■Strength and embarrassment...

——気持ちを切り替えてはみたものの、実際この騒動の真相を辿るには、あまりにも道は遠い。
集めるべき情報も何もかもが、分散しすぎている。
本来そういうものは不得手なのだが、この道を選んだのもやはり自分自身。

そしてこの世界で力を得るには、自身の身体能力の回復と底上げだけではなく、精霊剣に宿るアークを介して相性のいい“エンブリオ”と契約を結ぶ必要があった。

もどかしい思いを抱えつつも、全部すっ飛ばして親玉をぶちのめして終わり……とはいかないのはさすがに承知で。
結果は目的が合致する者同士で、臨時に共闘を重ねつつ様々な経験を積んで情報収集を兼ねつつ、可能な限りの最短ルートを模索している。


道中で水場がある場所は希少だった。
あちこち移動を繰り返すと、先の砂地のように荒野のような場所では飲料水の確保ですら難しくなる。

よって今は共闘中の仲間達には連絡をした上で、少し離れた水場でレシュと交互で見張りをしながら、水浴をしていた。
自分もレシュも諸所あって他人に素肌を見せるのが苦手なので、仕方が無い。
そういう生まれ育ち……の所為といった所か。


先に水浴を済ませて、身支度も整えて。
次にレシュが水場へ向かった間に、周囲に視覚を光で歪ませる程度の結界を展開していたアークに、シェリィは声をかける。


「なぁアーク、前に聞いてお前が答えてくれなかった事って覚えてる？　……前のマスターって、どんなヤツだった？　ってアレ」
「我は偉大なる神聖霊、忘れるはずもなかろうよ。何故今それを再び持ち出したのかは分からぬが……。ふむ、今のマスターなれば聞かせても構わぬか。が、今のマスターより前の主は“１人ではない”ぞ。１つ前の者の話で良いのか？」
「……あー。そっか。そういや神聖石は数がないから、相性いいヤツの武具に引き継がれてるんだっけ」
「うむ。槍に据えられた折もあれば、弓であった折もあり、杖であった折もあるな」
「じゃ、一番強かったヤツ」
「……やはりそう来るか。マスターらしいが」


少しだけ考える顔をしてから、アークは珍しく少し影のある表情を浮かべつつこう呟いた。


「……“四弦の奏姫”の異名を持つ者であろうな。様々な意味で強かったぞ、かの存在は、な。」
「別名は“狂乱の奏姫”こと“狂奏姫”か。……思い掛けないヤツの名前が出てきたもんだ」


記録上は“四弦の奏姫”もしくは“響奏姫”と残っているはずの存在。
全ての楽器を奏でる事に天賦の才を持ち、中でも自身の髪を絃とした弦楽器類から紡がれるのは、この世のものとは思えぬ音色であったという。
同様に自身の髪を弦とした特殊な魔法弓の使い手でもあり、そこから撃ち出される魔力結晶である矢の数は無尽蔵にして凄まじい破壊力を持っていたとされる。

何かと己と比較に持ち出された事もあり、その名は知っていたが——かの存在は一族の歴史でも負の歴史の一部として、その名を刻まれているのもあって、そんな人物にこの少年妖精姿の神聖霊の加護があったというのは、少々意外だったのだ。


「……公式には何時どうやって落命したかとか、残ってなかったけど」
「我もかの存在の最期は知らぬのだ。少なくとも末の惨劇の場に居合わせなかったのだけは確かだな。己の武具たる我を手にせずに、どうやって同族を手にかけたかは……想像しか出来ぬが。歴代なればこのような者も居るのでな。マスターにはあまり聞かせたくなかったのだ」
「成る程、ね」


“混沌”に呑まれたのだという説が一番有力だったように思う。
狂気に駆られて数人の同族を道連れに、闇へと姿を消した……そんな表記であっただろうか。


「確かに、それはアークに限らず言いたくなかろうね。“虹音”……要するに音律系の特殊能力を持つ私が、今はアークのマスターなんだから。……同じ道を辿ると思ったヤツも少なからず居ただろうな。道理で上の連中が色々“歌う”のに制約つけたがるわけだ」
「……」
「しかも数が多くないはずの“狩る者”って役割まで同じ、か。確かに“混沌”との接触機会も多いし」
「……マスターでさえ連想が容易で愉快ではない話故に、黙っていたのだが、な」
「知らないよりはいいさ。その件がなくてもどーせこの気性だから、変な目で見るヤツの方が多いから今更だろ」
「私の閲覧出来る書物には、そこまで詳しい情報は記載され居なかったように記憶しているのですが」


突然２人の会話に割って入った、相変わらず淡々とした感情の薄い声音にシェリィが視線を送ると。
視界に入った存在は予想通りであったが、その姿は予想外。
慌てて傍らの荷物を探ると、乱暴にタオルを投げつけた。


「レーシュー。幾ら私達相手でも、そのカッコはないだろ！？　それともまだ消えてないそのアザを見せ付けるとかそういう嫌味かい！？」
「いえ、単に興味深い話が聞こえたので、少しでも早く情報収集をと思っただけです」
「兎に角まずちゃんと頭も体も拭いて、服は着てから戻って来い！　封印具も全部衣服と装備一緒だろーが」


