ENo.76 ラルクベルテ・ハンドレッド

第八話　バレンタインデー前日

「ついに来ましたねこの日が……」
「ああ、来たなラクベル……」
僕とサーディさんは向かい合ってお互いに頭を捻っている。そう、今日は男ならちょっと気になる日、バレンタインデー。
「ラクベルとサーディは何をやっているんだ……」
僕らが頭を捻っていると、疑問に思ったグラスタさんが話に入ってきました。
「いえ、僕らは今年は何個チョコを貰えるのかなって」
「おそらく、ミリ子とお嬢のチョコは安牌だと思うんだよ」
「ミリーさんは間違いなく義理チョコでしょうけどね、本命はガイさんに送られるはずだから」
「えっと、お前ら……取らぬ狸の皮算用って知ってるか？」
グラスタさんのつっこみにはっとなる僕とサーディさんがそこにいた。
「そもそもあの２人がバレンタインデーと言うものを知っているかどうかが謎ではあるが……ミリーは元々孤児でそれどころじゃない人生を送っていたはずだし、レシチアは謎が多いし……」
「いや、レシチアさんなら知ってるはずですよ、ええ、知ってるはずですとも！」
「と言うかなラク太郎、グラ助、俺にとっては、このイベントは死活問題なんだよ！一年に一度の甘いものが食える日だぜ！？」
「えっ」とサーディさんに振り返る僕とグラスタさん。
「いやほら、男なら甘いもの大好きだろ？糖分とか結構、さ、ほら？」
「いや…俺は辛いものが好きだが……」
「僕はしぶいものが好きですねえ。サーディさん、結構味覚がお子様……？」
僕とグラスタさんがこういうと、サーディさんがむきになってきました。
「甘さこそ味覚の至高なんだよ！！だいたいしぶいチョコとか辛いチョコとかないだろうが！！まったく分かってねえ、分かってねえよお前ら！！」
「サーディさんこそ、渋いお茶のわびさびとかを知るべきですよ！！あれこそ至高！！」
「……ええい、ハバネロを食べた時の感動、あれこそが生きている気持ちがする味ではないのか！！」

いつのまにか、チョコの話から味の話へと発展している僕らがいた。こんなんでチョコがもらえるんだろうか、などと思いつつ。

「えーと、明日はバレンタイン、ですよねレシチアさん」
「そうね、ミリーちゃん。基本は好きな男の人にチョコレートを上げる日なのだけれど、今は義理を贈ったり、女の子同士で友チョコをやったりっていうのもあるわねぇ」
「へー。そしたら私は、ラルクベルテさんと、サーディランさんと、グランバスタさんと、後はそうだなあ…ジャックさんにもあげようかな。あ、もちろんガイ様は忘れてませんよ！」
「そうね、今上げた方々にはわたくしからも送ろうかしらね。もちろん、ミリーちゃんにもね」
「えへへ、私もレシチアさんに送りますねー」
こちらはこちらで、私とレシチアさんのガールズトーク中。バレンタインデーらしいし、お世話になっている人にもチョコをあげようかな、って話になっているのでした。
ひとまず、渡すと決めたのはラルクベルテさん、サーディランさん、グランバスタさんと言った部隊の仲間たち。
それから愛しのガイ様と、話を聞くとガイ様が若い頃、いえ、今でもガイ様は生き生きとしてらっしゃいますけれども、それはそれとして。
ガイ様の友人であったと言う話のジャックさんにも、チョコを渡そうと言うわけです。
まあ、理由は簡単ですね。このギルドにおいてラルクベルテさんが一番ガイ様と付き合いは長いですが、ガイ様の好みを一つ一つ把握して生きてるような雰囲気には見えないし。
サーディランさん、グランバスタさんはともにギルドに入ってから半年程度の付き合いなので、ガイ様の好みを把握するにはまだまだ時間が足りないし。
その点、昔の友人であると言うなら、好みはそこそこに知っているだろうし、的確なアドバイスもいただけるだろうし。
それに、ガイ様の若い頃の好み、って言うのも気になるじゃないですか。
「うーん、それにしても、だけれど」
「なんですレシチアさん？」
「ええ、チョコを作るにもいろいろあって、チョコを溶かしてから作りなおす方法と、一から作るって方法があるのよね」
「ふむ…」
「ミリーちゃん、『カカオの豆』ってあるかしら？」
「あー……」
ごそごそと種袋を探る私。自分の能力のために、１００種類近くの種が入った袋を常備しているのです。
「うーん、それっぽいのはないですね……でも、ギルドの共有倉庫になら保存してあるはずです」
「なるほど、それならちょちょっと転送してもらうのがいいわね。私たちがこの世界にきたのと同じような要領で」
「そうですねー。うん、折角だから一から作りたいですし、転送を頼んでみます」

