ENo.934 アルシア=フィアス

「で、なんで私はあんたの買い物に付き合わされてるんだい？」
両手に荷物を抱えながら、
街を歩く。
別段、私が買うものがあったわけじゃない。
街の入り口で待ち構えていた魅月に買い物に付き合わされているのだ。
特に理由はないらしいが、
軍人なんだから、
それくらいの力があるでしょう？
との事。
どうせ其処で口答えしたなら、
調達員なんだからとかどう足掻いても口で勝てる未来が見えなくて、
やむを得ず引き受け――
こうなっている。
まぁ、両手に荷物をもっていて、
量があるといっても銃火器を大量に持つよりは軽い。
ただ、愚痴の一つでもいわないとやってられない。
「――理由なんて言わないでも分かってると思うのだけど？」
「それでも、言いたくなるってのも分かってるんだろう？
　大きな仕事を終えた後くらい、
　一杯やりながらゆっくり休みたいっていうのも――
　“あんたは近くにいないが、
　　私達が何をやってきたのか全て知っている。”
　――違うとはいわせないよ。
　流石にね、
　あんたの報告書を見るとそういわざるを得ない。
　あんたがいないが故に知らない事を、
　“何故書けるんだい？”」
「流石に目ざといわね。
　大雑把で他人を求めながら、
　その反面、
　貴女は仕事の事になると、
　誰よりも繊細で、
　誰よりも孤独。
　反動なのかしらね？
　はいはい。分かってるわ。
　私の心理分析なんてどうでもいいから質問に答えろ。
　――でしょう？
　分かってるなら聞くなって顔をしているけど、
　私がいうのは織り込み済みでしょう？」
――全くと苦笑を浮かべる。
まぁ、分かってはいるし、
嫌いではないが、
それくらいさせて欲しい。
――全くもってやりづらい。
だからこその魅月ではあるのだが。
やれやれと、
諦めの表情を浮かべながら様子をみる。
だが、そんな様子も異に解さず魅月は喋り続ける。
「――まぁ良いわ。
　こうやって無駄口ついて時間を浪費するのも楽しいのだけど、
　そろそろ本題に入りましょうか。
　ええ、見ているかどうかという話ね。
　見ていたわ。」
「成程ね。」
「――で、その上でいうけど、
　貴女はまだまだ余力を残し過ぎよ。
　リィンさんは本当に疲れていたみたいだけど――
　これくらいでどうこうなるような貴女じゃないわ。
　あの山猫戦、
　リィンさんが盾となって、
　二人が射撃。
　――まぁ、そこまではいいわ。
　けど――
　貴女の射撃、
　どうもぎこちないのよね。
　だから、
　上手く技を使いこなせない。
　無駄な時間をかけてしまう――
　別にそれが悪いとはいわないけれど、
　それで不利益を被っているのは否定できないわよね。
　そして、貴女は避ける時にしろ、
　そう大きく動いているわけではない。
　必要最小限。
　良く見てるわね。
　喰らえば一撃死確定。
　そんな状況で。」
「ああ、それに関しては答えは簡単。
　あんたも分かってるだろう？」
ニヤリと笑うと、魅月もにっこりと笑う。
そして声をそろえて――
『戦場で一撃死なんてよくある事、
　そんな事は私にとっては日常茶飯事――』
でしょう？と微笑む魅月に頷き、
「その通り――
　まぁ、銃弾飛び交う戦場より、
　まだ攻撃が見えるだけマシってもんさ。
　致命傷さえ避けれればね。」
「銃弾と違って敵の攻撃は見えるのが幸いかしらね？
　もっともこの先そうなるとは限らないけど。」
「ああ。
　まぁ、流石にそこまでどうこう出来ないし、
　精々急所に本でも入れておくくらいが関の山だろうねぇ。」
「魔法対策は、まぁ、御守りでももっておけば？
　存外効くわよ。」
「迷信には迷信をって所かい？」
「そういう事。
　後は精神を強く保つのがこつらしいわ。」
「――全く難儀だねぇ。
　まぁ、何度も遭遇して多少はなれてきたけどさ、
　対処のないものほど厄介なものはないよ。」
そして、話は魔法について。
本当に面倒だとぶつくさいってると、
魅月は笑顔で言う。
「……対処方はあるわよ。
　まぁ、この島では出来ないだろうけど、
　貴女の得意分野を最大限にいかせば、
