらはまだ足掻く事が出来る以上、無為に過ごす時間は必要最低限に済ませなければならない。

その問題とは、自身の戦闘能力に関してだ。
この街の近辺を歩く分には問題ないが、世界を旅していくには絶対的に力量が足りない。
練習試合や闘技試合で手合わせする彼らに敗北するたび、その思いは強まっている。
今回、リヴィエラとの合流によって平穏の確保は出来たが、それでも遠い。
対人戦での頼みの綱の封殺にしたって技が少ない分こちらが不利だ。

彼らには一日の長がある。追いつくために何日かかるか分からない程に。追いつく事が出来るか分からない程に。
それでも、いや、だからこそ今諦めるわけにはいかない。今諦めては、恐らく今後追いつく事は出来ないだろう。
ただでさえ性質的に器用貧乏である俺には、迷っている暇は存在しない。
――一つ希望を上げれば、後追いによる情報量の多さ。最短距離を駆け抜けるべく行動する事が出来れば、あるいは……

「兎にも角にも、システムの有効活用法を考えないといけないがな……」
様々な思考を振り切るように、俺は宿へと足を速めた。

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物質構築エネルギー――通称、情報エネルギー。森羅万象を「存在させる」エネルギー。
システム――情報エネルギーを操り、現実を捩じ曲げる力。俺の唯一の手札にして最大の切り札。
使い方次第でなんでも出来る、まさに夢のツールだろう。だが、「あれ」を理解していると、どうもちっぽけなものに思える。
元の世界では使用に制限が掛かっている事もあり、ちょっとした便利グッズとしてしか利用していなかった事も関係がある。
しかし今はそのちっぽけな力だけが俺の有利点だ。最大限に活用したい、活用しなければ……
だが、具体的な考えは浮かんで来ない。自らの固定観念を突き破るのは中々難しい。
どうしたところで、頭の中を同じ文章がぐるぐるまわるだけでしかなかった。

こんこん。
「おーい、いるかー？」

……ここ数日で聞き慣れた声がする。てむてむだ。
てむてむの主人であるエリーゼはあいつを小間使いのように働かせる。馬車馬、と言い換えてもいいかもしれないが。
「ああ、いるぞ。なんの用だ？」
兎も角、あいつはわざわざ遊びに来れるほど暇では無い。エリーゼから何か要件を受け取っているのだろう。
とっとと聞いてとっとと済ませよう。そんな事を考えて扉を開けると、
「…………お前、誰だ」
そこには見覚えのない、銀髪の少年が立っていた。
「俺だよ。俺」
「生憎と「俺」という名の知り合いはいないんだがな」
ひとまず、こんな機会でも無いと言えないお定まりのやり取りをしてみる。
てむてむの声で話す少年は、面倒だとばかりに小さく肩を落とした。

「いや、実はお嬢がさ……」
と、少年が語り始めて曰く、この世界では獣神ではなく人神であると認識されているから、だの、
お嬢の実験で気がついたらこうなった、やら、もうちょっとかっこ良くならないものか、とか。
ともあれ、お嬢……即ちエリーゼの仕業と言う事は理解出来た。成程、それならばこんな異常も納得出来よう。
あのちびっ子尊大魔法使いは、てむてむに関する研究をしばしば行っている。魔術的な研究に関してはさっぱり知らないが、それ故に何があっても不思議とは思わない。
“仮にも”神族たるてむてむは、貴重な研究対象だろう。そう考えれば、この程度の実験は日常茶飯事なのかもしれないな。
「こんなビックリが日常なわけないだろ……元に戻る目処が立ったのはいいんだけどさ」
まあ、そっちの深い事情はまた今度酒の肴に聞くとして。いい加減本題に戻ろう。
「脱線させたのはこっちだが、そろそろ要件を訊きたいところだな」
「ああ、そうだったそうだった。はい、これらの材料を合成して、この人達に渡してくれってさ」
そう言っててむてむは俺に材料とメモを手渡し、まだ何かすることがあるのだろう、足早に去っていった。

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ベッドに座り込んでメモを見る。合成する組み合わせ、そして依頼人の在留地が書かれている。
しばらくしたら取り掛かろう、合成している間にアイデアも浮かぶかもしれない。
……しかし、てむてむ本人には直接言えないが、便利な奴だな。使い魔、という括りに入るのだろうか。
主だった雑用は大抵あいつがこなすし、戦闘もてむてむが担当している。
まあ、てむてむの戦闘能力を引き出すにはエリーゼが必要なのだが。

それにしても、使い魔には少し憧れるな。雑事を処理してくれる――あいつらは特殊な例な気もしなくはないが――のは何より、戦闘において「数の利」というものは大きい。余程の実力差が無い限り、人数が多い方が強い。例え「何か邪魔」であろうと、総HPや対象の分散、攻撃回数の増加はそれを補って余りある。リヴィエラは召喚術を会得していると、初顔合わせの時に聞いた。召喚術もまた「数の利」を得るための術であり、それが体系化されているのは即ち有用だからだ。

「アップルさん」もそういう意味ではやはり必要だったかもしれないが、あの暑苦しさを軽減するためにデータだけ取ってお帰りいただいた。後はあのデータを流用して機械装甲のアタッチメントを追加すれば同じ程度の戦力の確保は出来る。マニピュレータを増やすと同じAIで賄えなくなるが、改造すれば簡単に増強が見込め……む？

そこまで考えてぱんと膝を打つ。俺は今まで「何を作るか」、それだけを考えていた。
だが、違う。「質」という点では勝負してはいけない。俺の世界の異質はそこでは勝てない。
そうだ。「量」。量産、という点において、平凡さは取り柄になる。俺自身が平凡である以上、道具もそこに合わせるしかない。

「となると材質は……無難に機械装甲と同じでいいか。知能も単純なものでいいな、まずは運用可能か確かめないと」
そうとなれば作業は一本道だ。設計図が無いから面倒は山盛りだが、やることが定まっているのは良い。
立ち上がり、伸びを一つ。街を出るまでに間に合わせれば……試運転は道中で行えるだろう。