ENo.76 ラルクベルテ・ハンドレッド

第九話　バレンタインデー・アフターデー
そして今日はバレンタインデー。男ならすっごく気になる日。
結構色んな人と話しているからいくつか義理がこないかなあ。
そんな事を思いながら、当日を迎えたのでした。

最初にチョコをくれたのは、ここに来た当初見惚れてしまって、それで話していくうちに分かったのですが、今は元パンだとか、実はガイさんと知り合いだったとか言うフィルンさん。
チョコ…っていうか、チョココロネだったけれど。パンを食べてもらう事に人生をかけた彼女らしいチョイスでした。
ああ、けど僕がパンが好きだといったら
「えらい！ご褒美にチョココロネさしあげますね！」
って言ってたから、もしかしてバレンタインとは関係なかったのかも…？うーん。

次にチョコをくれたのは、なんだか人懐っこい雰囲気のするおねえさん。
僕とは違って、戦いのあまりない世界から来たので色々戸惑っていそうなおねえさん。
つまりは、ちかげおねえちゃんのことなのだけど。
もらったのはチョコをクッキーではさんだもの。ちかげおねえちゃんの故郷の郷土菓子なのだろうか……？
にしても、いっぱい作ったって言ってたから、ちかげおねえちゃんも色々な人と関わっているんだなあ。と、しんみりと。
僕と話す前からそういうところはあったから、今はただ、帰れない寂しさを埋めてくれる何かがあるとよいなあ。と、そんな。

その次に、たまたま付加作業の依頼を受け持ったＫＴ２の方がいて、その方からもチョコをもらえました。
ＫＴ２…僕の知る限りではこの世界でアイドル活動をするために結成された組織だとか。
僕はまあそれについてはなんとも思わないのですが、確かサーディさんが
「アイドルとかずりぃよな、笑顔振りまくだけでお金もらってよう」
みたいな事を言った時に、ガイさんから怒られてたんだっけ。
アイドルって仕事も実は大変なんだと。誰かを救うのにはああいった笑顔も必要なんだと。
「にしても……」
貰ったチョコは、そのＫＴ２の方、ともえさんの姿を模したものでした。
「かわいいけど、ちょっと食べづらいんだよなあ」
と、少し苦笑し。

フィルンさんのチョココロネ、ちかげおねちゃんのチョコクッキー、ともえさんの姿のチョコをもぐもぐとおいしくいただいたのでした。

それから一日後。周囲は雨模様。僕はパーティのメンバーや、ギルドの仲間達とは離れて散策に出ていました。
散策の理由は、地道な見回りも世界を救うには重要な事、だと思うから。
危険な時は逃げろ、これさえ守っていれば大丈夫なはず。