全身からまだ水滴を滴らせたまま、かつほぼ上半身裸というとんでもない格好だったレシュは、受け取ったタオルを片手に素直に着替えのある場所へ戻ってゆき。

暫くして何時もの隙のない首元までぴっちりとした衣服を身に着けて戻ってきた少女に向かって、シェリィはこう告げた。


「レシュ、１つ封印鎖外していいから防音結界、近隣への異界も含めて影響ないよーにするブツだと何分位維持出来る？　出来れば全遮断といきたいけどアレは負荷大きいだろ」
「恐らく５分程度なら、可能かと。しかし……何の必要があって？」
「……ちょーっとさ。久々に“本気で歌いたい”気分なんだ。５分あれば１曲位は可能だろ。異界まで音が届いて上に怒られるのも、反省文延々書かされるとかどっちも御免だし、頼む」
「……承知しました」


+++++　+++++


——その音が紡がれ始めた瞬間。
世界をもがその音色に聴き入るかのように、周囲から全ての音や気配が消えた……そんな錯覚。

同時にレシュは己の全身が総毛立つのを感じる。

単純な言葉と旋律の繰り返し。
激しくもなくただ朗々と歌われる素朴な歌。

なのに聴く者の心を震わせる、切なくどこまでも美しく響く音色。


「……凄い」


歌を妨げないように、ぽつりと零れ落ちた小さな呟きは、半ば無意識。
傍らを浮遊する淡い光を帯びた少年姿の精霊が、何処か誇らしげに小さな胸を張る。


「ふむ、クレシュミエントにもマスターの歌を理解出来る感性は備わっているようで我も安心したぞ。そうそうある機会ではない故、しかと聴いて置くが良い」


たった数分のはずなのに、それが数時間とも感じるような不可思議な時間。
自身が展開していた結界が霧散しても、暫くレシュは歌い手であった存在を、ぼんやりと見つめていた。


「……その歌声は異界を渡るという当代一の歌い手、音の虹姫こと“音虹姫”。先ほど話題に挙がっていたと思しき人物、楽器全てに天賦の才を持つと言われた“響奏姫”に並ぶと言われる……」
「うむ、我の知る限りでも希代の歌姫。マスターの常時の言動や所作からは全く想像がつかぬ一面だが、な。天の采配とやらもよく分からぬものよ」
「確かに、この目で見ても……信じられません。本当に……日頃同行しているあの人と、あの歌を歌っていた人が同一人物なのか」


そう呟く少女の頭に、痛くない程度にこつんと拳が落とされた。


「結界展開協力には感謝するが、失礼だな。お前の目は節穴なのかい、全く。……疲れたからちょいと休ませて貰うよ」


そう言いつつも、その手の感想も言われ慣れてでもいるのかさして機嫌を損ねた様子ではない。
ひらひらと片手を振りながら、木陰へと休息を取りにいくシェリィの後姿を眺めながら、レシュはさらにぽつりと言葉を重ねた。


「……先の歌は、遠くで１度だけ耳にした事のある“葬送歌”ではなかったのに……何故か、同じような音色に聴こえました」
「日頃存分に歌える機会が同胞を送る為の“葬送歌”しかない故に、似たような響きを帯びていたのやもしれぬな。どちらにせよ、そなたが故郷から出てきて出来た貴重な体験の１つであろうよ」


そう告げるアークに、そういうものだろうかという顔をしているレシュ。


“実の所、我にも正しい解は読めぬのだ。そして……何故歌ったのがあの曲であったかも、な。我が如何に偉大であっても万能ではないが故に。だが……迷いが聴こえるようでは、マスターよ……“混沌”には勝てぬぞ……？　今迄僅差であったとしても不敗にて生き延びたのは、強く迷い無き剣あってこそ。さて……ここより我が導き助力出来る事は何であろうかの”


+++++　+++++


——大地に仰向けに転がって木陰の隙間から覗く星々の瞬きを、左右色違いの瞳で見上げながら。
シェリィはぼんやりと考えていた。


歌えばすっきりとするかと思ったけれど。
余計にもやもやとしたものが胸の中で渦巻いているように思う。

“お給金　弾んでくれる？”
“働き次第ね”

顔立ちも声もそっくりなのに、素っ気無かった双子の姉。
彼女の斡旋で、何度か“ただの歌”ではあったが、滞在費稼ぎに歌い手を務めた事があった。


「……知られたら怒るだろうし、顔あわせたらもっと怒られるよなぁ……」


見上げた夜空が繋がっているだろう、遠い南国の小さな島。
きっと双子の弟の身を毎日案じているだろう少女の事を思い出しながら。
シェリィは、小さく溜息を零すのだった——。

《寄せて返すは　異国の島唄　　風を渡りて届け　私の——》

かーこは近付いて、挨拶をした。

呆れた口調で言葉を挟む。友人の葛藤こそ知り尽くしているが、肴にする以上の興味はないようだ。

生態のようなものだ、と言いたいらしい。

酒を飲みながら。

専門用語はあまり理解できないようだ。

　
　ロウの口調は相変わらず淡々としているものの、
　世界に戻ることについては、普段よりうつむきがちで、つぶやくように話す。
　少年型の妖精に話しかけられてようやく、顔を上げていつもどおりの様子に戻る。
　

　庭の花壇からころんと鼠が転がり出てきた。

　ジャックは伸びをしてじっと顔を見詰めた。

　ふわりと何処からか林檎酒の瓶が落ちてくる。

かーことメイは、ヒエンを見る。
しかし、反応はない。寝ているようだ。

かーこは呼びかけてみた。
しかし、反応はない。遊び疲れて寝ているようだ。