ENo.934 アルシア=フィアス

仲間達と合流したすぐ後の事――
「ねえねえ？」
エモさんが私に話しかけてきた。
一体何の話だろうと問うてみると――
「ありあがむこうでなにしてたのか、
　おはなししてほしいんだけど？」
どうやら、
私の話をして欲しいらしい。
さて、
話をしてみるのもいいかと思って、
何か面白い話があるか、
過去を思い出してみる――

＊　＊　＊　＊　＊

風を全身に受けながら、
じっと銃を構えて遠くを見る。
標的は下にいる。
肉眼で見ても、
木々が生い茂り、
とても人がいるようには思えない。
だが――
スコープを覗いてみてみれば、
確かに人がいるのが分かる。
人数は数名。
その中から一人を狙い撃つ。
そんな事をするのは難しい。
全員を撃つならば話は別だが、
外れれば外れるほど、
狙撃の成功率は下がる。
相手とて馬鹿ではない。
身を隠すだろうし、
ひょっとしたら射角その他から、
こちらを割り出すかもしれない。
故に、一撃必殺。
狙うべき獲物だけを正確に、
そして、致命点を射抜く。
そうすれば――
例えこちらの存在がばれ、
こちらの居場所がばれたとしても、
逃げる事は余裕で出来る。
退路は既に確保している。
多少のアクシデントであれば、
問題にはならない……
故に、問題はたった一つ――
(私の技量と――
運かねぇ……
逃さないつもりはあるんだが――)
問題は、
どうやって見分けるか。
ここが見通しのいい場所であれば、
直に見分けられるが、
目標の居る位置は、木々の葉や影によって、
非常に見づらい状況になっている。
更に当然の事ながら距離もある――
そして、
狙撃には様々な条件が絡む。
お世辞にも、
全てを総合した上で導き出される答えは――
(ネガティヴ――
不可能、か。
だが、いただけない。
実にいただけないねぇ――)
目を凝らす。
獲物の細部まで見通すように。
(――不可能といわれれば、
可能にしたくなるのが人情ってもんさ。
それに――
私の矜持(きょうじ)にも関わるしね……
過去の人間に出来たことが、
今の私に出来ないはずはない、
性能が良い私専用のカスタマイズ銃なら尚更、ね――
だから……)
薄らとしか見えなかったものが、
次第にはっきりと見えてくる。
誰が誰なのか、
ターゲットはどこにいるのか、
全て――
(だから、
これは不可能ではなく必然。
後は神経を研ぎ澄ませ、
引き金を引くだけ――)
照準を合わせる。
射線のずれを計算して、
ターゲットの額を穿つように。
幸い、
ターゲットに動きはない。

――ズキュゥゥゥ……ン……

一発の銃声。
私が引き金を引き、
銃弾は撃ちだされた。
そして、
銃弾は、私の狙った通り、
ターゲットの額を寸分違わず撃ち貫く。
それを確認してその場を撤収する。
全く、いつもの事とはいえ――
単調だけど気が抜けない。
――いつまで私はこんな仕事を続けるのやら――

