ENo.1082 キータ

※今回の日記には、Eno.761腐乱さん、ENo.1951メリムさんをお借りしました。

わたしは自分のために、銘のないカタナを一本打った。
その理由は、わたしの知る二人目のカタナを使う剣士。ルアさんの言葉だ。

『武器というよりは精神の在り処に近いでしょうか。
斬る為に刀を握るのではなく、技を極め、刀を抜く事無く戦いをする為に、精神を鍛える為の象徴……だと私は思います』

カタナについて尋ねたわたしに、ルアさんはそう答えた。
その言葉の意味が、わたしにはまるで分からない。武器が武器として以外の意味をもつなんて想像もできなかった。

道具としての愛着とかは感じても、ルアさんの言うような”精神を鍛える為の象徴”と感じたことは一度もなかったのだ。

だからこそ、カタナを実際に用いて事実を確かめたくなって。
両の手でカタナを振ることで自分が何かをつかめるか、それを確認するためだけに――――

わたしは銘のないカタナを一本打った。

◆◆◆

キャンプを張った平地の側にある広場。そこでわたしと腐乱さんは向かい合っていた。

腐乱さんはいつものナックルを腕に着けていない徒手空拳。
わたしはカタナ一本を両手で構えて、いつもなら手にするか腕にかけている盾を持っていない。

これはあくまで訓練だから、必要なものだけをもっていればいいからだ。
最初の頃は、素手の腐乱さんを相手に武器を持つのは落ち着かなかったけれど、今では慣れてしまった。
武器一つじゃ埋まらないくらい、わたしと腐乱さんの強さには差があるからである。

「よろしくお願いします！」

訓練開始。
距離を詰めてこない腐乱さんの代わりに、今度はわたしが足を踏み出した。

カタナの使い方の難しさは、あまりにも”斬る”ことに特化しすぎていることだと思う。

例えば幅広の大剣なら、ただ牽制として武器を打ち合わせるために棒のように振り回して使うこともできる。それは、そうした大剣は、武器そのものの重量で”叩き斬る”武器だからだ。
だけどカタナを同じように扱うことはできない。
なんの技術も伴わずに不用意に振るったカタナは、本来の切断能力を発揮できずに刃を潰すだけである。

自然と、カタナを用いた攻撃は、その威力を発揮するために正しく構えをとる形になる。
結果的に乱暴な戦い方はできなくなってしまうから、乱戦の中での幸運の一撃、みたいなことは滅多に起きないのだ。

だから当然、上段から振り下ろしたわたしの初撃を、腐乱さんは容易く避けてしまった。
避けられることを予想していたわたしは、距離を詰められる前にカタナを返して斜め上に斬りあげる。
今度も危なげなく避けられる。刃をかいくぐりながら腐乱さんは手の甲でカタナを叩いた。

自分でも悲しくなるくらいに遅い振りだと思う。。
訓練で本当に斬っちゃうわけにはいかないので、いつでも剣先を止められるようにする必要があるせいだ。
腐乱さんの細めた目が『ちゃんとやれ』とわたしを責めている気がする。

わたしは刃先を横に引きながら後ろに強く跳んだ。地面を二度蹴って一気に距離をとる。
着地と同時に、身を屈めて膝に力を込めた。
わたしを追って地面を滑るように距離を詰めてくる腐乱さんに向かい、肩上にカタナを構えて相対する。

ほんの瞬き一度ほどの時間を耐える。
そうして腐乱さんがカタナの間合いに触れたその瞬間、わたしは両腕に力を込めてカタナを斜めに振り下ろした。

やっぱり避けられた。

空中で身をひねって避けながら、腐乱さんが振り上げた拳がゆっくりと迫ってくる。
空を切った剣先はその脇をすり抜けた真下へと落ちていく。

カタナが落ちる瞬間、鈍い刃が自分を映した。
見えるはずがないものを、わたしは確かにその瞬間、はっきりと目にしていた。

そこに映っていたのは、なんの表情もない自分の顔。
戦っているときの自分の顔を見るなんて初めてのことのはずなのに、わたしはそんな自分の表情を不思議には思わなかった。
いつでも、わたしはこんな表情をしているに違いないのだ。だって自分にはすべて見えているのだから。
ゆっくりと落ちて来るギロチンの刃先をじっと見ているようなもの。結果が分かっているものを恐れる人なんていない。

だって、どうせ――――――

脳裏に浮かんだのは、セルフォリーフのそれとは異なる。星一つない真っ暗な空だ。

それを見たのは、家族のために村を離れた最初の夜。
わたしは生まれて初めて野宿というものをして、くるまった毛布越しに感じる地面の感触にどうしても寝付けなくて。
そうして焚き火の場所から離れて見上げた空の上に、それを見たのだ。

真っ黒な空の上にぽっかりと浮かんだ、凍りついたみたいに真っ白なお月様。

”白い月をずっと見上げていると、やがて足が凍り付いて、月から逃げられなくなる”。
それは村に伝わる御伽噺だった。

月がわたしに囁いた。

今いる場所は行き止まりなのだと。
わたしはこれからどこにも辿り着かない道を、独りで歩き続けるしかないのだと。

――――自分の居場所は、もうどこにもないのだ。

振り下ろしたカタナを上に跳ね上げながら、わたしはとんぼを切って後ろに跳んだ。
腐乱さんの腕がわたしの影を叩いて、宙を返るわたしの背中をかすかに擦る。けれど伸びきった拳先に威力はない。
両足を追って低く着地。腐乱さんは振った拳を引いて態勢を整えようとしている。
わたしの左手にはカタナが握られたまま。わたしは右手を添えながら斜め上に体を押し出すようにしてカタナを振り上げた。
下がりきれなかった腐乱さんの腕を刃先が捕らえる。腐乱さんの腕は切断されても繋がるから問題はない。
包帯の下に隠した腕の継ぎ目をカタナが通り過ぎていく。骨を砕く必要もなく、腕はたやすく切れ落ちた。

