ENo.934 アルシア=フィアス

魅月が街を歩いていると、
レイナとノアを見つけたので、
魅月は声をかけてみる事にした。
「あら？
　レイナさんにノアさん、奇遇ね。」
「あ、どうも。こんにちは。」
「あ、やっほ。
　今日はアリアと一緒じゃないの？」
「ええ。
　離れた所に今はいるのよ。
　特に今は私は必要とされていないから。」
「そういえば、今回は支援専念だったっけ？」
「ええ。
　だから別に別行動をしていても問題ないわ。
　別に襲われる心配もないし。
　――そういえば、
　桜が今見物らしいけど、
　見に行く予定はあるのかしら？」
「桜？
　うーん……
　僕も見に行きたいんだけど、
　ちょっと遠いからね……」
「もうちょっと近かったら見に行くんだけどね。
　魅月は見に行くの？」
「私？そうね。
　見に行くつもりはないけれど。
　ただ、ちょっと気になったから聞いてみただけ。」
「そっかー。
　折角だから見に行きたいんだけどねぃ……
　だから写真でもお願いしようと思ったのだけど。」
「――そうね。
　代わりといってはなんだけど、
　別の桜の写真と、それにまつわる話があるけど……」
聞くかしら？というかのように笑って首を傾げる魅月に対し、
「へぇ、ちょっと興味あるな。
　聞かせてくれる？」
「うん、聞きたいな。」
「そう。
　……つい最近の事なのだけどね――」
そういって、二つの写真を見せる。
一つは枯れ果てた桜の老木、
そしてもう一つは満開の桜の老木――

＊＊＊＊＊

「この桜だけは、伐らせる訳にはいかない！」
「とはいいましてもねぇ――」
一人の老人が、
工事の為枯れた古い桜の木を撤去しようとしていた人に食い下がっているのを見た。
別に老人と面識があるわけでも、
工事の人達に縁があった訳でもないのだけれど、
どうにも気になってね。
近づいてみる事にしたのよ。
「……もう完全に枯れてますよ。
　まだ咲く余地がある桜なら――」
「……約束したんじゃ。
　せめて、せめて後３日待ってもらえんだろうか？」
「うーん……」
何か事情があったみたいだけど、
工事の人達も工事の期限もある。
そういわれても、待つゆとりはないのが見て取れたわ。
ほっといても良かったのだけど――
「……待ってあげたらどうかしら？」
ついつい、何があるのか気になって口出しをしたの。
「関係のない子は黙っていてもらいたい。」
「別に良いじゃない。
　３日。たった３日まてばいいのでしょう？」
「そうはいっても、こちらも期日が押しているんだ。
　待つほどのゆとりは――」
「少し待ってもらえるかしら？」
「は？」
まぁ、当然のことながら……
私が口を出した所でどうなる問題でもない。
だから、しかるべき筋から干渉してもらう事にしたのよ。
電話をかけて、少しすると。
工事の人の一人に電話がかかる。
それで十分だった。
「え？工期の延期ですか？
　はい……はい……
　分かりました。
　……延期になった。
　３日だけ猶予をやる。
　だから、次は文句はいうなよ？」
首を傾げながら戻っていく工事の人達に、
その様子を何が起こったのか分からず茫然とする老人。
「……なんとかなったわね。」
「これは……一体……？」
「大した事ではないわ。
　貴方の願いが叶っただけ。
　――上手くいくかどうかは運だったけれど。
　まぁ、それをいうなら――
　このタイミングで私がここにいた事もだけど。」
「……お嬢さん、一体アンタは……
　いや、それ以前に何処かで……」
「私の事はどうでもいいの。
　――良かったらどうして３日待ってほしいのか……
　聞かせてもらえないかしら？」
「……あ、ああ。それは構わないが……」
まぁ、想像できない事が起きると混乱は中々解けないわね。
そのお蔭で私の事は怪しむ余裕もなくなったみたいだけれど。
ともあれ……こうして、
どうしてかの老人が
ゆっくりとその理由を聞く事は出来たわ。
「……
　わしには妻がいたのじゃよ。
　彼女と出会った場所がここで、
　告白した場所もここじゃった。
　――
　もう彼女は死んでしまったが――
　約束したのじゃよ。
　この桜がもう一度咲くのを見届けて欲しい。
　と。
　この桜は咲かなくなってもう長いが――
　ずっと見てきたから分かる。
　もう、２，３日もすればきっとこの桜は花を咲かせる。
　そう確信している。
　だから――
　その時まで、
　その時までは――
　どうしても伐らせるわけにはいかなくて……
　こうしてお願いしておったのじゃが――
　……
　お嬢さん、あんたのお蔭じゃ。」
「……気にする事はないわ。
　……良かったら
　私もその咲く瞬間を見る為にご一緒してもいいかしら？」
「勿論じゃとも。
　きっと――桜も喜ぶだろうよ……」
で、まぁ――
これも何かの縁だと思ってね。
一緒に桜を見る事にしたのよ。
といっても、
昼間は学校もあるし、
夜遅くだと私がいると色々不味いだろうから、
ずっと――
という訳ではなかったけれど。
その間にも色々な話を聞いたわ。
で、まぁ――
同級生だったみたいね。
学校もクラスも同じだったみたいだから。
もっとも、私はその事をおくびにも出さなかったけれど。
――ともあれ、
そんなこんなで待ってほしいといった３日目になったわ。
桜の花は咲かなかったけれど、
そんな時、彼がいったのよ。
朝まで見届けて欲しい。
って。
断ろうとも思ったわ。
けれど、真剣な目をしていうものだから――
私は其の誘いに乗る事にしたの。
「……朝まで一緒に、ね。
　これで年頃のカップルだったら告白よね。」
「……老人をそうからかわないでくれたまえ。
　……今日は、
　今日こそは咲く、
　そういう気がするんじゃ。」
「そう――」
じっと桜を眺めていたわ。
１時間、２時間。
でも、咲く気配がないの。
そんな時だったわ。
「……わしがいけなかったのだろうか……」
「……え？」
「死ぬ間際に一緒に見に行きたい。
　そういった彼女の願いを叶えてやれなかった私への罰。
　そんな気がしてきたよ。」
「……」
「……このまま……」
もう、みる事は叶わず木は伐られてしまうのか。
そう呟こうとしたわ。
だから――
私は伝える事にしたの。
彼女の残した意志を。
……彼女はずっと――
『そんな事はありませんよ――』
「え――」
『そんな事はありませんよ、
　私は恨んでなんかいません。
　ずっと貴方の傍にいます――
　だから、貴方の気持ちはよく分かっているつもりです――
　無理をいったのは私の方。
　だから……気にやまないで――』
桜の木の前に現れた彼女の霊が老人に話しかける。
老人は手を伸ばし、
亡霊を抱きしめようとしたわ。
――その瞬間。
桜の花が一枚、ひらりと老いた桜の木から舞い落ちて――
奇跡、というのはこういう事をいうのでしょうね。
桜の木に花が咲いたの。
満開の桜が。
――まるで、抱きしめあう二人を祝福し、
二人の約束を成就させるかのようにね。
暫くその様子を眺めていたのだけど、
小一時間もしたら、満足したのか彼女の霊は昇天し、
残されたのは満開の桜の木と老人、
そして私だけ。
「綺麗ね――
　――見届けさせてもらったわ。
　それじゃ、私は失礼するわ。」
――やる事はやったし、
見るものは見たから、
私は写真を撮ってその場を去る事にしたわ。
その時の写真が２枚目ね。
「……ありがとう、伊賦夜魅月さん。」
「――さようなら。
　佐倉辰巳君。」
――その後の事は知らないわ。

