私たちは森から砂地へと移動していました。
砂地で城内への入り口が発見されたと聞いたのです。
目的は城へ入ること、先に行った参加者からは遅れてしまいましたが、私たちもそこを目指すことにしたのです。

けれど、私は森で別の参加者から聞いた噂、それがずっと頭に残っていました。
光を放つ生き物、強力なエンブリオ。それが水辺に出たというのです。

私は彼から頼まれていました。
"この世界の魔法生物と殆ど同じ生き物を探してくれ"と。
私にとっての最重要なことではなかったけれど、彼は私の恩人でした。なるべく叶えてあげなくてはなりません。

もし、もしそのエンブリオがそうなら……。
私には同じかどうかの判断はできません。私はただの人ですから。
だから、一度連れていかなければなりません。

「マコトさん、少し話……いえ、お願いがあるんですけど」
少し前を行くマコトさんに話しかけます。
「……どうした？」
「この森を抜けた後、一旦水辺に戻りたいんです。だから……戻ってくるまで、三人で進んでもらっても良いですか？」
私たちの前を進む二人が時折振り返る。
それを私は何事もないようにやり過ごして、マコトさんにだけ聞こえる声で言う。
今は一揆に参加していて、しかも私たちは最前線ではない。
ここで寄り道を強要することはできない。

「水辺へ？　そいつは、なんでまた」
「水辺のエンブリオの噂、マコトさんも聞きましたよね。どうしても契約したいんです」
マコトさんは、私が一揆に巻き込んだようなもの。他の二人とは違う。
勝手に私が居なくなる、なんてことはできない。
「必ず戻ってきます。追いかけて、追いつきます。もしそのエンブリオに会えなくても、すぐに戻ってきます。だから……」
「パロロコン……だったか。……君は森に慣れてる。その気になれば、俺に気取られずに勝手に発つことも出来た筈だ。それでも、敢えて俺に知らせてくれた。皆には俺から説明しておくよ。……理由を聞かせて貰っても構わないか？」

理由。そういえば話したこと、なかったな。
「私が強くなるため、というのもあります。けど、一番は私の恩人のためです……以前、今はこの世界の住人って言いましたよね。私が生まれた所は、違う世界なんです」
私は、マコトさんに、恩人は体質のために世界移動ができない事、元居た世界にある魔法に近い生き物が居ればそれが可能になるかもしれないこと、そしてそれを恩人に頼まれた事を説明しました。
「城への入り口をさがしてからだと、間に合わない気がして……だから、どうしても今行っておきたいんです」

「……なるほど。それならやはり、俺も君は行くべきだと思う。後悔だけは、しちゃいけない」
マコトさんはそこで一度言葉を切り。
「教えてくれてありがとう。くれぐれも、怪我には気をつけて行って来いよ。……パロロコンと、契約出来るといいな」
と続けて笑いました。

応援してくれている、のは分かる。とても優しい人だと思う。
けど、これは。

「マコトさん。森であった事、まだ気にしてるんですか？」
思ったことを口にする。素直であることもまた、子供である特権だ。あの魔術師もそう言っていた。
それに対して、マコトさんの答えは。
「……全て忘れてしまえたら、良かったんだけどな」
という言葉だった。
前を向いていて顔は見えない。
これが後悔なのだろうか。でも、彼の事情を聞いて、森での揉め事を見て、私が思ったのは。

「大丈夫ですよ。また会えます、その時に話をすればいいんですよ。だから大丈夫です」
大丈夫、そう。私もまだ大丈夫なんだから、マコトさんも大丈夫なはずだ。
「それに、私は我儘で自分勝手ですけど、運は良いんです。だから、マコトさんも自分のために道を選んで良いんですよ」
私は大丈夫、だから、マコトさんも大丈夫であるように努力するべきなんだ。
私は、お姉ちゃんのために、自分のために、今は勝手をするんだから。

「……ユパ。君と出会えて良かった。君と一緒に旅が出来て良かった。俺の為の道を……もう一度だけ、選んでみようと思う」
良かった、まだマコトさんも諦めていない。
「でもマコトさん、勝手に居なくなっちゃだめですよ？　今は仲間なんですからね。私も、必ず戻ってきて追いつきますからね」
せっかく拾って、仲間になって、だから、私はわざわざ口にする。
私も必ず戻ってくるからと。

「勿論だ。君の帰ってくる場所を、無くしはしないよ」
再びマコトさんがこちらを振り返った。その表情は明るかった。

「——ユパ。無事を祈ってる」
森が終わる。
生い茂っていた木がまばらになっていく。やがて目の前には砂だらけの土地が広がるだろう。

「じゃあ、行ってきますね」
私はマコトさんに小さく手を振って、前を行く二人のとは違う方向へと駆け出した。





水辺に向かう途中に出会ったのは、白石亭のお客さんだったヤサカさんだった。
水辺でエンブリオを探している、と私が言うと、同行を許可してくれた。
彼の同行者のうち、一人は顔見知りだった。
私をエビフライ呼ばわりしてくる自称大人の人。
もう一人は初めて会う、布を被った人だった。


そして会えたエンブリオは……。
思ったより大きかった。

鼻で哂うような事は、しなかった。
当人が一人前だというのなら、きっとそうなのだろう。
なんせここまで話してきたが、自分は彼女の力を見たことがないのだから。

背に負った鎌を、持ち上げて。

それから少しばかり考えこみ。

などと真顔で呟いた。

年若い彼女の持つ使い込まれた弓から戦い慣れていそうだと検討をつけ。
この世界についての話をもう少し聞きたいと願い出る。

さっきから肩にくっついて離れる様子は無い。しかもなんかうれしそうに鳴いていた。