　魔法の射程を超えるのはそう難しくないわ。」
「――まぁ、そんな状況になれないのが問題だけどね。
　なるほど、不意打ちで超距離から撃ち抜けばいい、
　ある意味真理だね。
　でも、現実味が無い。」
「……やっぱり武器？」
「も、あるんだけど……
　うーん、
　仲間もいるしね。
　あれはどちらかというと一人で黙々と作業するって感じだし。
　それに――
　ここでは見せたくないし、
　……フェアじゃない気がしてね。」
「――ふぅん。
　義理堅いというかなんというか、
　その方が有利であるなら気にしないと思うのだけど――」
「かといって、
　それをやってしまっては身も蓋もない。
　それに、分かってるんだろう？」
「……そうね。
　いるわね。」
「ああ、そうだとも。
　“私が狙撃をする瞬間”
　――それを見たいと願っている人間に見せる訳にはいかないよ、
　どうせあんたの事だ。
　こんな話を振る時点で、
　この場での会話は大丈夫なんだろう？」
違うか？と問う私の目に魅月は笑う。
いつもの微笑みとは違って可笑しさがこらえきれないというように。
「あははははは！
　信頼されたものね。
　大体の人が信頼ならないというのに。
　貴女から聞けるとは思ってなかったわ。」
「ま、確かに、客観的にみれば妖しく思えるが……
　虚実入り乱れてはいるものの、
　基本的に相手にとって真面目な話であればあるほど、
　あんたは実を持ち、
　あらゆる外敵要因を排除するだろうって思っただけさ。」
「成程ね。」
「それに――」
「それに？」
「――まぁ、“敵に回さない限り”……
　限りなく誠実だよ。あんたは。
　好き嫌い、嘘も織り交ぜ、
　交渉その他に相手どるにはとても厄介だけど、
　これだけはいえる。
　相手をあんたは裏切らない。
　大局的な見地からするとだけど。」
「最初から裏切ってるとか考えないのね。
　まぁ、いいけど。
　確かに――
　最初から裏切ってるなら不可解な事が多いものね。」
「ああ、もっとも――
　私なんかではなく、
　その上がターゲットなら話は変わってくるけどね。」
「ふふ、どうかしらね――
　まぁ、そんな感じで、
　ああ、
　宿が見えて来たわ。
　部屋までお願いできるかしら？」
「勿論。」
その後、暫く無言で魅月の部屋へと向かう。
何事も無く到着し、
部屋の中に荷物を運んだところで――
「ねぇ？」
魅月が私に向かって声をかけてきた。
「まだ何かあるのかい？」
「聞きたい事があるから今のうちにと思ってね。
　……いいかしら？」
「ああ、構わないよ。
　好きな人は？とか聞かれても困るけどね。
　私に答えれる事ならなんでも答えるよ。」
「あら、教えてくれないの？
　寂しいわ。
　親友だと思ってたのに。」
「いつから親友になったんだい。
　まぁ、いったもん勝ちって返されそうだけど。」
「分かってるじゃない。
　……ほんと、こうしていると長年連れ添った友よね。」
「違いない。
　まぁ、友と呼べるほど頼りにもなるしね。
　これがホントの腐れ縁。
　やれやれ。
　厄介なのと縁結んじまったよ。」
「酷い人――」
ふふっと笑い合い――
「で、聞きたい事なんだけど、
　はっきり言うわ。
　――ここの仕事が終わったら、
　私の国にこない？」
「……ふん？」
「――つまり、貴女の国を捨てないか？
　そう聞いてるの。
　無論、私の国に来た後、
　どうせ戦争なんてないから、
　戦争のある所に傭兵に行くなり好きにしていいわ。」
「……故郷を捨てろか、
　私が何のために戦ってきたか知っていってるのかい？」
「ええ。」
「……」
「……」
どうして魅月がこんな事を聞いたのか、
私は分かっている。
「……あんたの国にいくとしても、
　国に戻ってから自分で決めるよ。
　……優しいね。あんたは。」
「……そう。
　まぁ、それなら仕方ないわね。
　――何かあったらいいなさい。
　力になれるかもしれないから。」
「……何もないのが一番なんだけどね。
　やれやれ。
　ありがとうよ。」
だから――礼をいって手を振って私は魅月と別れた。
顔を見せないようにして。
顔を見ないようにして――