白雪姫。


小さい頃から、ずっと私の憧れだったお話。

鏡が私を”きれいな人”なんて選んでくれるなんて思ってもないし、
王子様がいつか迎えにくるなんて、信じてるわけじゃないけど。



小さい頃にもらった絵本は、大きくなった今でも、大事に大事に家の本棚にしまってある。
ときどき思い出して読み返す姿は、子供っぽすぎて、ちょっと人前には見せられないなー。



手元にある本は、書いてある文字こそまるで違えど、絵で話をおいかける限り、多分同じ。

最後は素敵な王子様のキスで目覚めて、そして幸せに暮らす、ハッピーエンド。
……王子様、とは言わないから。
せめて、幸せな生活は迎えたいなー、って思うぐらいは、贅沢すぎる願いじゃないかもしれない。

そりゃ、まあ、うん。
……素敵な人のキスで目覚め、とかぐらいは……夢見たりするけれど。
私だけの王子様、とか、もちろん夢だってわかってるし！
わかってるけどまあ、夢だから！　そんな口にしたりとかしないし……いいよね？

まあ、そもそも誰かの嫉妬を買うような事もないし。
毒りんごとか食べる機会も出来ればきてほしくないなーとか思うから、きっと縁のない————……



『ジュリ？』

その声に、はっと我にかえった。
それはもう訝しげな顔して、私のベッドに横になったシルマリィちゃんがこっちを見てる。
いや、あんまり表情自体はいつもとかわんないんだけど。
ただ単になんか自分が変な想像しちゃった後ろめたさのせいでそう見えるだけなんだけど。

シルマリィちゃんは、不思議と私の部屋によく来てくれる。
もしかして気をつかわれてるのかなあ、とか思うんだけど、寡黙だからあんまり対話とか自体は多くなくて。
何となく一緒にいて、何となく一緒に過ごし、どきどき何となく一緒に寝る。
そんな関係も悪くはないし、……やっぱり一人じゃない、寂しくないってありがたいから、シルマリィちゃんには本当に感謝してる。

『ジュリ……＊＊＊』

ごろごろ転がったままのシルマリィちゃんが、私の膝の上の絵本を指差す。
つづき、と、多分急かしてるんだと思う。
物思いにふけってたせいか、読み物が完全に途中で止まってた事を思い出した。
まだまだ、物語は序盤のページ。

大きな大きな鏡と、悪い女王様が本には描かれてる。

「かがみ……よ　かがみ…？　…………？？？」
『せかいでいちばんうつくしいのは』
「せかいで　いちばん　うつくしいのは——」

声に出して読んでいくも、なかなか前には進まない。
さっきから完全に、シルマリィちゃんが先生。
……無表情にツッコミ入れてくるからちょっと怖い。怒られてる気持ち。
勿論そんなつもりはないだろうって思うし親切でやってくれてるって思ってるけど。

「うつくしいのは　だぁれ……？」

ぽつ、ぽつ、と読みすすめて。
その度にシルマリィちゃんから突っ込まれて。

そうやって長い時間をかけて、何とか何とか話は進む。




お話は。次のページへと——————…………

ひどいぐあいにまったく通じてない。

頭をなでられながら返す苦笑いに、ほんの少し顔をひきつらせ、冷笑を零す。
フライバイの目には、樹里は馬鹿にされているのに愛想を振りまいているように映ったようだ。


＞ハートのかたちと、イチゴとを繰り返す

いちごのキャンディをわざと握って隠し、そっと手を差し出すように促してから
…自分の口をさし、『ほしい』といって、ジュリの口をさし同じ言葉を繰り返すように促す。
キャンディを上げるさいに、一度『ほしい』と言う段階を踏んでから、渡す。

また、いちごにくわえてメロンのキャンディを押し付けるように手渡してから、

それをこちらに返すようにうながす。
…
釈然としない様子のジュリの頭を再度なでまわして、

…
すっかり用意された食事を見て、
まずは先ほど覚えたであろう、単語で例を示してから　ひとつずつ指をさしてみせる。

ベーコンの皿を持ちあげ、ジュリに差し出す。
少し屈んで背の高さをあわせて、大きく口を開けて何かしきりに自分の口を指差している。

何の抵抗もなく樹里のなすがままに櫛梳かれる
普段だったら他人に触らせる行為すら嫌悪を感じるが
樹里には何をされても良い、そんな落ち着いた気分に辿り着く

慌てて何かを警告するジュリに気付くと、
まだジュリがフォークとナイフを持っていることに気付き、いささか照れたように頬をかいた。

わかるかな？　と軽く首を傾げる。
荒事で仲間の間でも使える言葉だ。きっと、覚えておけば身を護る術の一つになるだろう。

その後、伝えたい事が伝わったかはともかく、ジュリが食べるのを促しているのは
なんとなく察したようで、リレッタも席に戻ってナイフとフォークを取って食べ始めた。

少しは脳内翻訳にも慣れてきたのか余分なこともしゃべれるようになってきている気がする。

でもこれなら見た目で作れるかなー・・・とぴらっとめくって裏地を見せてもらっていたり。

お母さんに教えてもらわなかったの？と言いかけたところで、
コミュニケーションを取る練習とかでもあると聞き

最近はちょっと友達も出来たけどまだまだ少ない気がするし・・・と

ごめんなさい。はっきりと聞き取れたその言葉に、樹里の肩を掴む手の力が緩む。
なおも樹里の唇から綴られる言葉、自分の知らない単語の羅列。
それの止むのを待って、カミユは樹里の肩からそっと手を離す。

