5.
天候は快晴。うっとうしいほどの晴れやかさだった。
近くに虫が鳴いているのか、普段ならこの音はあまり気にならないが、今はただ、静かにさせて欲しいという気持ちで一杯だった。

何故なら、先日私たちは兵士に負けて大きな傷を負ってしまったからだ。
坊ちゃまはまだ目覚めていない。昨日巻いた包帯は少しだけ泥で汚れ、焦茶に変色した血がぼんやりと浮いているのがわかる。
それでも健やかに眠るその顔はまるで子供のような優しさがあった。

坊ちゃまの状態は昨日より良くなったとは思う。しかし、一瞬の油断で命取りになることがあるからまだ安心はできない。

「ん……んん……」

虫の声が煩かったのか、眠りから目覚めてしまった少年。少しだけ起き上がろうとするが、すぐ抑え様子を伺う。

「アッ、坊チャマ、起キチャイマシタカ？」
「ああ、セバスチャンか……今は……」

「昼デスヨ、昨日ノ戦闘ガ原因デ怪我シテマスカラ……、モウ少シ眠ッテ下サイ」
「……ああ、すまない」

そう唆されたラドアールは頭をゆっくりと床につけた。次に、ラドアールの口から声が漏れ出す。

「セバスチャン……、僕って……こんなに弱かったかな」

「イエ、ソンナコトハアリマセン、坊チャマ。タダ、相手ガ強スギタ。ソレダケノコトデス」

「そうか……とはいえ、負けたという事実に変わりない」

「…………」

ラドアールは昨日の戦闘で油断をしてしまった。
否、そもそも、彼はこれまでグリース領の外の世界を知らなかったのだ。
始めて見た景色、始めて合った人間、聞いたことがない言葉、彼にとって知らないものだらけの世界だった。
"兵士"という敵も彼にとっては知らない存在で、その敵を倒すということ次第なかなかない経験だった。
それを経験したことで喜びを感じてしまった。



その感情が後の結末を迎えることも知らずに。










……暫く沈黙が続き、暫くした後にラドアールの口が開く。


「そういえば、あの場からどうやって逃げたんだ？」


この質問を聞いた私は少しだけ間を置き、


「アー、アノママ坊チャマを背負ッテ森ニ隠レタ後、通リ過ゴスノヲ待ッテイタンデス。ソレデドウニカナリマシタヨ」

「そうなのか、大変だっただろう」

「イエイエ、坊チャマノタメナラ」


そう聞いて安堵した彼は少しだけ眠りについてしまった。
それから数分、ラドアールを見つめたまま、自分の音声機から小さく声が漏れ出す。



「…………私、一体ドウナッテシマウンデショウネ」










そして、夜再び目覚めた坊ちゃまは、充分に動ける程に回復した。
普通の人だとあの傷を負ってしまったら数日は眠る必要があったが、
彼はまだ幼いためか治りが異常に早かった。

彼はそのまま汚れた包帯を新しいものに変え、服を着替えて装備を調え始めた。

「セバスチャン、今から仕掛けるぞ。」

「……ハ？仕掛ケル？」

「ああ、このまま負けたままじゃ僕のプライドが許さない」

「僕はグリース家の次期当主だ！ここで逃げてしまえばその名に傷がつく！」

「坊チャマ……、ワカリマシタ、私ハ何処マデモツイテキマショウ」

そうして兵士へ再挑戦することになった。








空は暗く、月もない。辺りを見回すと木々の間から赤い光が見えるだけだ。
私たちは暗い森を這って進んだ。怪しげな鳴き声が聞こえようが構わずそのまま進んだ。
進んで暫くしてから川の潺が聞こえ始め、時折「バシャ、バシャ」という音が聞こえた。
兵士が近くにいるのか、それにしては夜遅くに川にいること次第おかしいと思った。

