Vanetta's Diary - Page.9

城内へのショートカットルートの噂を耳にして、遅ればせながらそこへ向かおうと砂地に足を踏み入れた９日目。
……まあね、うん。あんまり真剣に一揆で戦功をどうのとかって考えてないからね。
急がずに色々見て回れるのはむしろ良い事なんだけどね。
でもちょっと無目的にうろうろし過ぎたかなーと、最近ちょっと思う。
最初はね、まあある程度真面目にやってたのよ。それなりに前線で頑張ってやろうじゃないーって。

……やっぱりあれよねえ。あのハサミのおっちゃん。ブランチマン。
見事に跳ね返された上に凄まじい勢いで何かを粉砕されたわ。

悪いこと、だけではなかったのだけどね。
あれを何かの間違いで突破してしまっていたら、最前線を維持できていたら。
こうして余裕を持って色々見て回ることもなく、未だにずっと最前線をひた走っていたんじゃないかって、そうも思うから。
ある意味感謝、……いや、ないわね。結果はともかく、あの痛みは強烈すぎたわ……
パーティ全員まとめて大怪我もせず後にも引かずって、運が良かったとしか言えないわ。



しかし。違和感が消えない。この世界に来てしばらくしてからずっと。
メルンテーゼと言えばあの王城の付近しか知らないとはいえ、おかしい。
自然が自然じゃない。個を見れば自然な自然──地形という意味ね──でも、
ふと冷静になって他の地形と合わせて考えてみれば、それは他の数多くの世界に共通する法則から全く外れている。
美しく草花が咲く庭園があると思えば、ここのように完全に乾いた大地がある。
だと思えば険しい山岳地帯や森林地帯もすぐ近くにある。
そしてそれらは互いに干渉せず、個別に問題なく並列して存在している。できている。
更に言えば先行する他の一揆参加者が到達したという噂で、地平線さえ望む大平原さえあるという。
この話を真っ当に信じるとすれば、空間的な連続性さえ保証されているか怪しい。

この世界に来て最初に降り立ったあの丘からは、確かに王城が見えた。肉眼で。それなりの大きさで。
いくら地形や妨害による移動距離ロスがあるとしても、あの大きさで視認できた目標に誰一人として到達できないなんて、考えられる？
誰かが既に到達しているけど、その情報を知らないだけ？　確かにその可能性はあると思う。
でも、本拠地にまで踏み入れた参加者が居れば、少なからず話題にはなるはず。
その噂の片鱗ですら届かないほど情報封鎖をしている自覚は、私にはない。


……ふと、数日前に会った男を思い出す。サバス＝ルナティリウス。
時間と空間を吹き飛ばし、世界の法則そのものを混沌に叩き落としたウルドスピンと呼ばれる現象の遭遇者。
ウルドスピンとは、王城の周りで疑問に思っているこれらについての回答になり得る、なってしまえるのではないか、と考えてしまった。
一気に吹き飛ばすのではなく、傍目には違和感なく、ゆっくりと、しかし確実に世界を、時間を、空間を歪める現象として。
日は昇る。夜も訪れる。それはこの世界も変わらない。
それは問題なく１日周期だと感じるし、メルンテーゼ自体の暦でもそう数えられている。誰も疑問に思わない。

でも。それは本当に１日だろうか。時間が歪められてはいないだろうか。
私達は本当にあの王城に近づいているのだろうか。空間が歪められてはいないだろうか。

疑問は尽きない。けど、今の私の手持ちじゃその疑問に答えは出ない。
ただ正しいだろうと信じ──或いは思い込み──進むしかない。
自分で暴くか、誰かから聞くか。形は問わない。何かの答えの材料が揃うまで。

　ジャックはにやりと笑った。

　ジャックは釈然としない様子だ。

男は貴女の歌を聴けば、静かにリュートを取り出して、調律を始めました。
動作をとめることなく、言葉を続けます。

リュートの奏でる音色が織り交ぜられれば、男は歌います。
分かりやすいリズムを刻みながら、しかし会話を続けるように、静かに。