肩から滑り落ちた手が、そのまま空を切って力なく垂れる。
波が、一度、二度、砂を浚っていく。その間、二人の間に言葉はなく。風ばかりがすり抜けてゆく。

ややあって、ゆったりとカミユが口を開いた。

返事を待って歩き出す。当たり前のように手を取って。

マァムブへ向かって樹里の手を引きながら、カミユは目についたものの名前を挙げて行く。

空を指差し、「そら」。それを多少なりとも理解した色を感じれば、ふと足を止め、
砂の上に指で大きな丸といくつもの点を描き、空と砂の上のそれを交互に指し示し、「つき」「ほし」。
それから砂を掬い上げ、「すな」。手からこぼれ落ちるそれが風に攫われれば、「かぜ」。ふーっと息を吹き、ジェスチャーを交えて。
砂の中に光る貝殻をみとめれば拾い上げ、「かい」。役には立たないだろう言葉の数々。
それでも、親が子に教えるように、カミユは目についたもの全ての名前をできうるかぎり樹里に伝えた。

はたとカミユが樹里を見る。それから繋いだ手を軽く持ち上げて。

それから身体のあちこちを指し示す。指、髪、目、鼻、口、…（胸、は指差そうとして、やや戸惑って飛ばしてしまった）
お腹、足…自分の服を引っぱり、樹里の服の袖をつまみ、服。靴…
どこまで伝わったからは判らないが、ひとつずつ樹里の反応を待ちながらその名前を挙げてゆく。
一気に覚えるには多すぎる量。しかし耳に残っていれば、いずれ覚えるための手助けくらいにはなるだろうか。

自分の手に胸を宛て、わたし、と繰り返す。そうして、言ってごらん、と促す。
仮に「わたしはジュリ」と言えたなら、満面の笑みとともに、すごい！という言葉を返すだろう。

そうするうちに、マァムブの姿が見えてくる。
そうして…それぞれの部屋に戻る去り際に。

言って、ふいにカミユは自身の右頬を樹里の右頬にくっつけた。
チュッと口づけたような音が耳元で鳴るが、唇は触れていない。同じように、左の頬も。
それはアルームやその周辺の土地のごく一般的な親愛の挨拶だが、樹里には恐らく馴染みのないものだろう。
（もしかすれば、カミユと生まれた土地の近いペドロは知っているかもしれない）

もう一度、同じ言葉を繰り返して。
果たしてそれがきちんと就寝の挨拶であることが伝わったかどうかはわからないが、カミユはそのまま自分の部屋へ戻って行った。

昼下の出来事、いつもの様夜の間に頼まれていたお使いを頼まれていた時のお話。
自分を棚あげする様な言い方だが……とても不憫な女の人がいる。
行動が空回りしてる？……いやそうでは無さそうだ、
……とにかく見ていられない、ただその理由も分かった……言葉が通じてないらしい。
少しだけなら喋れるらしいが……うん、あのままだと押し売りされるだろう。
……はぁ、まったくこの世界の人間として恥ずかしい光景である。

口に指を一つ立てる、何も言わないでという意味、伝わればいいが？
震える腕で強引に貴方を商人から引き離す、ちょっと爪が食い込む。

爪が食い込んでしまったところを擦る……ごめんねくらい伝わればいいけど……。
確実に貴方より貧弱な少女に心配される図の完成である。

手持ちから家族の絵が書かれてる本を取り出す。
カゾクと伝えながらその絵に指で○をする。
イナイ？と聞きながらその絵に指で☓印……少女にできる精一杯である。

右手で握手、左手で自分を指さしながら名前を名乗る。

　
　なんか一人でグダグダ言いながら口を閉じて静かになった。
　……本当に寝たのだろうか。小さく溜息一つ。

　

　
　自身の出自も、ノームと契約している事も、いろいろ関係はしているのだろう。
　言葉少なにそんな事を語った。

顔を見上げれば、目つきの鋭い男の表情が緩んでいた。
頭を撫でているのは、自分が嬉しいからなのか。
その根源が言葉が通じない相手と幾ばくかでも意思疎通が出来たことへの喜びであることが伝わるかは別として。

