ENo.2831 ひなた　＆　ひかげ

昔話

case1　少女の場合

どこともしれぬ世界のどこともしれぬ街。
どこにでもあるような家の子供部屋。
少女の机の上には可愛らしい包装紙で包まれ、リボンで飾られた箱が置かれている。
中身はチョコレート。

そう。
今日はバレンタインデー。
古より婦女子が想い人にチョコレートなる食べ物を贈る日。
製菓会社の陰謀。
最近では女子同志で贈りあったり。
普段味わうことのできない高級チョコを自分贈りしたり。
果ては男子より女子に贈ったり。
もはや「チョコさえ売れればいいんでね？」的なイベントデー。

話は戻り。
果たして持ち主かつ贈り主であろうところの少女は。
この甘い食べ物にいかなる想いを詰めているのか。
そしてその想いは誰のもとに届けられるのか。

そしてこの物語はもう少し時間を遡る。
場所は同じ子供部屋。
少年は机に向かって勉強中。
少女は畳に転がって読書中。
ただし漫画。

「…ねえひなた。お願いがあるんだけど。」

と、少女は寝転がったまま切り出した。

「ん？どうしたのひーちゃんあらたまって。」

と、少年は勉強の手を止めずに応えた。

「あのね…。」

「うん？」

「チョコ作るの手伝ってほしいんだけど。」

「ああ、そういえばそろそろバレンタインだね。いいよ。」

という簡単なやりとり。
そしてその後。
何事もなく、どうということもなく、チョコレートは完成する。
その作業の９割は少年が手際よくこなし。
少女はというと。
包装紙とリボンを選び。
味見をして甘すぎるだの苦すぎるだの一通り文句を付け。
いつの間にか居眠りする。
そんな重要な１割を確実に余すところなくこなしていた。
そして。

「うん、ばっちりだわ。さすがあたし、がんばったわ。」

と、わけのわからない自賛をすることも忘れない。

「うん、ひーちゃん頑張ったね。」

と、少女を労う。
自分自身への感謝の言葉はなくとも。
それがこの兄妹の信頼関係
そして。

「今年は渡せるといいね。」

と、少年は最後にこう付け加えた。

「ふん。」

と、少女は応えた。

『今年は。』
『渡せると。』
『いいね。』
その言葉の意味するもの。
そう。
少女は渡せなかった。
去年も。
一昨年も。
その前の年も。
そして…今年も。
少女はすでに学校にいて。
チョコレートは少女の机に置かれたまま。
少年はそれを知っている。
しかし何も言わない。
一度だけ、それに気づき少女にチョコレートを届けたのだが。
受け取った少女は感謝することもなく。
それを鞄に放り込んで。
そのまま家に帰ってきた。
そして一言だけ。

「ごめん、渡せなかったわ。」

と、少年に申し訳なさそうに笑った。

「そっか。」

と、少年は応えた。

そして。
今年もまた。
チョコレートは少女の机に置かれたまま。
そして。
去年と一昨年とその前の年と同じように。
夜。
少女はやっぱり畳に転がっている。
少年はやっぱり机に向かっている。

「…ねえひなた。」

と、少女は寝転がったまま切り出した。

「ん？どうしたのひーちゃん。

と、少年は勉強の手を止めて、少女へ向き直り応えた。
次にくる言葉を知っている。

「チョコ、食べようか。」

と、少女はやっぱり寝転がったまま言った。

「そうだね。」

と、少年は応えた。

少女の顔は漫画に隠れていて見えないけれど。
その声は、ほんのちょっぴり。
嬉しそうにも聞こえた。

case2　少年の場合

「ところでひなた。」

と、少女はチョコレートの欠片を口に放り込みながら言った。

「なに？ひーちゃん。」

と、少年はチョコレートに伸ばした手を止めて応えた。

「あんたチョコもらえたの？」」

「あはは、今年ももらえないねえ。」

「やっぱりねえ。」

「やっぱりって…しょうがないじゃないか僕もてたことなんかないんだし。それにもっとかっこいい子たくさんいるし、ね。」

「そういう話じゃないのよ。」

「なにそれ。まるで他に原因があるみたいな言い方じゃない。知ってるなら教えてよ。直せる欠点なら直すよう頑張るからさ。」

「なによ…ひなたあんたそんなにもてたいの？」

「そういうわけじゃないけど自分の知らない欠点とか嫌じゃない。」

「そうねえ。あたしはどうでもいいけどね、自分の知らないことなんて。まあいいわ、ひなたらしくて。けど、こればっかりは流石の
頑張り屋ひなたくんでもどうにもならないでしょうね。」

