※今回の日記はENo.348 トーコ＝リハウンド嬢に多大な協力を頂いています。
　そして、ENo.1195 ミハウ・クワイアトコウスキ氏と
　ENo.1196 コトカ・ラヤヤルヴィ嬢をお借りしました。





「ちょっとうぃーーるっ！たいへん！大変だよ！」


地下牢が立ち並ぶ廊下に反響する声。
のんびりとした動作で灰を落としてから、んー？とそちらを見てみれば、
「だよー……だよー……」と言うエコーと共に、お嬢が慌てて走ってきた。
先程まで、再開したミハウとコトカの2人とわいわいやっていたと思ったのだが……。


「また、そんなに慌ててどうしたいお嬢？」


その様子に、ひとまず携帯灰皿に吸いかけの煙草を突っ込んで向き直る。
慌てて走ってきたお嬢の手には、見覚えのある小さな紙が２枚。


「これ見て！」


バッ、と差し出された2枚の紙は、以前に自分も書いたプロフィールシートだ。


「おぉ、書いてもらったのか良かったじゃねぇか……へぇ、あの2人か」


あまりの血相に何事かと警戒したが、思わずふと口元を緩めてシートを眺める。
お嬢のこの旅の目的でもある、“友達”が増えた証拠なのだから……。


「うん、すごく嬉しい」


そう言うお嬢の声はいささか震えていた。
サングラスの奥にチラリと光る物が見えた気がするが、
それを指摘するほど野暮ではない。


「あ、それでさ、ここ見てよ、ほら」


とん、とお嬢がコトカが書いたシートの一点を指す。
言われて、とりあえず指差されたところをどれどれと見てみれば……
そこは誕生日の項目。12月1日。


「12月1日、ねぇ……あれ、今日何日だぁ？」


チラリと時計の文字盤へ視線を落とし日付けを読む。
……半月くらい前の話である。


「こないだじゃねぇか」


「そうなの、もっと早く知ってればさ。おめでとうも言ってないよ僕」


そう言ってしゅん、と口を尖らせるお嬢。
その期間は丁度別行動をしていた時期だから仕方がないが、
折角出来た“友達”の誕生日を祝えなかった事が悔しいのだろう。


「そんなしょげんなよお嬢、別に今からでも言やいいじゃねぇか？
　ほら……なんかプレゼントでもするとかさ」


「うん！僕、それを相談しようと思って来たんだ」


その通り！とでも言わんばかりにお嬢が食いついてきた。
何がいいかな？と、その眼は先程と違う輝きにきらきらしている。


「ははーん、さすがお嬢だぁ、そうこなくっちゃねぇ」


よしよし、と偉そうに眉を上げつつ面白そうな話に身を乗り出せば、
お嬢は少々重たそうなカバンから、これまた重そうな通販雑誌を引っ張りだして来た。


「僕ならアクセサリーかなー……
　あれ、コトカの耳につけてる飾りって、ピアスだっけイヤリングだっけ」


「お嬢この通販大好きだよなぁ……どれどれぇ」


覗きこみつつ話に耳を傾ける。


「いいねぇ、俺がアクセサリー送ってもなぁ……ん？
　あれだけチャームがデカイならピアスじゃねぇか？」


あまりコトカがフードを脱いだところを見た事がないので、
あの耳に揺れているのは果たしてどちらだったか……。


「だってカワイイの一杯あるし、頼んだら明日来るし！」


支払いはファルもちだし、と舌を出すお嬢。


「文明の発展たぁ恐ろしいもんだ……お嬢も恐ろしいが」


マムの財布の心配をしつつ苦笑する。


「じゃあウィル何にするの？……ピアスかあ、
　でもあれずっとつけてるから、外して別のつけたりしないかも」


そんな話をしてる間にもヘアピンにしようかな、ブローチかな、と
お嬢は楽しそうにページをあっちこっちと捲っている。
自分はと言えば、その捲られるページを覗き込みつつも良いアイディアが浮かばない。


「んー、女の子にねぇ何がいいんだぁ？あ、お嬢今のページの可愛くねぇかい？」


ぼーっと眺めていて、捲り過ぎ去ったページのヘアピンが目に留まる。
前のページ前のページ、と言いつつ、アクセサリーを送るのはやっぱり違うかなぁ、と唸ってしまう。


「え？あ、カワイイ」


お嬢もページを戻って覗き込むと声を上げる、どうやらお眼鏡に適った様だ。


「あー、こう言うのは俺が渡すよりも……そういや、ミハウのヤツ何かしたんかねぇ？」


こう言うのはもっと年代の近い……などと考えていたら
ミハウの顔が思い浮かんだので、何の気なくそんな事を呟く。


「あ、そうだねぇ、何かしてたらいいなぁ。後でこそっと聞いてみよっか」


ページを覗きこんだまま答えるお嬢。後でミハウを囲んで見よう。
そんな事を考えている間も、お嬢は指を挟んで保留にして置いたページと睨めっこしている。


「でもさっきのページのブローチも……ううん、両方にしようかな」


「よし、後で2人でこそっと聞いて見るか……お、両方いくのかい？」


お嬢はまだ重そうな鞄の荷物の底から、見慣れない財布を引っ張りだすと、
ぱちんと開いて中身を一生懸命数えて確認している。

いつもＰＳを入れている財布とは明らかに違う財布に、首を傾げて覗き込んだ。


「”友達”にプレゼントするのに、ファルに払ってもらうなんてナイじゃん」


“友達”と言う言葉を、お嬢が2人に対して使ったのはこれが初めてだ。
その単語を使うのに、ちょっと緊張したような面持ちですらある。
それだけ特別な“友達”に自分のお財布からプレゼントを買うと決めたお嬢。


