ENo.1396 めいふの

☆☆　呪いの猖獗と天使様の出現　☆☆

ふのさんは、パーティメンバーとスティルフ市場で
朝から買い物に精を出していたのだが、お昼になる頃には、
人にもまれてへとへとになっていた。

パーティは市場近くの「スティルフ市中央公園」で昼休憩。

ふのさんもポテトサンドをもそもそ頬張り、
イチゴジュースをズズーと啜って、
ベンチでぐってりと空を見上げる。

昼からまた食料調達で市場巡りなのですが、疲れたなー。

「じゃあ、一時間ぐらい休憩にしようか」

パーティの軍師的存在である四畳半の陸さんは空気を読んだ。

対してふのさんは休憩時間になると元気になる調子のいい死体、
せっかくなので、公園を散歩してみることにした。

☆　結婚のパーティを見る

ふのさんは公園と町並みを見渡してふむむと思う。
図鑑で見たヨーロッパの町並みとあまり変わらないようです。
大空をチョコやらお菓子やらがびゅんびゅん飛び交っている光景は、
地球のどの地域とも大違いなわけだが。

ふのさんは公園の端までやってきた。

公園と街との境界上にはレストランが立っていた。
そのオープンテラスにはスティルフの街の人達が集っていた。
彼らはみんな同じようなデザインの服装であったが、
意匠には格式があり、
いわゆる正装なのではないかと思われた。

特に一際華やかに着飾った男女がテラスの中心に座っていた。
みなさん口々におめでとう！とか言っているので
どうやら結婚のお祝いのパーティみたいだ。

歌や踊りの余興もあるようなので、ふのさんはベンチに座り、
結婚パーティの様子を観察することにした。

踊り手の女性達はスティルフの近辺の民族衣装に身を包んでいる。
ツバのない円筒形の帽子を被り、
ポンチョのような青い上着を羽織っている。
可愛らしいおねーさんたちが、テンポのよい音楽に合わせて踊っていた。
おねーさん達の動きに併せて青のポンチョもくるくる回る。

ふのさんがダンスを眺めていると、
結婚衣装のお嫁さんも踊り手に混ざって踊りだし、
結婚式パーティ会場は大いに盛り上がっていた。

ふのさんが想像するに、
踊り手とお嫁さんは普段は一緒に踊る仲のよいお友達同士で、
お友達はお嫁さんの門出を踊りで祝福していたわけだが、
お嫁さんも輪に混ざりたくなって踊りだしたのだろう。

ダンスが終わるとふのさんはパチパチと拍手をする。
スティルフの民族舞踊とかいいものみせてもらいました。

新郎新婦のおとっつぁんもおかっつぁんも目を細めて嬉しげだ。
セルフォリーフと地球を分つ距離は宇宙規模とはいえ、
ここも人類の住処ゆえ、人の幸福や不幸もまた、
地上と似たようなものなのかもしれない。

あるいは、セルフォリーフも地球も銀河の果ても、元は同じ根源を持ち、
かつては一つの同じ世界だったのかもしれませんし、
そうでないかもしれません。

☆　呪いの猖獗状態

ふのさんはベンチに座ってもやんもやんと物思いに浸っていると、
何だかだんだん何がなんだか分からない気分になってきた。

頭の中で言葉が実感を失っていくのと同時に、
視界に淡い緑色の色合いがかかり、
ゆらゆら炎のようにゆらめきはじめた。

「呪いの猖獗（しょうけつ）状態」であった。

ふのさんは黒曜様から猖獗状態について聞いた事があった。

呪いの猖獗状態とは、死体の身体に巡る呪いの力が、
魔力に変換されて溢れ出している状態であり、
呪いの制御が不安定な状態である。

死体（デスボディ）にとっては体調不良とほぼ同義である。
猖獗状態が進行すると死体は忘我状態となって徘徊を始める。

ふのさんはむむーと頭をひねる。
あちしは考え事がすぎて知恵熱を起きているのでしょうか。
ともあれ、ホテルに戻ったら呪いの薬液のお風呂に浸かり、
心身のメンテナンスをしないといけません。

でも、今回の猖獗はあまりひどくはなさそうだ。
気分が悪いわけでも、身体が動かないといったことはない。

ただ、空は淡い緑となり、眩かった太陽は天に立つ巨大な陽炎のよう。

ゆらめく世界には、妖精や精霊や死霊、大人の事情やタブーな空気など、
普段は見えていてはいけないようなもんがいろいろ見える。
光や音といった物理的な媒介ではなく、
「オーラ」とか「マナの流れ」とか「フォース」とか、
そういううさん臭いもんを通して世界のありようを見るそうなのだ。

結婚のパーティ会場を眺めるに、
暖かな雰囲気がもやんもやん漂っており、
新郎新婦のラブラブなオーラは白紅色だった。
ただ、会場にはどんよりオーラが所々に立ち上っており、
新郎のお友達と思われるとある青年からは、
灰色の雲のようなものが渦を巻いていた。
顔で笑って心で泣いてなのかもしれない。
人生色々だな。