そして、頼んでから数分、結構あっさりとカカオの豆が届きました。
「流石ね…ギルドの転送能力ってのは……」
「ええ、ガイ様の弟であるランガさんがこっそりと作り出したシステムとは言え、あの方はあの方で別方向に能力が高いですものね……」
「ま、それはそうと、頑張って作っちゃいましょう！」
レシチアさんがそういうと、チョコ作りのはじまりです。
まずはカカオの豆の焙煎です。ラルクベルテさんがいると炎には困らないんですが、出来れば当日に驚かせたいので自分達で火を起こして焙煎します。
ちなみに転送してもらった豆は２〜３粒程度。
でも私の能力、「植物を成長させる力」がありますから、豆を手に包んで、しっかりと念じると１２人分のカカオ豆が手に入るようになりました。と言うかなってます。
焙煎が終わると、次は豆砕き。流石に１２人分となるとかなりの時間がかかってしまいます。
胚乳部分だけを上手くとりだすのだったかな、レシチアさんからそう説明されたので、そのとおりにやってみました。
次は豆の粉砕。とにかく細かく砕いていきます。私達の腕力だと結構きつかったので、そこはそれ、私の能力で木に粉砕を手伝ってもらったのでした。
……その時の様子は、あんまり言葉に表せるものではなかったですね、なにせ普通は動かない木の太い枝が、まるで人間の腕のようにごりごりとすり潰すのですから。
その間に、用意しておいたカカオバターをレシチアさんが刻んでくれて、カカオもまあ細かく砕けて、混ぜる準備が整いました。
後は混ぜて、混ぜて、このくらいなめらかだといいかなあ、と言う段階までまぜて。
お風呂にちょうどいいほどのお湯にチョコレートの素になったカカオとカカオバター、それから砂糖を混ぜたものを入れたボールを入れて、まぜまぜ。
これはこれで体力を使うので、私と、レシチアさんが交互にやりました。
そして…まあ、このあたりはレシチアさんの采配でうまくやってたのですが、ある程度の温度に冷やしたり暖めなおしたり。
いい感じになったところで、後は型をつくって盛るだけです。
私が作る分は、ラルクベルテさん、サーディランさん、グランバスタさんの分は普通に義理に見えるような丸い形に整えたチョコ。
レシチアさんに渡す友チョコは星型の型に入れて。
ジャックさんとガイ様には本命チョコに見えるように綺麗に飾り付けてみました。
ガイ様は当然として、ジャックさんの方がこれほど手がこんでいるのは、ジャックさんに「こういうチョコをもらったらガイ様が喜ぶか」と言うのを吟味してもらいたいから。
決して浮気って訳じゃないのですよおおげさだなぁ。
なお、レシチアさんはラルクベルテさん、グランバスタさん、私へのチョコには掴みやすい大きさで量を多めに。
ガイ様、サーディランさん、ジャックさんのチョコにはちょちょいとブランデーを混ぜて。
そんな感じで完成、です！
明日ギルド第二部隊のみんなやガイ様、後はラルクベルテさんともども第二部隊の皆がお世話になっているジャックさんへ、チョコを渡すだけ。
みんな喜んでくれるかなあ。楽しみです。

「ケーキのあの甘さ、あれを食べられるなら俺は２４時間戦えるね！！カレーは当然甘口だ！！」
「何を言う……カレーは激辛に限る！！あの刺激、迸る汗、どれをとってもすばらしい！！」
「お茶、渋柿……男ならこのあたりを押さえておくのは当然じゃないですか！？」
そして、僕らの味覚闘争はいつになれば終わりが見えるのだろうか。
僕は渋さこそ最高って認めてもらうまではやめる気はないですけどね！