ENo.1396 めいふの

☆ レポートの宿題とハムスター戦 ☆

スティルフの町に朝が来た。曙光が紫の町並みを照らしてオレンジ色へと染上げて、あちらこちらで朝ご飯の支度の音や、仕事場へと向かう勤め人の靴音が聞こえ始める。

ふのさんも宿泊していたホテルから、パーティの集合場所である公園へとえっちらほっちら歩いて向かう。四畳半の姉弟は早起きで集合場所にはたいてい一番のりで、ふのさんがその次で、そして最後に眠たそーなゆうなの２人がやってくる。今回の集合もそんな感じだった。

「そーいやー、ふのっち体調悪そうだったけど、大丈夫なん？」
「昨日はご心配をおかけしました」

パーティのリーダー的存在である四畳半のななみねーちゃんの問いに、ふのさんは元気な笑顔で応えた。ふのさんは昨日「呪いの猖獗」状態に陥ったわけだが、ホテルで呪いの薬湯に浸かったら直ったみたいだった。

昨日、ふのさんは死体（デスボディ）の体調不良状態である「呪いの猖獗状態」に陥ってしまった。ふのさんはお師匠様である黒曜様に電話で相談した。ふのさんは黒曜様に、己の視界が緑色がかってゆらゆらゆれて、声が遠くからハウリングして聞こえるという猖獗の症状や、天使様がスティルフの町のあちこちに現れていることも伝えた。すると、黒曜様曰く、

「ふのは『霊的な場』の影響を受けている可能性があるな」

とのことだった。スティルフの町に天使が跋扈しているというならば、町自体に特別な霊的事象が生じているのかもしれない。ふのさんは場の霊力の影響を受けて猖獗に陥った、と仮定すると、ふのさんがスティルフの町を離れれば、呪いの猖獗は再発はしない、とのことだった。

「もう大丈夫っす」

かくして、物資補給や休養を終えたふのさんのパーティは、次なる目的地であるエスタの町を目指すことになった。エスタはスティルフから東方にあり、草原と森を超え、砂地を歩いた先にある町だ。今回の探索では、草原の途中までバスを利用する。

魔術による転送やぶっとびシリーズによる空中輸送システムが整っているセルフォリーフといえども、市中では市民の手軽な交通機関としてバスや軌道交通が整備されている。特に、スティルフ市はセルフォリーフの異世界への玄関口なので、地球や他の世界の文化が活用されやすい場所らしい。

☆　バスの車中

ふのさんたちがバス停でバスを待っていると、うななーとバスがやってきた。ふのさんたちは出勤の途にある市民の皆さんと一緒にゾロゾロとバスに乗りこむ。バスはそこそこ混んでいたが、ふのさんは２人がけの席の窓側に座ることができた。ふのさんはバランス感覚も曖昧なので、揺れるバスの車中に立っているのは他のお客様の迷惑になる。わきまえている死体（デスボディ）は遠慮なく席に座るというわけである。

ふのさんは車窓から過ぎゆく町の景色を眺める。町の建物がお日様に照らされてキラリンと輝きを帯び、自転車やら馬車やら自動車が行ったり来たりであった。パン屋さんには人が集り、銀行（？）の入り口を制服来た職員さんが掃除していたり。

他のパーティメンバーは、同じく車窓を眺める者（陸さん）、つり革で筋トレっぽいことしている者（ななみねーちゃん）、つり革につかまって器用に眠る者（カンタにーちゃん）、バスの天井ちらちら眺める者（アイさん）と色々であった。

天井には広告でもあるのかな？　ふのさんも天井を見上げるに、しかし、広告などなく素の天井で、何か不思議な気分を味わった。

オッペケペッポペッポッポー！ナジャラカモクレン！

突然バスの中で珍妙なメロディーが鳴り響いた。音源はふのさんの鞄から、ケータイの着信であった。バスの乗客の注目の視線がふのさんに突き刺さり、ふのさんは大慌てでケータイを取り出した。

誰だ、こんな時に電話をかけてくるやつぁ！

「もしもし、ふのさん？　今、会話して大丈夫？」

電話をかけてきたのは、ふのさんが居候していたお屋敷のお嬢様だった。お嬢様はふのさんの相談によくよくのってくれるお方で（ため息つかれたり怒られたりも多いけど）、ふのさんの心がふぅと落ち着く。

「はいはい、ふのですよー」

ふのさんは日頃からお屋敷と欠かさず連絡をとりあっている。お嬢様にはふのさんが作った料理がまっとうな代物なのかをチェックをしてもらったりする。

さて、今日はなんの用事だろう？

「ふのさん、レポートのほうは進んでいる？」
「あ」

ふのさんはお正月に帰省した時に、お屋敷で催された異世界研究成果発表会に参加し、お屋敷に集ったお客さん達にセルフォリーフで見聞きしたことを話したことがあった。その際、レポートにもまとめるようお屋敷のご当主様に勧められたのだった。

「うー、すっかり忘れてましたー」
「そうだと思ったわ…」

お嬢様が言うには、ふのさんの発表はお屋敷に集ったお客さんにも評判がよく、ふのさんのレポートを読めるのをとても楽しみにしているとのことだ。お屋敷の当主様（お嬢様のご両親）も期待しているらしい。

「なるほど、がんばります！」

ふのさんは、いつものことだが、こーゆーことは受けてなんぼと威勢がいい。

「でも、ふのさん、レポートの書き方を知っているんですか？」
「というかですね、レポートってなんすか？」
「はぁ…そうでしょうね…」

電話からお嬢様のため息が聞こえてきた。

ふのさんの不始末をおっかぶり続けてきたお嬢様は、ふのさんの扱いにも慣れたものだった。意味不明なレポートを読まされてはたまらないというわけだ。お嬢様は、経済や政治などニュースや新聞で扱う事柄についてレポートを書いてくれると助かります、と続けた。