しかし、彼らは川にいた。しかもパンツ一丁のままで。
何故、この時間にその姿で川の中にいるかはもうこの際問わない。
何故なら今この時が絶好のチャンスだからだ。

そうして私たちは兵士らと遭遇し、昨夕のリベンジを迎えることになった。

「セバスチャン、さっきの作戦通りに！」

「ハイ、坊チャマ！」

その掛け合いの直後二人は二人の兵士の前に走り出し、それぞれが武器を持って攻撃をし出す。

「行くぞッ！！！！」

「目ノ前ガ真ッ暗ニ！！！」

「！！　ぐぅっ……！？」

突然の襲撃者からの重い一撃を受けた兵士は受けきれず、思わずその場を蹌踉けた。
直後、私はその足下を狙って銃を撃った。

「……今だッ、セバスチャン！」

「ハイ！」

「させるか！」

ラドアールの前に転ぶはずだった兵士が踏ん張り、手元の大きな剣で再び彼に斬りかかろうとした。

「アアッ」

「くッ……ゴレムくん、力を貸してくれ！！」


「アアッ坊チャマ大キク振リカブッテ——」


「投げたーーーーッ！！！！」


懐にあった"ゴレム"と油性書かれた大きな石を兵士にぶつける。


「ぐぅっ！！」


兵士は、ゴレムくん（？）の重い一撃によって意識が蹌踉めき、
ついには倒れてしまった。そのまま起き上がることはないだろう。


「や……、やったか！」

「エエ、ヤリマシタヨ坊チャマ！流石ノ一撃デシタ！」

「いや、僕の手柄じゃない。このゴレムくんのお陰さ！！」

「…………アッハイ」


その後、二人は兵士の体をまさぐり、戦利品を手に入れた。
しかしラドアールは残念な顔で呟く。

「むう、たったのこれだけか！」

「マー、ソウイウトキモアリマスヨ！ソレヨリモ先ニ進ンデシマイマショウ！！」

「そうだな、行こうか！」

そうして川の潺の音と共にその場を後にした。






川の側に小さな花がよりどりみどりに咲いている。またあちこち、色んな音が聞こえる。鳥の羽ばたく音、木をつつく音、魚がはねる音。この水辺には色んな動物が休みにくるために使われているのだろう。その中で私たちは歩いているのだ。

ラドアールは兵士を倒せたことで上機嫌になっている。しかし、その前日の夜。
私にとって予想外な出来事があった。それは私が私で無くなってしまったことだ。
このことを坊ちゃまに告げるべきだろうか、そう悩んでいる。

いや、やはりあれについてはまだ心の中で留めておくべきだろう。
坊ちゃまと共にいられる、ただそれだけが私の幸せでそれ以外はない。


本当に……？







そしてしばらく時が過ぎて、気がつくと目の前に砂漠が見えてきた。

ここで途中から川が枝分かれして、片方はそのまま続き、片方は途中で途切れて砂の世界に入る。しかし、私に第六感があるのかどうかわからないが、この先に行ってはいけない、このまま先は絶望が待っているという虫の知らせが体の中を巡っている。


「坊チャマ……」




小川と砂漠の境目に二人はぽつんと立っていた。

……そして、その背後から静かにこちらの様子を伺っている少年少女と……妖精がいた。








6.　

照り輝く太陽がうっとうしい。過酷な暑さのあまり私の体がオーバーヒートを起こしそうなほどである。
私が今いるのは砂漠に入って少ししたところにある小さな町。
私たちは今の所別々で行動をしている。

まずラドアールは、シェヘラザードと名乗る女性と話をしている。
なんでも装飾の技術がある人を募集しているのに誰も来ない可哀想な彼女のために装飾を作るので近くの屋台で製作をしている。

さて、私はというとこの付近について何か情報がないかここの町人に聞き込みをしている。この砂漠の先はどうにも嫌な予感がする。そう察知したので念入りに情報を集めている所だ。

ちなみに手に入った情報はというと、「黒ずくめの女がいる」「ドーモ、ロボット＝サン。トキサメです」「また薄い本が厚くなるな……」などと役に立つのかわからないものばかりである。

このまま続けていても成果がないとわかった時、突然、自分の体から「時間ガナイノニ……早クシナイト……」と呟いた。

何故こんなことを呟いたのか私にも理解できなかった。しかしそんなことを考えさせる暇もなく、後ろから声をかけられた。それに目をやると少しだけ汚れた服装をしてあまり目立たなさそうな印象があるやせ細った少年がいた。

「あの……もしかしてこの先砂漠へいく予定ですか？」
その問いに私は頷き、「ハイ」と答えた。

「ああ……それなら私たちもお供させてもらっていいでしょうか」
「申し遅れました、私はジェームスというものです。ジミーでいいですよ」

「こちらはエリーゼ」と良いながらそっと手を何もない方に向ける。
すると、妖精がふっと舞い降りて、一つの言葉を告げた。

「　　　　　　　　　　　　　　　！」

その姿を見て私の視界が少しだけ歪んだが、すぐ立ち直った。
彼女の言葉は理解できなかったが、その態度を見て、自分の紹介をしているのだろうなと思った。
「はは、すいません……」とジェームスは申し訳なさげに言う。
「…………？旧文明の言葉デショウカ？ゴ丁寧にアリガトウゴザイアス。私ノ名前ハせばすちゃんトイイマス！シカシ私ガ砂漠ニイクコトヲマルデ知ッテイタヨウデスガ、ソレハ何故デスカ？」

