ENo.1093 蔵鉄鎮馬

相変わらず広場には村人の姿はない。
だが、この状況はこちらとしては好都合だ。
村人に被害が出ないならば、多少エグイ罠を設置しても問題ないだろう。

「ここに誘い込んで……よし、後はなんとかできんだろ」

宿を出て、広場に向かう通りに幾つかの罠を張る。
少々手持ちの装備が寂しくなったが、残りでなんとかするしかない。
最終確認をして、広場に面した建物の影に背中を預ける。

「4匹、ねぇ……」

唇を尖らせて細く紫煙を吐き出す。
未だ広場を我が物顔で闊歩するカマドウマ4匹。

『常に最悪の最善策を考えろ』

「最悪の最善、か……」

父親が仕事の度に口にしていた言葉。
散々言われてたはずなのに、今になって思い出す。
確かに自信過剰になって最悪に対する備えなど考えもしなかった。

咥えた煙草の煙が目に染みる。
片目を閉じながら煙草を摘み、携帯灰皿に押し込んだ。

「今度は良い様にゃさせねぇ……」

いつもの様な溜息交じりではなく、呼気と共に肺の煙を鋭く吐き出し気合を入れる。
トン、と背中で壁を押すようにして反動を付け、広場に向かって歩みだす。

ビョイン　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ビョイン

　　　　　　　　　　　ビョイン

　　　　　　　　　　　　　　　　　　ビョイン

動き回っては好き勝手に跳ねるカマドウマ。
その内一匹の眼前に歩み出て仁王立ちで見上げた。
無機質な目がギョロリとこちらを見下ろす。

「気色悪ぃ……まずはお前か、好きなだけ飛べよ」

言ってるうちにジリジリとカマドウマが寄ってくる。
まずは一匹目……罠に誘い込むのは数を減らしてからにしようか。

　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ビョイン

不意に目の前からカマドウマが消える――上だ。

「うわっ、と…そんなに飛ぶのが好きかよ」

飛んできたカマドウマを転がって避けながら、コートの内側から袋がくっついた投針を抜く。
カマドウマの跳躍の前兆を見てライターで袋から出た導火線に火を着け――

「それなら大好きな空で……」

ビョイン

再びカマドウマが圧し掛かろうと上空へ跳躍……
その腹に向けて導火線に火の着いた針を勢いよく投擲した。

針は見事に腹部に突き刺さると同時に、
導火線の火が袋に詰まった鎮紅特製かんしゃく玉に引火した。

「……吹き飛んで来いッ」　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ドゴン！！

耳を劈くような爆発音と共に爆散し、広場に細かくなったパーツの雨をバラバラと降らせた。
上空なら近隣に被害は出ないだろうと、特製かんしゃく玉を９割がた詰め込んだのだが、
少々威力が過剰だったような気もする……が、まずは一匹。

「うげ、結構アレな感じだな……」

降り注ぐカマドウマのパーツを嫌そうに避けていると、
残ったカマドウマの内２匹が同時に振り返ってこちらを見た。
見た、だけなら良かったが、２匹同時にこちらに向かって飛んでくる。

「う、っわ、ちょっと展開早くねぇか！？」

流石に、目の前で仲間がバラバラに弾け飛ぶ様に怒りを覚えたのだろうか……？
もう一匹くらい各個撃破、の予定を取り消して背中を向けて罠を仕掛けた通りへと駆け出した。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ビョイン　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ビョビョイン

通りに入ったところで、走りながら後ろを振り返ってみれば、
路地の狭さからカマドウマ２匹は１列になって追いかけてくる。
想定通り、万が一複数匹に追われた時の為にこの通りを選んで正解だ。
幾つかの罠を数十メーター毎に仕掛けてあるが、
出来ればあまり広場から離れる前に決着を着けたい所だ。

「さぁ、こい……ココからは俺のテリトリーだ」

一つ目の仕掛け。
目印の建物を通り過ぎたところで足を止め振り返る。
２匹の距離が多少開いている……２匹巻き込むのは難しいか。
欲張ろうとする気持ちをきっぱり切り捨て、タイミングを計る。

　　　　　　　　　　　　　　　　　ビョイン

先頭のカマドウマが、目印の建物と隣の建物の間の路地のラインを超えようと――

「今日の天気は、晴れ時々通り雨、ってな」

カチ！

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

ヒュパッ…　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ヒュパッ…

　　　　　　　　　　　　　　　…ズドドドドドドド！！

左手に握り込んでいた遠隔起動スイッチを押すと同時に鋭い風切り音。
路地の左右の暗がりから飛び出した無数の針が、カマドウマをハリネズミへと変貌させる。
左右から全身に針を突き立てられ、先頭のカマドウマが慣性のままにバランスを崩して転倒した。
気色悪い鳴き声で悶絶しているが必殺とは行かなかったようだ……。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ビョイン！！

