「うわー満開だね！」



よく晴れた4月初めのとある日。
春の野原に連れ立って来たふたりの少年は、見事に花を咲かせている桜の木々に思わず同時に感嘆の声を上げた。


「この辺にしようか」
「うん、そうだねっ」


場所を決めると紫の髪の少年が荷物から敷物を取り出しふわっと草の上に広げ。
その上に獣耳の少年が持っていた大きなバスケットをどさりと置く。


「しっかし重いなあ…。着くまで秘密って言ってたけど、このバスケット一体何が入ってるの？」
「えへへー。もう開けてみていいよっ」
「それじゃ遠慮なくっ。……わっ豪華ーっ！」


バスケットを開くと、中からたこさんウインナーやだし巻き卵、唐揚げ、豚串、ピーマンの肉詰めや人参の甘露煮などの沢山のおかずが詰められた容器が次から次へと出てきて。
昨日からずっと忙しそうにしていたのはこの為だったのか、と思わずリオンはため息をつく。


「これ作るの凄く大変だったんじゃない？言ってくれれば僕も手伝ったのに」
「うん、ちょっと大変だった！でもせっかくのお花見だし頑張ってみようかなって」


そう楽しげに言うとアリエスは取り皿を手に取り、料理を手際よく取り分けはじめる。


「はい、リオンっ。たくさん食べてね」
「うん、ありがとう。いただきまーす」


アリエスが料理を盛った皿とフォークを差し出したのを受け取ると、リオンは早速料理をぱくつき始めた。


「すっごく美味しいよ…！また料理の腕上げたんじゃない？」
「そうかな？そういってもらえると嬉しいけど。…あ、リオン。ちゃんと人参も食べなきゃだめだよ。食べやすいように甘くしてあるから」


そんなことを話しながら、あれもこれも美味しいと夢中で食べていくうちに料理はみるみる減っていく。


「……はぁ〜ご馳走様。おなかいっぱいだー」
「ふたりで食べるには多すぎるかなって思ったけど、ほとんど全部空になっちゃったね。あ、デザートもあるんだけど、まだ入りそう？」


少し呆れ顔のアリエスがくすくすと笑ってバスケットから小箱を出して蓋を開けてみせたのに、リオンは顔を近づけて中を覗き込む。


「わ、綺麗なピンク色だね。これなんていうお菓子？」
「さくら餅っていうんだ。お花見にぴったりだと思って」
「さくら餅？ってことは桜の花でできてるのかな……」
「色が桜色だからそう見えるかもしれないけど違うよ。このお餅を包んであるのが桜の葉っぱなんだ」


アリエスが説明するのを聞きながら手に取ったさくら餅を一口齧ると、上品な甘さがふわりと口の中に広がった。


「うん、見た目もかわいいし、甘すぎなくて美味しいね」
「でしょ？僕も食べようっと」


はらはらと桜の花びらが舞い散る中、桜餅を頬張り暖かいお茶をポットから注いで飲みながら、ふたりでのんびりと桜の花を眺める。


「……桜の花って綺麗だよね」
「一斉に咲くから見ごたえあるよね。その分あっという間に散っちゃうけど」
「そうだね、もっと長い期間楽しめればいいのに」


アリエスがそう言いながら小さなあくびをしたのに、リオンが自分の膝をぽんぽんと叩いてにっこりと微笑む。


「アリエス、お弁当張り切りすぎて疲れてるんじゃない？ほら、膝枕してあげるから寝っころがるといいよ」
「え、いいの？……じゃお言葉に甘えよっかな」


大きく伸びをするとリオンの膝を枕にしてアリエスが仰向けにごろんと身体を横たえ。
そして見上げた桜の木にうわーと歓声を上げて両手を空高く伸ばす。


「視界がぜーんぶ桜色だあ…！」


アリエスがそう言ったちょうどその時、一陣の強い風が吹いて枝を揺らし。
あたり一面に桜の花びらをふわあっと吹雪のように舞い散らせていく。





「……ふふっアリエス、花びらだらけになってるよ」
「リオンもね？」




身体中に花びらを纏ったお互いの姿を見てふたりでくすくすと笑いあう。




「あったかくて気持ちいいね……」
「うん、平和で幸せだ」




ずっとこのままの日々が続くといいのにと心から願ってしまうような、そんな穏やかな春の日の昼下がりだった。






【アリエス君(Eno.206)をお借りしました。いつもありがとうございます！】

　自分の意志とは裏腹に、小刻みに震えていた両手。
　その両手に暖かな何かが触れると、少し吃驚して強張ってしまったが——その暖かな何かがリオンの両手だと気付くと、そのまま少しだけ握り返そう。

　そう漏らすように呟くと、リオンの手を握る力が少しだけ増したような——気がするかもしれない。

　素手で触るとワイヤー状の紐で傷付けることも多くないためか、輪刃を扱う時は厚手のグローブを両手に嵌めているようだ。
　リオンに武器の説明をするためにグローブを装着すると、紐の部分やベルトを指差しながら、時折投げる仕草を見せながら。けれど説明するその手際は、不慣れさを隠しきれていない——。

　そう言いながらも、満更でもない様子で。寧ろ楽しんでいるようにも見えるだろう。

　ズボンのポケットをごそごそ、と漁ると、中から取り出したのは小さなメモ帳とシャープペンシル。
　どうやら、簡単な物をピックアップしてレシピを書くつもりらしい。早速何かをサラサラ——と紙に書き始める。

あまり積極的に言いたい事柄ではないのか、言葉を濁す。
また、異能者については頷きだけを返し…それ以上、口にしようとはしなかった。

矢継ぎ早に飛んでくる質問にしどろもどろになりながらも、1つ1つ返答していく。

そういうことについては国にいた時に実験済みなのだそうだ。
そして球体を消失させる行為…つまり、魂の解放を行えば、その魂は持ち主のところに自動的に帰るのだとか。
そういう面の汎用性は高いらしい。

そしてリオンに瞳を覗き込まれれば露骨に困惑の意を示すが、その状態でも尚言葉は紡いでいく。

また、クスクス…と愉しそうな声を上げて。

そして真っ直ぐにリオンを見つめ。猫の様な眼で微笑んで見せた。

そうして、少し間を置いてからリオンの質問に答える。

とても愉しそうにクスクスといつもの笑い声を上げてから、
急に笑顔を保ったまま、けれど低い声で続ける。

　——しっぽがふらふら揺れている。