＊＊＊＊＊

「――と、まぁ、そんなお話なのだけど……
　あら、どうしたの？」
話し終えて魅月が眼を開くと、
其処には感極まっている二人がいた。
「いや、いい話だなぁ、良かったなぁって思って……」
「うんうん、そうだよね。
　ほんと良かった……
　いい話をありがとね。魅月。」
「――そこまで感動してくれると話した甲斐もあるわね。
　やっぱり反応が薄いとつまらないもの。」
「あれ？
　他の人にもその話したの？」
「ええ、アリアにね。
　でも、ふーんで済まされたわ。
　……まぁ、
　桜に全く思い入れもないものしょうがないかもしれないわね。」
「ああ、
　確かに思い入れが何もないとどうでもいい感じになるかもしれないね。」
「ちょっぴり残念だよねぇ。
　それは。」
「まぁ、その代わり死者繋がりでゾンビと闘ってるんだけどね。
　今頃。
　……無事勝ってるといいけれど――」

「――待たせちゃったね。
　ごめんよ。」
「あ、ちゃんとごうりゅうできた。」
「その様子だと……
　上手くいったのかな？
　お疲れ様。」
「中々手ごわかったけれど、
　なんとか倒して来たよ。
　まったく。
　死人の相手はしたくないね。」
また闘う事になるのだけどと苦笑いを浮かべるアリア。
「で、まぁ――
　それはそれとして――
　また厄介な相手のようだねぇ。」
「ホントニネ。
　何あの巨大な山猫のキグルミ。
　中身なんなの？
　馬鹿なの？死ぬの？」
「きぐるみはたべられない。
　たべれるものがつまってるといいなー」
魅月が談話しているその頃、
３人は大きなキグルミの山猫と対峙していた。
「キミもボクを邪魔するにゃ！？
　……目的を知っているなら死ぬがいいに゛ゃぁあッ！！」
――見た目に反して素早い動きをする敵に、
はたして３人はうち勝つ事が出来るのだろうか――