樹里の描く絵を覗き込み、じっと沈黙して。

二つ結びをしたスカートの人型を指差し、樹里を指差して。
……一つの考えに至る。
少し考えれば分かることだが、言葉が通じない意味も相まって。

先ほどの余った折り紙を引っ張り出し、懐や胸を探ってペンを引っ張り出すと何かを描き始める。
それは樹里が描いたものと同じ。二つの円、弧を伴う矢印。
その先にいる、はてなマークを浮かべた顔の下に多くの点……、無精ひげを生やした人型。
自分も迷い込んだ口だと伝えるため同じものを描き。そして、

苦い顔をして頭を掻くと、誰かを見つけたように視線をそちらへ向ける。
そこには紫色のシャツを着たヤクザのような男がいる。
（※Eno.202の隼人さんを見つけたようです）

樹里の肩を叩いて『ヤクザ』を指差し、別の紙に二つの円を描く。
弧を伴う矢印を二つ。その先にサングラスをかけた人型を描く。
その人型は両手を上げている。まるで喜ぶように。
その人型から更に弧を伴う矢印を描き、そこに○を書き足す。

少なくとも帰れる手段を持っている人間がいる。それを伝えるように。

少女が自分の名前を呼んだのに、心臓がどくんと大きく波打つ。
どうやら名前を教えあうことは成功したようだ。
ご主人様の名前は【ジュリ】というらしい。

もう一度名前を言いながら手を差し出してみる。
ジュリのいたところでは「握手」という挨拶の行為はあるのだろうか、と思いながら。
もしジュリが手を握り返したならば、少し照れたように微笑んだだろう。

お互い教えあったとしても、すべての言葉を覚えるためには酷く時間が掛かりそうだ。
ご主人様のことをもっと知りたい。
いますぐジュリの言葉を理解できればいいのに————
そう、心の中で強く願った瞬間。

「リオン、君が産まれる前に体内の中に植え込んだソレは【森の王】という精霊の種でね。
今はまだ上手く操れないかもしれないが、いずれ色んな場面で君を助けてくれるだろう」


頭のなかで眼鏡をかけた白衣の先生の顔がゆらりと浮かぶ。


「ただし感情が高ぶっている時に制御不能になると少々厄介なことになるかもしれない。
それは君の————」


よりつりうゑるか　よりわふなみれへそけ、ゑね


先生の最後の言葉は、何故かジュリの話す言語に変換されているにも関わらずリオンにも理解することができ。

直後に蔓が少女の腕から抜け、リオンの身体の中へと戻っていくのと同時に力が抜けて倒れ掛かる————

声帯に関する知識などはなかったのか。
或いはそういう意図を汲み取る事叶わなかったのか、どちらともか。
ただ首を捻られたことに対して、少し愉快そうに目を細めた。

きょろきょろしてる回数が多い方がイースでそうじゃない方は此方なんだそうだ、と続ける。

先ほどの意趣返し、といわんばかりに盛大に首を傾げる。

この世界の言葉も覚えて使えるようだから、此処に対してなにか力が掛かり続けてることはなさそうだけど、と続ける。

反対側に首を捻る所作が、明確な答えを持っていないのを語っている。

いささか訝るような、腹を探るような響きで応える。
何かを思い起こすように、一度視線を中空に投げるもすぐに双眸を戻す。

いちど、肩を竦めてみせた。

聞きなれないイントネーションに、にわかに口が動きを止める。
やがてその指先の動きを注視する……
せわしない手の動きはなおも空を裂く。
注視する……

ふと、なにか合点のいったような声をあげると
表情をうかがうように顔を見つめながら
ゆっくりと、しかし口数多く『発音』を始めた。

視線がその顔を、瞳を外れる様子はない。

何が起こったのか…凄く慌てているようだ
どうやら何か間違ったか…
まさか…最後にバンザイが足りなかったのか？
無意識に少し両手を挙げようとして降ろし…

しかし、この慌てようは…異常にも取れる

見ているのは面白い気がするが…
とりあえず聞いてみるのが良いだろう

そんな事を言いつつ人差し指を自分の口に当て
そのあと隠している口を指差し…首を傾げてみた。

フライバイが取り出したよくわからない缶的な生き物？エンブリオ？道具？を見ながら、一体今度は何を行うのかと不安げに声を発する。
普段言葉を教えてもらっているフライバイやクリストファーに助けを求めるような目線を向けたり、カミユの服の袖をくいくい引っ張って何をすればいいのか助言を求めたり。

ジュリ、と声をかけられ、グーだのチョキだのを見ればとりあえずじゃんけんをするのだということは理解できたようだ。うんうんっ、と何度も頷いて手を出した。

手を前に出せばグーチョキパーと形を作り。リズムぐらいは言葉はなくてもいけるだろう。多分。

…缶の存在しない山村育ちのカミユは、どうやら缶けりを知らないようだ。
服の裾を引く樹里とフライバイを交互に見、何も応えられずに動向を見守る。

　　　　　　　　　・　・　・