とある少女のお話②
-ちょっと不幸な子の話-

———————————

扉の向こうから声が聞こえる。
部屋の主である彼女は、その言葉に一切の耳を傾けなかった。
興味が無い。——そもそも聞こえていない、という風に。
鏡のように景色を映し込むだけの眼を天井に向けて、ただただ数字を数えている。

「56、57、58、59、——28。1、2、3、4、5」

扉の向こうから声が聞こえる。
この部屋には何もない。
音も、光も、暖かさも、冷たさも、優しさも、悲しさも、痛みも、怒りも、恨みも、

この世界には、なにもない。


それでも彼女は、数を数え続ける。
彼女にはそれしかないから。
否、「それしかないから」という理由すら無い。
ただ淡々と、機械のように、与えられた役割をこなす。

「56、57、58、59、——29。」

扉の向こうから声が聞こえる。
『彼女だ———法使いで——以前に——です！…どうしてこんなことを！』
『——？笑わせるな。彼———間でも魔法使いで———てや、———もなんでもない。』『…——だ。』
二人の男性が言い争うような、声。
そんなことはどうだっていい。
彼女にとっては、「自分の世界の外」のことなのだから。

「56、57、58、59、—————30。」



そのカウントと共に、扉が開く。
重そうな音を鳴らして、ゆっくりと開いていく。
扉の外から漏れ出す、光と影。
「自分の世界」と、『外の世界』が、繋がっていく瞬間。


「さぁ、君のお仕事の『時間』だよ。」



「自分の世界」が壊れないように、『外の世界』を守るんだ。
『外の世界』の大人達の言葉を、反復する。
だけど、そんなことだってどうでもよかった。
どうでもいいと思うことすら、彼女には無い。
彼女自身が、「無い」のだから。




彼女の意思はここにはない。
彼女の想いはここにはない。
彼女の未来はここにはない。



造られた砂時計の中で、蹲っているに過ぎない。


—————————————————————————



もし、あなたがこの世界の【外側】を垣間見たとして——そこに無数の世界が広がっていて、そしてそこに存在する無数の自分を見たとき、何を思う？何をする？何を思う？
そう彼女に聞いたとき、あの子は目を丸くして、少し考え込んでから答えた。
——何も見ません、と。
今ここにある幸せだけで十分で、きっとそれを見たら私はこれ以上の幸せを願ってしまうでしょうから。なんて、優しくも——力強く、私に向かって言った。

それを聞いた私は苦笑してしまった。
あなたは幸せね。

砂地に行こうというマコトの提案を、メィレーはすんなりと受け取った。
森の風景も見飽きたし、何より、砂地には一度訪れている。
「危険ではない」という判断を下した、ということだ。
ユパックが別行動をしているにも関わらずこちらで勝手に動いて合流できるのか、という点が少々疑問に残ったが……

砂地にあるという地下への入り口。それを探すことも何ら問題はなかった。
散開して探す、ということに関して少し考えたが、エンブリオの扱いもだんだん慣れてきているため、単独で行動して襲われたとしても、なんとかなる。



問題は、その後。

「メィレー、ゲオルグ。……本当に、勝手な願いなんだが」
そう言って切り出した、マコトの言葉は、…簡潔にまとめると、『修行をしたい』ということだった。
「森で俺がしてしまったことを、今後いつ繰り返してしまうか分からない」
「……『山岳』には、風を操る竜がいるという。その竜と契約出来れば、俺はこの右眼を抑えられるかもしれない」
「——必ず帰ってくる。だから、此処で待っていてくれないか」

「ふむ、たまには一人になるのもいいだろう。だが私はあまり気が長い方ではないのでな、待ちきれなくなる前に帰ってきたまえ」


ゲオルギウスが返答をする中、メィレーは少し考え込んだ。
「一揆」とやらが開始されてから一週間と少しが経つ。
その中で、共に行動する仲間達が新たなエンブリオを手に入れて、新たな力を手に入れて、強くなっていくのを一日一日見ている。
ユパックは純粋にエンブリオの力を、ゲオルギウスはエンブリオの力を引き出して自分のものにして、戦っている。
私はエンブリオの力と、自分の魔法を組み合わせて戦っている。
だから、エンブリオを手に入れる度に強くなる。


なら———、マコトは？


森での一件を見てから、そんなことを考えるようになった。

「マコト、その…、修行はいいのだけれど——」
…だが、このことはまだ「メィレーの中での不安」でしかない。
彼の力のことは、彼がよく知っているだろう。だから、「マコト」

「…強い力に飲まれてしまったものを、私は何人も見たわ。
——異能と魔法は少し違うかもしれないけれど———」
気をつけて、と。マコトに釘を刺すようでありながら、少し自分自身にも言い聞かせたようなニュアンスの言葉を、放った。



「俺は、絶対にこの眼に負けたりなんかしない。だから——」






力強い口調と足取りで踏み出した彼を、無言で見送る。
仲間の言葉を信じながら、自分の仕事をこなす。
「それが、私に今できること」そう心の中で呟く。



「さて…じゃあ私も行きましょうか」

メィレーが魔法について言及すれば、先程ほどではないが、やはり興奮した様子で
　

好きなのだろうか。
彼女がつらつらと上げた術の種類は、そのほとんどが攻撃系魔法だった。

こちらでの生活が楽しくなってきた、という言葉に頷いて、

遠慮していられる状況でもない事を、思い出せば。
ありがとう、と丁寧な所作で頭を下げ、彼女からお金を受け取って。

そう見えないかもしれないけれど、そう伝えて欲しい、と。
嘘を強制する願い事への気まずさか、それ以外の憂いによるものか。伏目がちに、そう紡いで。