ENo.1396 めいふの

注意）この日記は「焔の月 10日目」のふのさんの行動を記したものです。日本時間では2011年12月22日から2012年１月12日の間の内容になります。

☆　２つの世界の時間のズレと帰省旅行・後編

前回までの粗筋：ふのさんはお正月なので日本の某市のお屋敷に帰省していた。セルフォリーフは日本より時間の進みがゆっくりなので、しばらく日本でのんびりできる。ふのさんはセルフォリーフの旅行について、お屋敷に集ったお客さんの前で発表することになった。

ふのさんが発表会の準備をできるのは、大晦日の夜からお正月の昼の間のわずかな時間しかない。お嬢様は「しかたないわねぇ」とため息をついて、ふのさんの発表の準備を手伝ってくれる。異文化に詳しい黒曜様やパソコン操作に詳しい羽衣様にも助けてもらい、ふのさんはあーだこーだと作業して、夜が開けた。

「はぁ…なんで私は徹夜なんてしているのかしら？」

お嬢様は新年早々ため息をつく。お疲れ気味です。ふのさんは何だか悪い事をした気分になる。ふのさんの曇った顔を見たのか、どうなのか、お嬢様はため息を苦笑に転じ、そして、柔らかな笑みをふのさんに向けた。

「まあ、いいわ。死体の育成は、気長な仕事ですもの」

ふのさんの心に目映い曙光が射したかのようだった。
100年の道も今日の努力から。今年もがんばろう。

☆　異世界研究成果発表会

元日のお昼頃からお客さんが集ってきた。天狗の頭領だとか、職業で天部をしてる人とか、宇宙忍者とか、みなさんはそれなりの肩書きをお持ちだった。

「ふのさん、お久しゅうござるな」

袈裟を羽織ったお坊さん立っていた。らのじ和尚だった。らのじ和尚は元・偽島の冒険者であり、ふのさんに異世界旅行のアドバイスをしてくれたこともある。異世界研究成果発表の場にはふさわしいゲストである。

「今日はふのさんの発表に招かれてみましたぞ」
「うー、あまり期待されても困るのです」

そうこうしていると、お客さん達は畳の広間に集り、成果発表会が始まった。お客さん達による異世界研究の成果が披露され、質問やコメントが盛んに交わされていた。その議論はふのさんにはちんぷんかんぷんなハイレベルな内容で、ふのさんの中で徐々に場違い感が高まってきた。うー、あちしみたいなへっぽこが混ざっていいのでしょうか。

ついには、ふのさんの番となり、名前を呼ばれて広間の上座に立つ。居並ぶ通り名持ちの視線を一身に受けて、ふのさんはあうあううううとなってしまう。心の汗もダラダラだった。

すがるようにお嬢様のほうを見ると、お嬢様もハラハラした様子で、ふのさんの視線に気がついたのか、お嬢様は無声で「がんばって！」と励ましてくれた。ふのさんの気持ちがふっと上向く。そうだった。準備も練習もあちし一人でやったんじゃあない。

さらに視線をズラすと、黒犬な黒曜様はざぶとんにちょこんと座っておられました。泰然としたお澄まし顔、怒りも焦りもなんもない、澄んだ面持ちです。あー、黒曜様の瞳を見ていると、なんかだんだん落ち着いてきましたよ。

「えー、こほん」

落ち着きを取り戻したふのさんは、咳払いをして挨拶の口上をのべ、セルフォリーフでの冒険で見聞きしたことを話し始めた。内容は以下のごとし。

１．セルフォリーフには様々な世界の住人が大集結！　
みかん星人とかいます。まあ、某市も似たようなもんですねけどね。

２．マンガ物理学が有効な世界
虎に襲われてボコられても食べられたりはしない。安心安全なマンガ物理学。

３．セルフォリーフの交通網は空中輸送中心？
野菜３つと少しのお値段で空が飛べるのです。

４．この世の天国！　ただ飯食べ放題！
その辺に生えている野菜や果物が食べられます。０円。

聴衆のみなさんは色んな質問をふのさんに向けてきた。ふのさんは「うー、わかりません」を４回くらい繰り返すと、お嬢様が質問の翻訳を請け負ってくれて、どうにかこうにか受け答えができた。

その後、聴衆のみなさんは議論を始めた。セルフォリーフと某市とでは共通点もあり、相違点もある。特に、４は決定的に異なるという。「ただ飯食べ放題」が、議論の中心となった。

「食べられる植物というのが、そもそも地上では珍しいものだ。河の間に文明の始祖が国をたてる事ができたのも（シュメールのこと）、人々が麦と出会ったからだ」

黒曜様はそのようにおっしゃいました。

「日本原産の野菜って少ないもんさ。タマネギや白菜が食卓に上がるようになったのは、ここ最近のことだし、日本人は、大昔から外来種を輸入しては、品種改良してきたんだよ」

某市の人々の暮らしぶりを眺めてきた羽衣様もそうおっしゃいました。

「山野にて食料を見いだすのは、なまじな知識では適わぬ。例えば、ドングリも食べられるが、これには強烈な灰汁がでる。キノコや山菜も毒に気をつけねばならない」

山岳修行が大好きならのじ和尚の言はかくのごとし。

地球では食べることがとても大変なのだという。人々はいつも飢えと戦ってきた。麦や米は正に大地の恵みであり、野菜や保存食は人々が営々と積み重ねてきた努力の結晶なのだという。

「ご飯に不自由しない以上の幸福ってないよ？　セルフォリーフの何が危機なんだ？」

らのじ和尚が応えて言うには、セルフォリーフは天人の住まう天道のごとき楽園であり、非常に貴重である。然るに、天道は六道輪廻を通じて地獄へも至る。その楽園の調和が乱れているというのならば、保護する意義はある、とのことである。