「でも、あちし、経済とか法律とか、よくわかりませんよ」
「ええ、そうでしょう、そうでしょう…」

お嬢様は言葉を続ける。日本社会のことも碌に分かっていないふのさんが、セルフォリーフの経済や法律や科学技術について調べるなんてことは、そもそも慮外のこと。

「というわけで、ふのさんは日記みたいなものを書いて私たちに送ってちょうだい」

あちらでふのさんの日記を吟味してレポートに仕立ててくれるらしい。「みたいなもの」ならなんとかなりそうだ、とふのさんは思ってみる。

「そちらの新聞も参考にしてね。図書館にも行きなさい」
「心得ました」
「万のことによく気を配って、旅行中に見聞きした事を細かく書き残しておいてね」
「りょーかいっす」
「よろしく頼みますよ」

ケータイを閉じると、他の乗客の人たちは物珍しそうにふのさんのことを伺っていた。ふのさんは会話に夢中になってしまい、ここがバスの車中であることをすっかり忘れていた。パーティの常識人はあきれ顔だったり、じと目だったりだ。

ううう、これはとんだ失態を…。

これではわきまえてないバッド死体（デスボディ）である。ふのさんは恥ずかしさのあまり鞄から紙袋を取り出し頭から被ってみる。ふー、落ち着きます。

パーティメンバーにとっては、ますます恥ずかしいありさまだが、ともあれ、バス内は少し静かになった。死体と異界からの冒険者達とスティルフ市民とを一緒に乗せたバスは、スティルフ市内をうなーと走っていった。

☆　森とハムスターと日記

その後、パーティはバスの終点で徒歩移動に切り替え、草地を超えて森の中へ入っていった。森の中にはバス路線はない。人や物を魔術の力で空をびゅんびゅん飛ばして運んでしまうセルフォリーフでは、お金と労力をかけて町の間に道路網を整備しようということにはならないみたいだった。

ふのさんはパーティに置いて行かれないようえっちらほっちらがんばって歩き、休憩の度に疲れたーと空を見上げる。ゆうなのアイさんも空を見上げていた。でも、ふのさんの目には、アイさんが疲れているようには見えなかった。アイさんは妖精さんとか精霊さんとかを見るお力をお持ちです。空に何かいるんですかね？　まあいいや。

さて、森の中には巨大ハムスターさんが住んでいた。訳の分からないうちに戦闘になり、勝利したふのさんは思う存分ハムスターさんをふもふしてしまう。

ふの「このハムスターさんふかふかやー」

ふのさんはハムスターさんにわしゃわしゃ戯れる誘惑に逆らえない。パーティの皆も同様だった。他のパーティの冒険者達もやっぱりみんなハムスターさんの毛並みにメロメロな様子であった。

ハムスターさんは迷惑そうな悲しそうな目をしていたが、もふもふの誘惑はそのような罪業感を容易に打ち消してしまう。そして、ハムスターとの戯れがセルフォリーフの冒険者達に課された依頼であったことをふのさんが知ったのは、幕営地での夕食時のことであった。

「誰からの依頼だったんすかねぇ？」

ハムスターが巨大化して生じる災厄とはどのようなものなのでしょう？　ふのさんはうむむと考え込んでみる。巨大化なんて、他の動植物もしているわけです。自然界のバランスは崩れてない。

「あの大きなハムスターが大挙して町中現れたらたいへんだよね」
「そうかしら？　かわいくて無害じゃあないの？」
「そこだよ、あのハムスターはさ、かわいすぎるんだ」
「たしかになー」
「みんなもふもふしたくて、仕事や勉強に手がつかなくなって、大混乱だよ」

パーティの皆は納得といった顔だった。ふのさんも感心してしまう。あのハムスターのもふもふの魔力に抗える人間はいない。今回のハムスター戦を冒険者に依頼した人は、物事をかなり高い視点から観察して、適切な手を打ったということなのかもしれない。このセルフォリーフには、未だ冒険者の前に姿を現さない隠れた名伯楽様がいらっしゃるのかもしれませんね。

パーティの日の全行程を終え、テントで寛ぐ時分になると、ふのさんは早速日記の執筆に取りかかった。ふのさんは道中のハイライトシーンを日記帳にガシシと書き表してみる。

「森の中でハムスターさんをもふもふした。」

…これ以上書く事ないよな。

ふのさんは日記をカメラで写真にとり、お嬢様に送信した。これで今日のお勤めは終了だ。ふのさんはふぅと一息つく。今日もよく働いたな。

オッペケペッポペッポッポー！ナジャラカモクレン！

おおっと、ケータイの着信だ。ふのさんがケータイのディスプレイを見るにお嬢様だった。今度はどんな御用だろうか？

「ふのさんの日記を読ませてもらいましたけど、あれじゃあダメよ」
「え、は、はい…」

電話越しにお嬢様の静かな怒気が伝わってきた。

「なんですか、あの日記（１９文字）は！」

お嬢様は随分お怒りで、ふのさんは小一時間ばかりお説教をいただくことになった。その上で、テントの中でレポートの書き方についてレクチャーをうける。正座で。

ふのさんは思った。確かに日記は細かく書けと言われたなあ。明日からがんばるか。

「今日中に書き直すのよ。いろいろ忘れるんだから」

うう…今晩からがんばろう。ふのさんはちょっぴり反省していた。