「実は、先ほどの水辺からあなたをついていってたんですよ」
「コレガ俗ニ言ウ"すとーかー"ッテイウヤツデスカ！！！ケシカリマセンナ！！成敗！！！！！」
「あっああ、誤解です！！！ついていったのはたまたまで。砂漠ってどんなことが起こるかわからないので

……是非一緒に進まないかなと思って」
「　　　　　　　　　　　　　　　　　　　！」

彼女はまた何かを言っている。意味はわからないが、そのふくれた顔を見て「誰がわざわざ好んでストーカーなんてするか！」というような感じの雰囲気はとることができた。これ以上逆らえば鳥肌が立つほどの恐ろしいことが起こりそうな気がするのでこれ以上は大人しく相談をのることにした。

「　　　　　　　　　！」
彼女は満足げにし、やせ細った少年は引き続き答える。
「それで、どうでしょうか……組んでおいて損はないと思いますが……恐らくですが」

「ソデスネー私ハ良イデスケド、坊チャマガナンテイウカ……確認ノタメニ言ッテミテモイイデスカ！」

少年は一つ間を置き……
「いいですよ、私は今晩そこの宿をとってますので、返事は明日の朝までで」
「アリガトウゴザイマス！」と言って私はその場から去って行った。





ラドアールのいる屋台の元へ戻ってきた。すれ違いにシェヘラザードの顔が見えたので少しだけ「ドーモ」とお辞儀し、坊ちゃまの方へ顔を向ける。

「お帰り、どうだった？」
「アマリ良イ情報ハアリマセンデシタガ……コノ先、少シ進ンダ所に"トキサメ"ト呼バレル女性ガイルッテダケデス」
「なるほど……実はそのことをさっきの彼女から聞いたばかりなんだ」
「"骨折リ損ノ草臥レ儲ケ"ッテヤツデスカ！」
「ハハ、折角調べて貰ったのに申し訳ないな。他に何か収穫はなかったかい？」

「ンン……アアソウイエバ先ホドコノ砂漠ノ先ヲ進ムヨウナラ私タチト組マナイカトイウ話ハアリマシタネ」
「ほう、そうなのかい？それなら一緒に行ってあげようか。仲間が増えると旅も楽しくなるしな！」
「坊チャマ……目的忘レテマセンカ」

この問いにラドアールはしっかりとした表情で答える。
「ああ、そうだったな。大丈夫、ちょっと短い間だけさ」
「恐らく彼らもトキサメという女性を倒せるかどうか不安なのだろう」

「ソウデスネ、私タチト利害ノ一致ハシテイル……デハ承諾デスネ？」

ラドアールはこくんと頷き、その場の道具を片付け始める。私もそれを手伝った。




時は夕刻、夕食を済ませた少年とその従者は彼らがいるという宿にやってきた。

フロントから部屋の予約をとり、辺りを見回すと焦げ茶色のカウチソファの上に座っている少年と少女、対面に透明なガラスのテーブルの上に妖精がいた。そのうち、少年がこちらに気づき、手を振る。

主人にあの人だと伝えると、その場に赴き、簡単な挨拶だけ交わした。面識のあるジェームズにエリーゼ、そしてもう一人知らない少女がいる。
白い髪に天使のような羽と似た耳、服は見た目でちょっとなめらかそうな生地を使っていることがわかる。
ほんわかとした雰囲気に包まれた彼女はライセール=エィサンドゥというそうだ。

私たちは彼女含め彼らと手を組み、砂漠の奥へと進むことを決意した。

そうしたら今夜は早く寝るだけだ。二人と一匹は別の部屋で就寝するという。
私たちもいち早く寝て明日に備えなくては……。
そう思いつつ軽く挨拶を交わして、それぞれ部屋に戻っていった。

寝支度を終えた二人は布団に潜り……一日の終わりの言葉を交わす。

「おやすみ、セバスチャン」

「オヤスミナサイ、坊チャマ！！」

そうして隣にあるランプの火を息でフッと消すと、部屋は暗闇へと包まれていった。
彼らは闇の中の嗤い声に気づかないまま、眠っていく。そして、夜はだんだんと更けていった……。