「お二人には天使様の祝福がありますように」

水底で聞くようなくぐもった声が聞こえてきた。
パーティ会場の進行役か誰かの言葉のようだった。

セルフォリーフにも天使様にまつわる文化があるみたいだ。
無節操な何でもありの世界だから、天使ぐらいいるかな。

ふのさんはそんなふうに思いながら、はてと首を傾げた。
ふのさんの頭の中の色んな言葉の意味が溶けたようになる。
「天使がいる」とはどういう意味なのか。

天使にまつわる文化があるのか、それとも、
実際に天使様がいらっしゃるのか。

ふのさんはレストランの近辺を見渡した。
果たして、レストランのお向かいの建物の上に、
威厳のある霊体が立ち並んでいるのが見えた。

ふのさんには霊体が逞しい青年のように思われた。
彼らのたなびくマントやらスカーフからは、
アメコミのヒーローを連想してしまう。

あれが天使様なのかな？

ふのさんがぼーっと見上げていると、
霊体達はふのさんの視線に気がついたようだ。
にこやかな笑みを浮かべてサムアップ。
思わずふのさんもサムアップし返してしまう。

天使様ですね。

天使様たちは何のためにこちらにいらっしゃるのでしょうか？
結婚のパーティ会場に来て、新郎新婦の門出を祝福するお仕事なのかな。
見た目はアメコミ風なので、悪者と戦ったりしそうですが、
神様業界もいろいろですね。

☆ 何かの予兆

「ふのさん、そろそろ行くよー？」

遠くから呼ぶような声がした。ふのさんが振り返ると、
パーティメンバーが揺らめくオーラの中をこちらに歩いてくる。

「スティルフでの結婚に出くわすとか、僕らはラッキーかもね」
「まあ、きれいなお嫁さん…幸せそうね」
「ねーちゃんはちゃんと結婚できんのかな、心配だよ…」
「そうだなー…って…陸も言うようになったじゃないか」
「し、しまった…ちょ、痛い、ひどいよ、ねーちゃーん！」

パーティの皆はそれぞれ思った言葉を口にしているようだった。
呪いの猖獗状態にあるふのさんには、
その声はとても遠くから聞こえてくるように思えた。

ふのさんは思った。
パーティの皆は生身ですから、
いつかは結婚なりなんなりして家庭をもたれるのでしょう。
もしあちしがその知らせを聞いたら、彼らの幸せな姿を想像して、
同じように幸せに感じる事でしょう。

でも、己はその後どうなるのでしょうか？
死体（デスボディ）に血族という概念はないのです。
家庭をもって子供を育てることは生者たちのすること、
止まった時の中を彷徨う死体には叶わぬことらしいのです。

「あら？　天使様…？」

小さな声だったのだろうが、ゆうなのアイさんの呟きは、
猖獗状態のふのさんには聞こえてきた。

アイさんは小さな頃から、精霊や妖精といった、
ファンタジーな存在の姿が見えたり、声が聞こえたりするそうだ。
召還師の子孫として才能をお持ちなのでしょう。

「あちしにも見えちょりますよ、天使様は」
「そうなんだ？」
「ふのは死体ですからね」

ふのさんはふと気になったので、
どんな姿の天使様なのかアイさんに尋ねてみる。
それこそ、かすれたような小声で。

「…奇麗な翼で、とても清らかなお姉様という印象でしょうか」

ふのさんには天使様が腕組みするコスチュームヒーローに見えている。
アイさんのお言葉はちょっとびっくりだが、黒曜様によると、
神々の類いは人々の望んだ姿で立ち現れるらしいので、
そんなもんなのかもしれない。

「ふのさん調子悪いの？」

パーティの誰かのふのさんを気遣う言葉が聞こえてきた。
まあ、よくはないな、と、ふのさんは首肯する。

「じゃあ、食料調達は僕らがやってるから、先にホテルに帰ってなよ」
「うー、すいませんが、そうさせてもらうっすよー」

彼方から声が聞こえ、見えてはいけないもんが見える状態で、
人だかりな市場を回るのはつらいものだ。

ふのさんは公園からバスに乗ってホテルへと向かった。

ふのさんはぼーっと車窓からスティルフの街を眺めていた。
景色は緑色のもやもやの中でゆらめき、
バスの駆動音がほわわんとハウリングする。

「むむ…？　こちらにも天使様が？」

街の屋根を蹴って飛ぶ天使様や、
車の屋根の上で腕組みな天使様など、
ふのさんは天使達が街のあちこちに出現しているのを見た。

これはどういうことなのでしょうか？
天使業界に何かイベントでもあるのでしょうか？
スティルフの街は結婚式シーズンなのかな？

ふのさんは、まあいいや、と目を閉じた。

天使様は「神様のお使い」です。
黒曜様曰く、天使様が出現するということは、
神様の何らかの意図が実現することなのだそうです。

そして、神様の意図は、たいてい意味不明なのだそうです。
普通の人間には理解不能な事が多く、場合によっては、

天使の出現は天災のようなもの

になるそうなのです。

天使なんて普段見えないんだし、天使様が何かの予兆だとしても、
あちしにはあんまり関係ないんじゃあないかな？

物思いにふけっていたふのさんはいつしか眠りに落ち、
眠る死体を乗せたバスはスティルフの通りを走り抜けて行った。

この時のふのさんは、自分達のパーティメンバーには、
普段から天使様とか妖精さんが見えてしまう人がいることを、
奇麗さっぱり忘れていたのだった。