「どうにもならないってっ…！？そんなにひどいの？」

「そりゃもう、あたしがだいとうりょうにでもなるくらい、無理ね。」

「ひーちゃんなら大統領にだってなれるよ？」

「んなわけないでしょばかひなた。てかだいとうりょうでも宇宙の王でも神でもなんでもいいのよ話のこし折らないでちょうだい。」

「うーん、で、何が言いたいのさ。」

「そんだけ無理って話よ、あんたの場合。」

「いよいよ気になるじゃない。教えてよ。」

「どうしよっかなーるるるー♪」

「あ、ひどーい。僕がもてなくって面白がってるでしょひーちゃん。」

「いやいやそんなことはございませんのことですわよほほほほー。」

「もう、おやつ作ってあげないよ？そんな意地悪だと。」

「ごめんなさいそれだけは勘弁してくださいひなた様。」

「じゃあ教えてくれるね。」

「ううう…仕方ないわね。じゃあヒントくらいは。」

「うんうん。」

「ぶっちゃけあんたには番犬がついてる。」

「えぇっ！？犬なんて飼ったこともないよっ？？なんで？？」

「…と、思われてる。」

「余計に訳が分からないよ。降参するから答え教えてよ。気になって勉強できないよそれじゃあ。」

「勉強なんてしなしなくていいじゃない…っと、あたしの宿題片付けてもらえないのはこ困るわね。」

「ひーちゃん宿題くらいたまには自分でやろうよ。」

「あたしはあんたと違って忙しいのよ。漫画だって読まなきゃいけないのに。ま、いいわ。教えてあげる。」

「うんうん。」

「あたしがいるからよ。」

「ますます意味が分からないよ。」

「そうねえ…あれは１年のバレンタインのちょっと前だったかしらねえ。ほら、あのときあたしたち同じクラスだったわよね。」

「そうだったね。それが？」

「休み時間にクラスの女子どもが集まってあんたにチョコレートあげる相談してたのよ。で、あたしもなぜかそこにいてさあ…。」

「でも僕チョコなんてもらってないよ。いったいなにがあったの？」

「なぜだけ知らないけどあたし女子どもにたんか切っちゃったのよ。」

「えっ…なんて？」

「ひなたにチョコを渡したくばこのあたしを倒してからにしてもらおうかっ！！てね。」

「えっ…？」

「いやー、その頃ほれ、あたしの無敵伝説は学校中にひびきわたってたしさー、いやーまいったなー。」

「………。」

「んでね、あたしに挑もうっていう女子はだれ一人いなくってさー。その話クラスだけじゃなくてどうやら学校中に知れたらしい
のよね。あ、もちろんそんなこと言ったのそれっきりだしさーそんな恥ずかしいこと漫画じゃあるまいし２度も３度も言えない
じゃないの。あたしとしてはそれくらいの気持ちでチョコ渡しなさいよねくらいのかるーいジョークのつもりだったんだけどさあ。
まさか４年になってまで続いてるだなんて、さすがのひかげちゃんもびっくりだぜー、みたいな？」

「…ひーちゃん。」

「おう？理由がわかってすっきりしたかなひなたくん。」

と、少女は言ってようやく気付いた。
目の前にいる少年が、笑ってるけど笑ってないことに。

「…あたしそろそろお風呂入ってこようかなー。あ、チョコ残しといてよねー。」

「…ひーちゃん。」

「えーっと……………てへ♪みたいな？」

「ひーちゃんのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ！！！

少女は生まれて初めて少年に馬鹿と言われた。
少女は逃げるように部屋を飛び出した。

Case3　祖父と曾祖父

「なんか今ひなたの怒鳴り声が聞こえたような気がしたけど何かあったのか？」

と、祖父は聞いた。

「さ、さあ？知らないわ。」

と、少女は目をそらして応えた。

「そうか、珍しいこともあるもんだな。ああそうだ、ところでひかげ。」

「なによ？忙しいのよあたし。」

「おじいちゃんにチョコとかくれたししないのか？」

「いやよ、へるもの。愛が。」

「減るのかっ！？」

「じゃ、あたしお風呂入るから。」

「お、おう…。」

少女が立ち去ったあとに立ち尽くす祖父。

「どうしたのかね？」

と、曾祖父が背後から声をかけた。

「お、お義父さん…聞いてくださいよぉっ。」

と、目に涙を浮かべた祖父が振り返った。

「あーわかったわかった。男同士一杯やろう、な。」

「はいぃ…うううぅ…。」

こうして夜は更けていく。
誰が悪いとはこの際言わないでおこう。

ということがあったりなかったり。
さて。
今年のバレンタインはどうなることか…。