ENo.66 マリナ＝ルイーズ＝スペクトラ

毎週行われているカメーリエの合同授業。
今日の授業は術胎書についてだった。何の偶然だろうかと、マリナは抱えた一冊の本を眺め、苦笑する。

Episode.14 ”Fixed magic”

先日、この本は不思議な力を発した。
マリナは特に何かした覚えはなく、いつものように遭遇した不思議な生物を退け、探索し、たくさんの人と会話した。ただそれだけのことだ。
この本を与えてくれた教師はそうした日々が大事なのだといっていたけれど――。

マリナ「思ったより早かったかな。意外にもあっさりというか。」

正直なところ、マリナはこの書が応えるまで一年以上はかかるとみていた。
所有者の想念を記録・蓄積するからにはそれなりの年月が必要だと認識していたのだ。
前例者としてはジャックがいたわけだが、それは才能や資質からくる例外だとみていた。
しかし……書はマリナにも応えた。ひとつの『魔法』とともに。
もっとも、自分にそのような才能があるとは思えなかったから、これは。

マリナ「本当に個人差によるみたいだね。
『魔法』の内容が内容だけに、日々研究してた魔術に反応しただけともいえるけど。」

ともあれ、書から――術胎書からひとつの『魔法』が産まれた。
効果もある程度把握したマリナは、身体測定をさっさと終わらせ、身長だ体重だ胸のサイズだと賑やかな会場を一足先に抜け出して職員寮を訪れる。

術胎書を配り、合同授業で教鞭を振るっている教師――ルナリアの部屋の前に立ち、一度深呼吸。そのままノックをし、返事があったのを確認してからドアを開けた。

マリナ「ゲルブ所属のマリナ＝ルイーズ＝スペクトラです。ルナリア教諭、いま大丈夫でしょうか。」

ルナリア「あら、マリナさん？」

部屋の奥からひょっこりと顔を出した女性。薄桃色の長い髪に、マリナと同じ色の瞳を持つ彼女こそが、この部屋の主人であるルナリア＝ルーチェだ。

ルナリア「マリナさんが念話ではなく、直接職員寮まで訪ねてくるのは珍しいですね。
何かありました？」

確かに普段ルナリアに連絡を取るときは、カメーリエの校章を使った念話を使っていた。
ルナリアに用がある時は大抵魔術絡みの質問であり、複数の文献などを参照しながら会話するのに便利だからだ。
しかし、今回みたいに報告となるとそうは行かないだろう。

ルナリア「あっわかりましたっ。身体測定の場所がわからなくなったんでしょう。
もうっちゃんとミリーさん達に付いていってくださいっていったじゃないですか。」

まるで「めっ」とでもいいそうな雰囲気でマリナをたしなめるルナリア。
まったくの誤解ではあるのだけど、見た目年下に見える女性にこのようにたしなめられるのは、少しどころではなく気恥ずかしかった。

マリナ「いえ、身体測定は先に済ませて来ました。」

ルナリア「あ、あら？」

マリナ「別の用件がありまして……術胎書のことです。」

そう切り出して、術胎書から『魔法』が産まれた事を伝える。
するとルナリアはまるで自分のことかのように、胸の前で手を合わせ喜んだ。

ルナリア「おめでとうございますっ。これでマリナさんも魔導師と認められますねっ。」

マリナ「ありがとうございます。」

ルナリア「うふふ。さすが元いた世界で魔術師だったことはありますっ。」

誉めてもらえるのは嬉しいものだけど、実のところ何もしていないわけだから微妙な感じである。
そういった微妙な感覚が表情に出ていたのか、ルナリアは「少し待ってくださいね」と告げたあと奥に姿を消した。
しばし待つ。奥からは陶器の擦れるような音が聞こえていた。

マリナ「そういえば奥の方から出てきてたっけ。タイミングが悪かったかな。」

しばらくすると、ルナリアはトレイを持って戻ってきた。
トレイの上には二揃えのティーセットと、可愛らしいデコレーションのなされたチョコムースのショートケーキが二つ。

ルナリア「ふふ。リシーハットからお試しメニューを頂いたんですよ。せっかくなのでお裾分けですっ。」

ルナリアは軽くウィンクをしながら机の上にティーセットとケーキを並べ、マリナに席を勧めた。
リシーハットというと、救援者の一人が経営している喫茶店の名前だ。店舗自体が移動しているという話で、生憎なことにマリナは出会したことはなかった。
喫茶店ではあるけど、カメーリエの寮になら注文したら届けてくれるかもしれない。機会があれば今度試してみようと考えつつ、お言葉に甘え席に着いた。