「おろ？」

カタナを振り上げたわたしの隙を逃さずに腐乱さんは一歩前に。距離を詰める。残った右腕を後ろに引いた斜めの構え。
わたしは体を跳ね上げた勢いを殺さずにそのまま半回転して、迫ってくる腐乱さんの腹に向かって脚を持ち上げた。
曲げた脚を勢いよく伸ばして水平蹴り。わたしの爪先は腐乱さんの腹を捉えてその体を後ろに跳ね飛ばした。

その隙にカタナを構え直す。体の横に構えたカタナを遠心力に任せるように大きく振った。腐乱さんが態勢を崩している。
剣先は真っ直ぐに腐乱さんの頚骨に向かった。さらに体を前に傾ける。十分に体重を掛けなければ骨を砕けない。
腐乱さんの首には包帯が巻かれている。切断は簡単なのだろうか？　これは訓練だから寸前で剣を止めなければいけない。

ふいと腐乱さんの頭が消失する。屈んだ。わたしカタナに込めた力を緩めて刃先を止める。

「よいしょ」

屈めた体を伸ばしながらの掌打がわたしの胸に迫るのを、体をひねって避ける。

「てい」

振りぬいた拳を折った腐乱さんの肘がわたしの頭目がけて矢のように飛び込んでくる。身を反らして避ける。
硬い肘が頬をかすって抜けたていく。わたしは目を閉じずにそれを見ていた。

「とー」

そして、体を横に流しながら跳ね上がった腐乱さんの膝蹴りがわたしの腹を捉えた。今度は避けきれない。
わたしはとっさに手にしたカタナを自分と腐乱さんの間に滑り込ませた。
けれど腐乱さんは止まらず、腹から背中まで衝撃が突き抜ける。わたしは背を丸めて一歩よろめく。

「……どーん」

一瞬の間をおいて、水平から真っ直ぐに突き出された腐乱さんの掌打。わたしはもう避けられない。
十分な勢いの乗せられた一撃はわたしの目の前でピタリと止まった。ただ風圧で前髪が一度ふわりと揺れるだけ。

――――ああ、やっぱり負けちゃった。

それを確認した直後、頭から血が引くような感覚を憶えて、そのままわたしの視界は真っ暗になった。

◆◆◆

目を開くと、青空が見えた。
草むらにあおむけに倒れている自分を理解する。
なんとなく予感を感じて顔を横に向けると、折れたカタナが草原に転がっていた。

やっぱり、心の中で呟いた。
カタナが精神の在り処なら――――わたしのカタナはきっと折れてしまうに違いないって、そう思っていたのだ。

「――――――――キータさん！　キータさん！！」
「……ふぇ？」

呼びかける声が耳に届いて、驚いて視線を上に向けると、メリムさんが心配そうな顔でわたしを覗き込んでいた。
もしかして、ずっと呼ばれてたんだろうか？　鈍っていたわたしの頭が動き出す。
顔に熱がこもるのを感じながら、わたしは慌てて体を起こした。

「だっ、大丈夫です！　あんまり急に体を動かしたから、ちょっと体がびっくりしただけでして……！！」

どうしてここにいるんだろうとか、どこから見られてたんだろうとか、いろんなことが頭を過ぎってぐらぐらする。
自分がひどく馬鹿なことをしていた気がして、恥ずかしさに顔を隠したくなった。
メリムさんは、羽根を瞬かせるとふわりとわたしの目の高さまで降りてきて、確かめるように尋ねた。

「……大丈夫なんですね？」

こくこくこくと、繰り返し頷く。
そうするとメリムさんは目を細めて微笑んで、けれどすぐに咎めるような目でわたしを睨む。

「あまり訓練で無茶したら駄目ですよ？　倒れるぐらいに訓練をしたってかえって逆効果なんですから」
「うぅぅ、ごめんなさい……」

視線を少し横に向けると、メリムさんの横で、腐乱さんがわたしを無表情に見ていた。
さっきの訓練の最中に腕を斬ってしまったことを思い出して、わたしが慌てて謝ろうと口を開くと、腐乱さんはそれを遮るように、ただ手の平を差し出してただ一言をわたしに言う。

「まぁまぁ」

それがさっきの訓練の感想だと理解して、ほんの少しだけ嬉しくなった。
感謝しながら腐乱さんに手を引いてもらって立ち上がる。微笑ましそうに笑っているメリムさんの視線が恥ずかしい。

でも、誰かに手を引かれて立ち上がるのは、とても安心できる感覚だった――――

……――――と思ったら腐乱さんの手がすっぽ抜けた。

「ふぎゃっっ！？」

「あ、腕とれた」
「ちょっ」

そうしてもう一度、わたしの視界は真っ黒になったのでした。

↓その後のお話
http://rino-6live.sblo.jp/article/54321104.html