そうこうしてる間に、後ろから来ていたカマドウマが転倒した奴を避ける為か、
目の前の惨状に罠を警戒したのか、一際大きく飛び上がった。

「ちょっと飛び過ぎじゃねぇ！？」

飛び上がった頂点からこちらへ降って来ようとしているカマドウマの腹。
目の前で倒れ伏すもまだビクビクしているカマドウマ。
考えるよりも咄嗟に足が前へと駆け出し――

「２匹目ぇ！」

　　　　　ズブ……ミシ！

軽く飛ぶように、倒れたカマドウマの額に突き刺さっていた針を踏み抜く。
ブーツの裏に何かを貫通した嫌な感触を感じながらも、
構わずに降ってくるカマドウマの下を潜る様に駆け抜け……目的のワイヤーに辿り着く。
上空から襲われる事も織り込み済みだ。
飛び上がった空中では方向転換も出来はしまい。

「用意周到だろ？対空技も完備だぜ」

限界まで張り詰められた一本の細いワイヤー。
トン、とブーツの踵を一つ鳴らして爪先のナイフを解放し……
蹴り上げるようにワイヤーを切断した。

ブツ――…ヒゥンッ

建物を利用して複雑に張られて、限界まで引っ張られていたワイヤーが、
通りの中央に圧縮される様に何重にも降り注いだ。
落下中のカマドウマは抵抗する間も無く、細切れの破片となって着地を果たす。

自分の体重ではワイヤーを張って操ろうとしても、昨日の様に体ごと持っていかれるだけ。
ワイヤーの支点が建物ならば流石の巨体でも、建物が悲鳴を上げるよりも先に
カマドウマを切り刻む方が早い……建物の強度に不安はあったが、どうやら無事のようだ。

「……残るはラス１だな」

今ので大小細切れのパーツになって散らばったカマドウマだったモノと、
ピクリとも動かなくなった、ハリネズミとカマドウマのハイブリットな感じのモノに背を向ける。

後の始末は村人と相談することにしよう……。
脅威となっていたカマドウマを退治したのだから、これくらいは大目に見て――

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「いやぁぁぁっ！？」

歩き出そうとした、正にその時……少し離れた所から甲高い悲鳴が聞こえた。
この本当に嫌そうな悲鳴は、家の中で妹が虫に出くわした時にあげる物。
つまり、広場の方で残る１匹のカマドウマと何かあったのだ。

「なんだぁ？隠れてた筈なのにちょっかいでも出したのか？」

状況が分からない以上悠長にはしていられない。
軸足で強く弾みを付ける様に路面を蹴って走り出す。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「何よもう！ちょっと、シズマぁぁぁぁ」

広場に戻ろうと走り出したのだが……声が妙に近くなった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「しずまぁぁ！これ何とかしてーーーっ」

通りを入る角を曲がって、妹がこっちに走りこんできた。
思わず急ブレーキをかけてその後方を見れば、
次に曲がってきたのは両手をバンザイしてちょこまか走るアップルちゃん。
その後ろから土煙を上げて角を曲がってきたのは残ったカマドウマだった。

「おいおい、なにしたんだ？」

自分との距離は数十メーター……走ってくる３者はほぼ団子状態だ。
もう罠は無いし、特製かんしゃく玉を使おうにも巻き込む可能性が高いだろう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「ごめんってば！なんとかしてーっ」

残された武器は――
迷うよりも早く、右手がコートの中へ。
脇下のホルスターに収められた銃を抜き、体が覚えていたかの様にセイフティを解除。
両手でグリップを握りこんで銃口を下に構えたまま、走ってくる二人に叫んだ。

「鎮紅！アップルちゃん！全力で横に飛べッ」

こっちの叫びに、必死で首を縦に振ると、
鎮紅がアップルちゃんの手を引いてもつれる様に路地に転がり込んだ。
それを見届けて銃口を上げ、狙いをカマドウマの頭部へ……
躊躇せず狙いのままに引鉄を引いた。

甲高い銃声……カマドウマの頭で何かが爆ぜたのを確認した刹那、自分も路地へと身を投げた。
その横をつんのめる様に、カマドウマが土煙を上げてヘッドスライディングしながら止まった。
身を起こしながら、横たわる巨体を見ればピクリとも動く様子は無い。

「４匹目……やれやれだな」

最後の一匹をカウントすると、反対の路地へ転がった妹たちの下へと歩き出した。　