ルナリア「そうそう、このケーキのことは皆には秘密ですよ？」

口元で人差し指を一本立てていいつつティーカップに紅茶を注ぎ、ルナリアも席に着く。

ルナリア「それで、どんな魔法が産まれたんですか？」

マリナ「それが少し複雑で……効果としては『魔術の固定化』です。」

開口一番、効果を訪ねてきたルナリアに、迷いながらも返答する。

『魔術の固定化』
マリナの持つ術胎書から産まれた『魔法』がそれだった。
効果としては単純。術胎書を通して発動させた魔術を保存・待機・維持させる『魔法』。
術胎書を通せば魔術を空中に待機させることも出来るし、魔術を発動させたまま効果を維持させることも可能だ。この時、維持に必要な魔力は術胎書から供給されているようだった。
最初は効果が多岐に渡るように感じられ、一種類の『魔法』しか産み出せないと思っていたため、効果の把握に苦労したものだ。
しかし、判明した効果を改めて整理してみると、それは魔力の固定・解放を基盤としていることに気付いた。
しかし、何度試しても魔力自体を塊として固定することは出来なかった。
詳しく調べてみると、固定するには魔力と術式がセットになっていなければならないことがわかる。
つまるところ、魔術でなければ固定出来ないのだ。

ルナリア「は、はあ……。」

一通りの説明を聞いたルナリアは、圧倒されたように相づちを打った。
無理もないだろう。術胎書魔術のウリのひとつであろう「魔法が使えない人でも、自分だけの魔法が使える」からズレているのだ。
固定出来るのは魔術だけであるから、そもそも術者が他の魔術を使えなければ意味はない。
更に術式を知っていたとしても、固定できるのは術式と魔力のセット。しかも術胎書から供給されるのは維持の為の魔力だけであり、そもそもの魔術を発動させるのための魔力は通常通り自分で賄わなければならない。
すなわち――元々が魔術師である者向けの『魔法』なのだ。

マリナ「もっとも、魔術さえ使えなければ万能というわけではないのですけど。」

当然のことながら、他にも制約があった。
まず、維持の魔力が供給されるといっても無尽蔵ではないということ。
魔力自体は術胎書から産み出されているため、補充しなければいけないといったことはないが、消費量が生産量を超えるような使い方は出来ない。
これをマリナは『許容量』とした。
次に、同時に固定化できる数は４つまでだということだった。
この時、固定化している魔術の維持に必要な魔力の総量は許容量以下でなければならない。
例えば、術胎書の許容量を１００とする。
魔術Ａの維持に必要な魔力量が７０とした時、魔術Ｂを固定させようとしてもその維持に必要な魔力量が３０を越えていた場合『発動すらされない』のだった。
また、固定化した４つの魔術全て、維持に必要な魔力が１０だったとしても、５つめの魔術は発動しない。
『魔法』というには非常に数学的というべきか、ややこしい『魔法』といえる。
もっとも、マリナのいた世界における魔術とは確立された理論に基づいたものであるから、マリナの経験・思考・感情などから産まれた『魔法』であるなら不思議ではない。

ルナリア「なるほどなるほどっ。複数の魔術を組み合わせたり、色々応用が出来そうですねっ。」

マリナ「え？　ええ、そうですね。一応どう使えるのか考えてはいますけど。」

説明が終わると何故か異様に盛り上がるルナリア。
予想外のリアクションにあっけに取られつつ、紅茶を一口飲み言葉を続けた。

マリナ「効果としては単純ですけど、制約などが複雑で使いこなせるようになるには時間がかかりそうです。」

ルナリア「けれど、恐らく使いこなせれば幅広く活用できる魔法だと思います。
今度はその魔法を使いこなせるように励んでくださいねっ。」

ルナリアの言葉に頷くマリナ。
術胎書の話はこれで終わり。あとは最近の学校生活で困っていることはないかなど、世間話に興じることになる。
歓談の中、ふと閃いた『固定化』の使い道。

……ＭＣＧはＶｅｒ２に上がって変換効率、貯蔵量、還元率が上がった。無理をさせれば発動させるだけの魔力は確保出来る。
問題は維持魔力だったが、術胎書のお陰でそれもクリアー出来たといえる。
あとは、準備と場所さえ確保出来れば、『あの魔術』が可能かもしれない。

試す価値はあるとしたマリナは、ルナリアに断り歓談を切り上げ退室することにした。
送りだすルナリアの笑顔に手を振って応え、職員寮からでる。そして、カラット商会へ足を向けるのだった。

.........To Be Continued.

※本日の日記では「ENo.695 ルナリア＝ルーチェ」様をお借りしました！