ビブリオバベルは、その日、攻城に失敗した。





砂地で眼前にそびえ立つ、巨大な蟹。
その後ろに七色の二枚貝が控え、
さらにその後ろに、四体、アルミ缶のような何かが佇んでいた。

数こそ多いが、見た目の脅威は然程でもなく、
ひとまずはこの眼の前の、
大きな蟹のハサミにさえ気をつけていればよいだろうと
ビブリオバベルは考えた。

……甘かった。敵陣の後衛から不穏な空気が漂ってきたのを、
感じとった時にはすでに遅かった。
アルミ缶達が、自身の肉体をも蝕むことも厭わず放ってきた闇魔法。
黒い霧のようなそれは、音もなくビブリオバベル達に忍び寄り、
突然の激痛として顕現する。
全身を針で突き刺されるような、
皮膚を引き裂かれるような、痛みが駆け巡る。



吐き気に口を抑えながら鈍痛に身を捩り、目を開けると、
敵の前には仁王立ちして両手を左右に大きく広げる
ヴィクラムの背中があった。

纏った鎧は闇魔法の衝撃で所々ひび割れ、
血が足元に滴っていた。ビブリオバベル達をかばって、
ヴィクラムはあの闇魔法の大半を正面からまともに受けた。

すでに戦える状態ではない。後ろから声をかけるが、
ヴィクラムは前を向いたままその場から動かない。
このままでは命を落としかねないと、
ビブリオバベルは足を引きずりながら、魔硬石膏を魔鉱銃に装填する。
一刻も早く、回復魔法と防御魔法を彼にかけなくては。
彼の前へと回って、顔を見たビブリオバベルは絶句した。
ヴィクラムの顔は確かに前方を睨みつけていたが、
すでに意識が朦朧としているのだろう、その顔色は蒼白で、
前に立ったビブリオバベルのことにも気が付かず、歯を食いしばり、
ひたすらに前方の虚空を睨んでいた。

フェズを召喚し、ヒールをかける。……焼け石に水、という言葉が頭を過った。
もう無理だ、退こう。それをヴィクラムに言いかけたビブリオバベルの背中に、闇魔法の第二波が突き刺さる。
全身の骨をハンマーで砕かれるような痛みに悲鳴をあげ、
ビブリオバベルは失神した。





クリシュナとフェルハトは、
ようやく一体、敵の後ろに隠れるアルミ缶を、
投擲刃と水流波で仕留めたが、
すでに二人とも負傷と疲労の色が濃かった。
全身を蝕む痛みに顔を歪めながら、クリシュナが呻くように呟く。

「態勢を立て直さないと……ッ」

フェルハトはその言葉に静かに頷き、囁く。

「クリシュナちゃん、
　ヴィクラムさんを連れていけるかい？俺は……」

「ビブリおねーちゃんをよろしく。私達は森に落ち延びる」

「ＯＫ。じゃあ俺達は平原に」


“明日、またここで会おう。”



フェルハトがシルフに命じると、
敵に向かって強い風が巻き起こる。それは、
乾燥した大地の砂を巻き上げ、あたりをセピア色に染めた。

「逃げるが勝ち、ってやつだよ！」

叫び、フェルハトは素早くビブリオバベルを小脇に抱え
平原へと軽快に走りだす。
一度だけ後ろを振り返ると、
すでにクリシュナとヴィクラムはその場から消えていた。
上手く逃げ延びてくれていることを信じ、フェルハトは駈ける。




それは、反省や後悔をする間もない、
あっという間の出来事だった。
圧倒的な力の差というものを、ビブリオバベルは身を持って思い知った。

　

　

　

　　　　　　　と言って左手を差し伸べる。

　　　　　　　その腕に大した負傷はしていないようだが、所々自分で治療した痕跡がある。

ため息を、また一つ吐く。

ヘクターはビブリオの差し出したチャームを受け取る。

ローラスが言い終えんとするあたり、両手を少し上げ、
なだめるように手のひらを軽く前後に動かす。

2人が話し終わるのを待っている。

ビブリオバベルが質問に答えると、魔女はにっこりと笑う。

知り合いか、と問われるとなんとも微妙な表情でごにょごにょと呟いた後。

……親密なのか、どうなのか。

ビブリオバベルの異世界講釈を聞くと、真剣な顔で聞いている。
メモ帖を取り出すと、少しだけ何かを書き取った。

『現状をどうにかしたい気持ちがあるか？』という言葉を受けると、
「これは私の推測ですけれど」と、そう前置きしてから話し始める。

「なんだか一揆を”盾”に好き勝手生活してる形になっているのも、確かなんですけれどね。」
そういってリレッタは曖昧に笑った。

　

　　　　　　　帽子をぽんぽんと撫でてきた。

　

　
　

　　知らない振りをしているのかはわからないが
　　戸惑う貴女に一拍おいて、尋ねた。

　　貴方の話を聞き、しばし目を伏せる
　　少し思案をしているようだ、しかし数秒でゆっくりと目を開き、応対する

　　貴女の質問に対する回答を聞き、特に表情も変えず
　　そうですか、と小さく答える

小さく、くすりと笑い。

がーん……と自分の口で呟いた。

ゆあは　なかよくなりたそうな　めで　そちらを　みている！

へたりこむ少女を目の前にして、怒り、戸惑い、嫌悪…　様々な感情が入り混じる。
イシュメールはそれらを時間をかけて自身の内に飲み込むと、深呼吸の後、少女に向き直る。