「ふのよ、報告ご苦労であった。引き続きセルフォリーフの世界について観察を行い、そして、危機の因果を見てくるとよい」

黒曜様からはまとめの言葉をいただき、会場からは拍手が起こった。発表が無事に終わって、ふのさんはほっと胸を撫で下ろす。それに、セルフォリーフの輪郭が、少しはっきりと理解できました。あそこは、失われつつある天国なのですね。

そして、ふのさんは続けて思う。某大魔王様曰く、光あればまた闇もある、のです。

なれば、地獄に相当する世界も、どこかにあるのでしょうか？

☆　お雑煮と黒豆とゲーム三昧

発表会の後は、新年の夕食会となった。ふのさんの席次は黒曜様のお隣で、黒曜様は黒犬から銀髪の子供の姿へ変化しておられました。肉球では箸は握れぬということらしい。

お屋敷のご家族はホスト役で、ふのさんはお嬢様から給仕をしてもらった。お餅うにょんなお雑煮から始まり、鯛や平目のお刺身、根菜と鶏の煮物、茶碗蒸し、おばあさまの黒豆、そんな山海の幸満載の日本料理を、ふのさんはもぐもぐいただいた。功徳食らう黒曜様も満足げだ。死体の味覚は曖昧なのだが、慣れ親しんだ懐かしい味がします。

おいしいです、と、お嬢様に伝えると、お嬢様の顔が綻んだ。ふのも幸せです。

翌日からはお屋敷でのんびり過ごした。お嬢様の親戚の子たちが遊びにきたので、ふのさんや黒曜様も一緒にゲームして遊ぶことに。ゲームといっても、バトミントンしたり、カルタとりだったり、ドイツ製のボードゲームを囲ったりと色々だが、わいわいきゃーきゃーと遊んだ。

ふのさんは、そういえば、黒曜様が自分と携帯ゲーム機で遊びたがっていたことを思い出した。「ゲーム機で遊ぶのでお前も相手をしろ」と黒曜様に言われ、ふのさんは帰省することになったのだ。

あれはどうなったのだろう？

「ああ、あれな。あれは飽きた」

黒曜様にさらりと流されてしまった。黒曜様は目の前のカードとボードに夢中の様子で、携帯ゲーム機どころではないようだ。テキトーかつ少々自分勝手でないと神々は勤まらぬということのようです。

まあいいか。ボードもカードもゲーム機も、あんまり区別できないし。神々はテキトーですが、死体は曖昧なのです。

☆　身体のメンテナンス

最後に、ふのさんは羽衣様と黒曜様に身体のメンテナンスをしてもらった。お屋敷の地下工房にはふのさん専用の呪術薬液槽があり、綿密なメンテナンスが可能なのだ。ふのさんは白装束姿になって呪いの薬液にどぼんと浸かる。薬液槽内は広々としていて、落ち着きます。

一晩薬液に浸かってメンテナンスは終了した。ふのさんは薬液槽から出て、バスタオルで身体をわしわしとふき、髪に櫛を通し、着物を着て帯を締める。リフレッシュ完了である。

「でも、疲労がかなり蓄積していたようだよ」

メンテナーの羽衣様曰く、異世界旅行は、生身も死体も区別なく、心身への負担が大きいものらしい。セルフォリーフでの激しい異文化体験で、ふのさんの心身は知らず知らずのうちに疲弊していたという。

「ふのよ、いましばらく休んでいくか？」

黒曜様はいつもの泰然とした調子でふのさんに問いかけた。

「うー、セルフォリーフに戻ろうかと思います」

パーティに迷惑はかけられません。それに、と、ふのさんは思う。黒曜様があちしを帰省させたのは、あちしの心身の疲れを慮っての事かもしれないし、そうでないかもしれない。

「黒曜様の名代としてのお役目を立派にこなしたいのです」

☆　再びセルフォリーフへ

ふのさんは再びスティルフの空港へとたどりついた。時計を見るに、朝の４時であり、まだ夜明け前であった。セルフォリーフの時間軸上では、ふのさんが出世界してから１０時間ぐらいしかたってない。

スティルフの街から朝一番の早馬に乗って街道を北上し、キャンプサイトへと到着する。なんか久しぶり。ふのさんが自分のテントへ戻ると、フライシートの間に残りごはんが置いてある。

これは何のまじないだ？　

あー、このご飯は昨晩の残りだ。おじやにするんだった。ふのさんはかつての自分の意図を思い出す。日本では一週間ぐらいのんびりしていたわけで、時間が止まっていたかのような妙な気分だった。

ふのさんが朝餉の支度をしていると、ランニングからななみねーちゃんが戻ってきた。

「おー、ふのっちじゃん。お帰りー」
「はいはい、ただいまっすよー」
「ずいぶん早かったな」
「え？」
「え？」

ふのさんは思った。テキトーさ心の強さなのかもしれない。まあいいや。

そうこうしていると、テントから陸さんやゆうなのお二方が出てきた。懐かしいな。ふのさんは朝の食卓の準備を整え、席に座ったパーティの皆さんに、日本土産のチョコレート菓子（苺チョコレート）を手渡しする。

「バレンタインデー？」

ゆうなのお二人はチョコとふのさんの顔を見比べてそう呟いた。
チョコなんてお土産の定番ですよ？　何でそう思うかな？
お二人は天然だからなのか、あるいはもっと深い理由があるのか。

ともかく、ふのには分かりません。