そんな事を考えていると、雨の中傘も差さずに濡れている女性を見つけました。
……よく見たら、何度か料理や付加でお世話になったカロリさん。
どう考えてもただ事じゃない、急いで駆けつけてみる。
「こんなところで酷い状態になって、どうしたのですかカロリさん？」
そう、声をかける。声をかけた相手であるカロリさんは赤い目をして、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
「……、…ラクベル、君？　……え、…えっ、あ、……今、見ちゃ、ヤだ…」
見ちゃいやだと言われて、僕はとっさに目をそらす。
「…へ！？あ、え！？わかりましたっ！！」
そういうと、カロリさんが
「――あ、…、ごめ…ん、ひどいこと、言っちゃってごめんね。……泣き顔、なんて、カッコワルイから、見られたく、なくって……ごめんね、すぐ、…すぐ泣き止むから、ちょっとだけ待ってね……っ」
「え、あ…はい」
僕は何をするでもなく、というより何かをする事も出来ないので、ただだまって彼女を待ち続けました。
しばらくすると落ち着いたのか、少しだけ笑顔を向けてくれた…いや、まだちょっと完全に笑顔にはなれていない、のは分かって。
それでも必死に笑顔を勤めようとしてくれているのはありがたいけど心苦しい。
「ごめんね、……ちょっと取り乱しちゃった。……もしかして、心配して声かけたり、してくれた？」
「え、ああ、僕じゃなくてもあの状況、男なら誰でも心配すると思いますが…」
否定はしない。男ならどうであれ、あの状況は声をかけるのがベストだと思ったし。
「そんな事ないよ。……ラクベル君は大袈裟。あんまり誰にでも優しくしちゃ、駄目、なんだからね？……甘えていいんだ、って。…勘違いしちゃう。」
そんな事はないよ……か、それこそ、「そんなことないよ」で返したくなる言葉だった。
それにこの状況だったら、それこそ勘違いも違う、もっと、頼っていいと思うんだ。
ただまあ、その頼る相手が、同じくらいの背の高さの、年下の男の子でいいのかなって、僕もちょっと不安ではあるけれど。
僕は冗談めかした反応をし、それにカロリさんは笑ってくれた。
なんとかなったところで、話を切り返す。
「それはそうと、どうしてこんなところで蹲っていたんです？」
と、聞く。
カロリさんは少し黙って、数秒置いて俯いて。
「――……あのね。……好きな、人が、いたの。」
「……すっごく、好きで。……バレンタインだから、…勇気出して、告白、したんだ。付き合ってください、って。」
告白したんだ、勇気あるな…と思った。ミリーさんからガイさんへのそれで、よく見てきた告白とは雰囲気が違ったんだろうな、って思いながら。
「駄目だった。……フラレちゃった。えへへ……プレゼントも、貰ってもらえなかった。」
……なるほど、それでこんな事になってたのか。と。
「……そう」
僕はこうとしか返せなかった。ミリーさんはねばぎぶあっぷ！とか言いながら、次の作戦に燃えているのだけれど、普通の子なら、ショックでこうもなるだろう。
「もっと私が可愛ければよかったな、とか。
　もっと…気がきいて、しっかりしてたら、答えは違ってたかな、とか。
　そんな風に考えたら、つい、つい、泣けてきちゃったっ。」
もっと可愛ければ、もっとしっかりしてたら……きっとそんな事は理由からは全然違うところにあるんだろうけれども、そう感じてしまう気持ちは分かって…。
「いじょー、状況説明、おしまいっ。
　ごめんね、こんなお話、つまんないよね。」
つまらない、なんて思えなかった。
むしろ、こんないい子をこんな風に泣かせてしまうなんて、と、未熟ながら憤りがあったのだ。
「いえ、全然つまらないとは思えません……むしろ、なんでそんな風に泣かせちゃったんだその人はって、少し腹立たしく思います」
言った直後に、仮にも好きだって言ってた相手のことをこんなにきつく言ってまずかったのではないかと、そう思いはしたが。
どうやら、杞憂だったようで。
「もー……、優しくしちゃ駄目、って言ったでしょ？
　ラクベル君ってば、もう……、今、そんな風に、…言われたら、……っ、…また、…泣い、ちゃう…っ」
そういうとぽろぽろと涙をこぼすカロリさん。僕はとっさに、
「あ…ああ、すみません…きついこと、言っちゃいましたか……」
と、返す。
「ちがうの…っ、ラクベル君が優しいから、…、っ。
　私の、代わりに……怒ってくれてくれたから、……だから……。……これは、…嬉しくて、泣いてるの。
　ほっとしちゃって、……泣いてるの。……っ、あり、がと、ラクベル……くんっ。
　……ラクベル君みたいな、人、…好きになれば、……よかった…なあ……」
これには驚くしかなかった。ラクベル君みたいな人を好きになれば、とか、そんな風に言われて嬉しく思えない男ってほとんどいないはずだし。
「え…え…！？」
なきじゃくりながらも僕の心に響く言葉を放ってくるカロリさん。頑張って作るその笑顔も一段と可愛く思える。
「……ありがと…っ、ちょっと、泣いて、すっきりした。
　お礼、しなきゃね。……なにがいいかなー。んー…」
唇に指先を当てて、その後唇を指先で撫でるようにして悩んでいる。
「……あ、お菓子！…今度、持ってきてあげるね。カロリ、料理の腕には自信あるから！
　これは、……食べて、もらえなかったから、味、披露出来なかった……けど。ちょっと残念。」
「あ、はい、もらえるのならありがたくいただきますが…でもいいんですか？僕はただ話し聞いてただけだしその話すらも癒せるように話せたとは思えないんですが……」
お菓子をもらえる、とのことで、ありがたくいただくつもりではあれど、本当に僕なんかでいいのかなと聞いてみたら。
「――、黙って？」
さっきまで彼女の唇を撫でていた指で、僕の口を静止する。
「こういう時は、……謙遜しないで、どーんって構えててほしいな？
　……ぎゅーってしてくれると、カロリとしては、もっと嬉しい。かも、だけど。…なんてっ。」
ああ、こういうのには、凄く免疫がない僕です。こう返すよりなかったのです。
「……う……え、と、善処します……けどうん。その、ぎゅーっとしてくれると、は、流石にその、冗談ですよね……？」
こういうのを、小悪魔少女って言うのだろうか…。
「……、……それは、……ナイショ。」
と、はにかみ、照れたように頬を染めて……。
「内緒……ううん……けどまあ、涙はそんなに出なくなったみたいだし、少しは元気になれたのかな、よかった。」
とにかく、問題はそこ、彼女が元気になれたならそれでいい、それでいいのです。
「……うんっ。この通りっ。気持ちはちょっとだけ、前向き。
　びしょぬれだし、風邪だけは引かないようにしなきゃ…っ。
　冷静になったら、もう服の中まで濡れて、ちょっと気持ち悪いかも。」
それを聞いて僕はさりげなくエスコートをしようとする。
エスコートの言葉をかけると、カロリさんからこう返された。
「えっ。…いいよいいよっ。
　私、仮にも冒険者、だよ？　……一人で平気っ。
　……それより、約束、覚えててねっ。
　ちゃんと、カロリにお礼、させて。――…これは、ね。…とりあえずは、前払い、ってことで。
　ちょっと濡れちゃってるけど、……中までは染みてないはずだから。」
そういって渡された、ビニールに入った一口チョコ。
「あっ、……それと、もう一つ。
　んー、……そうだなあ、目、閉じてて？」
「約束…えっと、なんだろう。それと、目をつぶるんですね…？」
カロリさんに言われたとおり、目をつぶる。
「……もうっ、お菓子、お礼に持っていく、って言ったでしょー？
　ちゃんと覚えててくれないと、……また、泣いちゃうから。」
そう、そうだった、そういう約束があったんだ。そしてその直後。
ほっぺたに、やわらかい感触があった。
ほぼ間違いなく、カロリさんからほっぺたにキスをされたのだろう。
「……じゃ、またねっ、ラクベル君っ！　絶対絶対っ、カロリの事、忘れちゃ嫌なんだから…っ！」

……こんな事があって、僕の手元には一口チョコが残っている。
「忘れられるはずもないよな、こんなこと……」
僕はそう思った。
けれども、少し時間を置いて考えたんだ。
彼女はアイドル。誰かに元気や勇気を与えるための仕事をやっている人だ。だからこれもきっと彼女のそういう活動の一環で。
ならば、僕は及ばずながら応援する事にしよう。彼女が振りまく幸せが彼女自身にも振りかかるように。