ENo.3492 グランデルド

「さて、手始めに何処に向かおうか。」

地平線を見つめながら今後の方針を考える。
正直なところ、私はこの世界のことを殆ど知らない。
情報といえば“強い者が集まる”という事だけだった。
しかし、その情報だけで私を動かすには十分な要因だ。
体も脳も心も全て惹かれるように、気がつけば私はこの世界に足を踏みいれていた。

「あら、何も決まってないの？じゃあ私に提案があるのだけれど。」
「ほう、聞かせてもらおうか。」
「貴方の目的は強い人と戦うことでしょう？私の目的は炎の魔法についてもっと知識を深めること。そして何より、この世界に別の世界とつながる扉が在るという噂を確認すること。」
「タルタスでは有益な情報はなかったのか？」
「ないわ。この街にはなんにもない。在るのは死体と臆病な心だけ。」
「なかなか手厳しい評価じゃないか。」
「本当にそれしかないの。私達に必要なものはとにかく情報。それならまずは次の街に向かうのがいいと思うのだけれど。」

そういって彼女は地図を取り出した。

「ここを見て、ここに街があるでしょ？この場所がフリスト、当面の目標はここにたどり着くことにしましょう。」
「ふむ、なぜそのような結論に至ったのだ？」
「今いるタルタスの北東を見て。この山岳地帯が登竜門的な地点になるわ。この山岳地帯は次の街にたどり着くためには絶対に通らないといけない道なのだけれど、山はこの辺の平地とは比べ物にならない程強い生物が生息しているの。だから出来ればその先の砂地まで休まずに行ってしまいたいのだけれど――」
「その先は狩場、というわけか。」
「その通り。物分りの良い人は好きよ？」

……ククク、この娘、やはり面白いな。

「つまり、フリストにたどり着くためには山の強力な生物か、山を抜けて消耗した獲物を待っている人たちを倒さないといけないの。」
「必然的にその山岳地帯を抜けた先にある街はそれ相応の実力と知識を持つものが集まっているというわけか。」
「そうなるわね。もしこの案で行くのであれば暫くはこの辺で山を越えるための準備をすることになるわ。」

しばし沈黙。この世界に疎い私には特に否定する理由もなかった。

「ふむ、理解した。異論はない、それでいこうか。」
「それじゃあ暫くはこの辺で道具の調達でもしましょう。手始めに会いたい人がいるのだけれど。」
「会いたい人？」
「そう、雪のお姫様。」
「雪のお姫様……それはなかなか興味があるな。是非私もそのお姫様とやらにお会いしてみたい。」
「じゃあまずは北へ向かいましょうか。噂では山岳地帯の近くにいるらしいわ。」

そう言ってエリザはずんずんと歩いて行く。
雪のお姫様……私がいた世界の言い伝えには雪の女王というものが存在している。
全ての物を氷の世界に閉じ込め、自分の物にしていく。性格はわがままで自己中心的であり、意識を操ることを得意としている。
面白い。もしそのお姫様が雪の女王なのであれば、是非私のことも彼女のコレクションに加えていただきたいものだ――

「当主さん？早くこないと日が暮れてしまうわ。」

＊　　＊　　＊　　＊　　＊

乾いたザラザラとした地面を踏みしめる。
草の生えてない地は、踏みしめた衝撃がそのまま自分の足に還って来るため、少しずつ疲労が蓄積されてく。
私は問題ないが、エリザはかなり前から眉間に皺がよっている。
それでも何も言わないのは私に弱味を見せないためか、それともただ単に強がりなだけか。
しかしそれも限界が来たようだ。

「当主さん、そろそろ日も暮れるし、今日はこの辺で休まない？」

そう言われて一度足を止める。
太陽の方向を見ると、確かに日は半分沈みかけ、世界はゆっくり闇と静寂に支配されていた。

「そうだな。そろそろ日も落ちるし今日はこの辺で休憩としよう。」
「そうよね、ならいい場所があるわ。私についてきて。」

＊　　＊　　＊　　＊　　＊

エリザに連れてこられたのは葉が全て落ちた枯れ木の林だった。
私は彼女に言われて、地面に落ちている枯れ木の枝を何本か拾いエリザの元へ戻る。

「ありがと、じゃあそこに置いておいて。後は私がやるわ。」

そういって木の枝に手をかざすとフッと小さな炎が出る。
その炎はしっかりと枝に引火し、小さな焚き木が出来上がった。
彼女はその焚き木をうっとりとした眼で見ている。隠しているつもりだろうが、口元が少しだけ歪んでいた。

「炎を見てニヤつくのは気持ち悪いぞ。もしかして君も狂っていたのかな？」

悪戯心がでた私は街を出る前の仕返しをしてやる。

「……チッ、うるさいわね。あんまり余計なこと喋ると燃やすわよ。」

彼女はこちらを睨みながらポケットから野菜を取り出し焚き木で炙っていく。
ククク…また口元が歪んでいるが、それを言うと次こそ燃やされてしまいそうだな。
私も自分のポケットからタルタスで拾った野菜を取り出しそのまま齧り付く。

「……あなた、それなんて野菜？見たこともないのだけれど。」
「さあ、私も名前なぞ知らない。」
「あきれた……旅の初日から得体のしれないものを食べるとか、どうかしてるわ。」

そう言って彼女は炙っていた野菜をナイフで半分に切ると無言で私に差し出す。
私も例に習い、無言で受け取りその野菜を胃へ納めた。

「……ところで、いつまで気がついてない振りをするつもりだ？」
「……ふぅ、なんだ、やっぱり気がついてたのね。ま、この程度の気配くらい察知してもらわないとこの先やっていけないでしょうけど。」

ゆっくりと立ち上がると木の影から明確な敵意が溢れ出してきた。
この世界で初めての戦闘。まったく、この世界は初めてで溢れているな。
敵から放たれる殺気は街で感じたものとは比べ物にならないほど鋭く冷たい。
身を裂き、心を圧し折り、精神を壊す。本当の殺し合いの前の殺気の牽制。
脳が滾り、筋肉が流動する。全身の細胞が活性化していくのを感じる。
内ポケットを漁り小瓶を取り出す。中に入っているのは真っ白な薬。まるで自分には毒がない事を主張するかのように真っ白な薬だ。

「呆れた。貴方ヤク中なの？信じらんないわ。」

うるさい女の言葉を無視して４つほど取り出し口へ放り込む。

がり　がり　がり　がり

ぶわっと血が脳へ流れ込む。
がりがりと噛み締めるたびに血圧が二倍、三倍と跳ね上がっていくような感覚。
この瞬間、私は世界と一体化する。
今までの戦闘の記憶全てがフィードバックしてくる。
切り取った腕。もぎ取った脚。吹き上がる血飛沫。
血液の海の上に立つ私の姿を人は死神と呼ぶ。しかし私はそうは思わない。
喩えるならば天使。天使が血に濡れて何が悪いのか。
血にまみれた天使こそ私の崇拝する天使様なのである。
そして天使はその使命を果たすために次の生命を斬るのだ。

「ちょっと、貴方大丈夫？腕が震えてるけど。」
「うるさい。戦闘に集中しろ。」

もう一度敵を見つめる。
すでに敵からは何も感じない。いや、感じることはできない。
もういいのだ。目の前の生物からは何も感じない。

殺すだけだ。

滅するだけだ。

殺戮するだけだ。

蹂躙するだけだ。

　　殺　す　だ　け　だ