＊　＊　＊　＊　＊

――Another Side Story――

「――大佐殿が戦死なされました。」
「……何？」
――後方に居たはずの指揮官の訃報(ふほう)がはいる。
戦場なのだから、
戦死が起こるのは当然である。
だが――
「一体何処でだ？」
「はっ！それが――
　本営の傍の森の中だそうで――」
「……奇襲でも起きた……
　にしては静かだな。
　……そして、戦闘は今はどこでも行われていないな？」
「はっ！現在戦闘を行っているとの報告はありません！
　――現在は敵側の動きも無く、
　睨(にら)み合いが続いております。
　また、本営の方でも敵を探しておりますが、
　影も形も見つかりません！」
奇襲の起きた様子もなく、
後方の指揮官のみが死亡する――
といった事はそうザラにはない。
更にいえば戦闘も起きていない。
この戦争が始まってからはそういう事が多いというか……
そういった事ばかり起きる。
お蔭で膠着(こうちゃく)状態に陥り、
全くとはいえないものの、
思った戦果があげれていない。
それどころか、その隙を突かれたり、
ゲリラ戦法にしてやられたりで、
寧ろこちら側に不利に、不利に戦況は傾いている。
森ごと焼き払う等の案も出たのだが――
それは色々問題があって、
実現する様子はない。
いつまで続くか分からない戦闘、
次々と死ぬ司令官。
戦意は既に地に落ちていた。
それでも負けずこうしているのは、
敵と自陣営の戦力差が、
此方に圧倒的に傾いているが故ともいえる。
だからだろうか？
「……ふぅ。」
ため息が出てしまうのは仕方がないと思う。
そして、その原因についても分かってはいる。
それは――
「また“森の悪魔”か。
　……こんどもまた森の中からの狙撃か？
　近くまで寄らせてしまうとは――」
「いえ、それが、その――」
「……？
　どうした？」
だが、何故か言いにくそうに眼を逸らす下士官。
「……」
その様子を黙ってじっと見ていると、
「……本営の少し離れた所
　……ええと、そうですね……
　ここからでも見える所なのですが、
　東の方に崖があって、
　あの上見晴らしいいですよね。」
「ん、ああ。
　確かにあるな。」
「……射角を計算した所、
　あそこから、だそうです。」
「……は？」
確かに見晴らしはいい。
だが――
まず問題は距離。
熟練のスナイパーなら、射撃は通るだろう。
更にターゲットが見通しのいい位置にいたのなら、
可能ではあるかもしれない。
だが、それは既に予測はしている。
故に、
あそこから本営に狙った際、
まず、距離が遠すぎるようにしている。
更に森の中にいたのであれば、
視界は最悪、
少なくとも見分ける事など不可能に近い。
だが――“森の悪魔”はそれを可能にした。
「……また陣形の完全な立て直しか――」
苦渋の表情を浮かべる。
それをみて下士官は神妙な顔でゆっくりと頷いた。
“森の悪魔”等の名前で呼ばれている謎の狙撃者。
今回の戦いにおいて、
もっとも面倒な敵である。
何とかそれの動きさえ封じる事ができれば、
少しは楽になるのだが――
まず、射撃範囲が広い、
そして、森での逃走が上手く、
完全に巻かれてしまう等、
こちらにとって不利な要素しかなく、
未だに尻尾すらつかめていない。
そして、
それが複数いる可能性もある。
「それでいてこちらには悲観的な要素しかなし、か。」
「……本当にため息がでますね。
　……本国でも停戦交渉を始めようって動きがあるみたいですよ。」
「そうとなれば向こうは乗らざるを得ないだろうけどな……
　しかし……」
「当然、“森の悪魔”の対処はしてくれるんですよね？」
「だと思うが……
　まぁ、俺達が何を考えようと、
　判断を下すのは上の連中。
　どうなるかまでは分からんよ。
　……最も……
　その上の連中が狙われているんだから、
　何もしないという結果には終わらないだろう。」
「……ですよね……」
ため息を吐く二人。
結局の所……
何を話していたとしても、
最終的な判断を下すのは上の連中。
苦労するのはいつも前線。
何を話したとしても愚痴に過ぎない他愛のない話――

＊　＊　＊　＊　＊

……
「特に面白い話はないけど、
　そうだねぇ……
　代わりと言っちゃなんだが、
　美味しいものの話なんかどうだい？」
「おいしいもの？」
「ああ。そうさ。
　こちらの世界には――」
過去の話を思い返してはみたものの、
対して面白くもない話ばかり。
こんな話をしたところで、
面白いという人は何処かが歪んでいる。
私も含めて。
だが、
そんな話は仲間達には似つかわしくない。
住んでいる世界が違うのだから――
だから、話さない事にした。
真摯(しんし)な気持ちで、
真っ直ぐぶつかってこられない限りは。
だから、
はぐらかす。
面白い話なんてない。
けれど、
こちらの世界にはこんなものがあるのだと。
――二人の嗜好については大体分かっている。
たとえば、
このエモさんなら食欲に関した話なら食いつく。
今、
私が笑顔で語る私達の世界の料理の話に、
今まさに食いついているように。
私は結局の所、
“怖かった”のだと思う。
本当の私の素顔を知られる事が。
それは、いつも変わらない――