「お、感心だねぇ……”友達”の為に使えるなら良い事じゃねぇか」


ひゅう、と口笛一つ。
お嬢が自分の力で何かして上げたいと思える相手が増えた事は、自分に取っても喜ばしい。


「うん」


まだ緊張したような、照れたような、泣きそうなような……
複雑な表情を浮かべてお嬢が一つ頷くと、財布を閉じた。


「——足りそう。よし。……ウィルどうする？一緒にプレゼントってことにする？」


「良かった良かった、きっと喜んでもらえるさ……ん、あーちょっと待ってくれぇ」


よっ、と通販雑誌に手を伸ばす。
今しがた自分のお金で両方買う、と決めたお嬢に、
まさか自分が便乗する訳にも行くまい。


「ちょっと見せてもらってもいいかい？」


「うん、いいよー」


雑誌を手放したお嬢は、早速自分のスマホを取り出して弄っている。
どうやら、もう決めた商品をカートに突っ込んでいる様だ。


「おいおい、カートで止めといてくれよ？バラバラになったら送料無駄になっちまうぜぇ？」


焦り気味にそんな事を言いつつ、ぺらぺらとページを捲ってカテゴリを探る。


「うん。詳しいねウィル？」


「なぁに、大人を舐めるんじゃねぇって事さ……」


本当に大手通販会社の台頭で便利になったものだ。
前も同僚と「戦場に即日配送でピザや弾が届くんじゃないか？」などと
くだらない話で盛り上がったものである。

実際、自分も海外の漫画や食料品などをよく事務所に取り寄せているので、
その辺りの事情くらいは時代に後れて居ないはずだ。

くつくつ笑いつつ、ページを捲っていて……ふと１つのページで目が留まる。
凄まじい速度で何かが閃いた。ゲーム的に言えば頭上に電球がピコーンの如き閃きだ。


「なぁ、なぁなぁ、お嬢これでどうよ？ほら、使った事もないんじゃねぇかなぁ」


そのアイディアに自画自賛しつつ、その商品を指し示す。


「え？多分、こういうのは使ったことないと思うけど」


お嬢は示されたページを見、きょとんとしてそう言うと、
むむむ、と唸りながら考え込んでいる。


「これ渡しても、使うところに悩むんじゃないかな、どうだろ」


この良い感じに浮かんだプレゼント案が伝わらないようなので、
お嬢の言葉にふふん、と鼻を鳴らして耳元に口を寄せた。


「だから、こいつでぇ……——」




ゴニョゴニョゴニョ……




「それ、僕だったら絶対”ずるい、もう１回！”って言うよ」


向き直って、とっても楽しそうな顔で人差し指１本立ててみせるお嬢。
この反応を見る限り、プレゼントとしての反応は悪く無さそうだ。


「注文しておくね、明日まで２人には内緒で！」


「だろぉ？ＯＫ、そうと決まりゃ善は急げだ！」


グッと親指を立てて見せた。



◆　　◆　　◆



「プレゼント包装よし、——ウィル、そっちもセットできた？」


もう早く渡したくて堪らないお嬢の手には、きっちりラッピングされた袋。
よくもまぁ、こんな所に翌日配送が可能なものである……がその話は今は置いておこう。
そして、こちらは逆に包みを破って取り出したソレを手に振り返る。


「ばっちりよん、まずは一発驚かせないとねぇ」


「じゃん」


嬉しそうにお嬢がかざしたのは、パーティー用のクラッカー。


「だいじょぶ、音控えめのやつ！」


そう言って、こちらにもクラッカーが２つ手渡された。
ちゃんと配慮はされているようで、可笑しさを堪えるのがやっとだ。
こんな地下牢で大音量のクラッカーなど鳴らしたら発砲音も真っ青である。


「お、ちゃんとゴミ回収できるタイプだな……よーし、行くかい？」


「オッケー」


お嬢の顔はこれ以上ないくらい満面の笑みであった。



◆　　◆　　◆



まだこの状況にまったく気付いていないミハウとコトカ。
こちらに背を向けたまま何やら2人で話し込んでいる様子だ。
そして、しずしずと２人の方へ歩き出すお嬢……。
2人はまだこちらを振り向いてはいない。


「コトカ！」


呼びかけるのと同時に、お嬢がクラッカーの紐を引いた。
ぽんぽん、と可愛い音を立ててクラッカーがテープを飛ばす。
気の抜けるような音と共に殺風景な地下牢に、
無駄にキラキラしたアルミテープが舞った。


「遅くなってごめんね、お誕生日おめでとう！」


その声に合わせて、こちらも同時にクラッカーのテープを射出。
射撃時のダブルタップの如き正確さと素早さで2発のクラッカーの紐を引く。
そしてすかさず……マガジンリロードの代わりに、取り出して構えた例のブツ。


「はい、お二人さんいただきぃ」


突然の事に何事かと並んで振り返った二人に向けて、
構えたソレ——ポラロイドカメラのシャッターを押し込んだ。



パシャッ……ジー……









「プレゼントに記念のツーショット、ってねぇ……ほら、その黒いところ暫く見ててみ？」


楽しそうにウィンクを飛ばして、カメラから吐き出されたフィルムをコトカに差し出した。

二人の姿が見えれば、ぱっと表情を明るくして。

それから、あ、と小さく声を上げて、トーコへ目を向ける。

　地下牢にて、久々に合流したときのこと。

　立ち塞がる敵は、いつもより一層、異形さが際立っていた。思わず身構える。
　それから、ふるふると首を横に振った。

　イヌワシは羽ばたき、杖に括りつけられた結晶がきらりと輝いた。