理由は何だったか、殴られて、疲労が重なってたまたま気絶して。
目覚めたら目の前に彼が居た。驚いて立ち上がったら転んで包帯が絡んでしまって
彼は優しく微笑んで、包帯を巻きなおして。

有難くなかったと言えば嘘になる。彼のくれた薬はよく効いたし、家族の手作りという差し入れの誘惑には何度も負けていた。
だけれど、一時の親切で今の自分の状況が改善されるわけではない。
この状況はひとえに自分の力のなさのうえにあるのだ。
むしろ、誰かに手当てされたものだなんて気付かれたりしたら、以前よりも酷い暴行を受ける可能性だってある。そんなのは真っ平ごめんだ。彼を遠ざけなければいけない。だからこそ冷たく当たろうとするのだが。
「お前、いつもこの場所にいるよな」
自分をどう気に入ったのだか、居場所を突き止めて、毎日のように話し掛けて来るようになった。彼の笑顔には不思議な魅力があって、不思議と逆らえなくなっていった。

何故、自分なんかを。
その時の自分は無力感に支配されていて、ミスを繰り返し、また咎められる。底にまで落ちていた自分がそれに頼るのは当然の事で。
「俺が助けてあげるよ」
やすやすと、それでいて輝きと強さに満ちた目でそう言ってのけた。
彼なりに根拠はあったのかもしれない。彼の努力と人柄により、衝突と和解を繰り返しよい形に収まって行く。とても自然でとても当たり前の姿。彼はきっと、恵まれすぎたのだ。

いつしか自分は、彼の前ではよく笑うようになっていた。
俺達は友達だと、笑顔で頷き合った次の日に、
彼は帰らぬ人となってしまったのだ。

ああ、ごめんなさい、私が思い上がったばっかりに。
私なんかと関わらなければ、あなたは死なずに済んだのに。
いいえ、違う、私が悪いんだ。
私が彼以外のものに興味を示したからいけないんだ。

私を救うのも、殺すのも、
全て貴方の手の中にあるんですよ、レグルス。

返した相槌は、禁じらていた事に対してか
それともその理由に対してのことなのか。

「そういう表情もするんですね」
意外、と評するカカに”いつもの”笑みで苦笑を返す

この間を評するのならば、間違いなく『豹変』という言葉しかないだろう。
そう確信させる様なゾッとする、暗い、凶暴な笑みを垣間見た。

ぶわ、と膨れた羽根をみて少し笑みをこぼす。
羽根をふくらませる代わりに、上機嫌に喉を転がして応じた。

竜は身体を横たえて肢を投げだした。
弛緩しきった様子を見せて、もう垣根がないことを訴えているように。

酔狂という点ではカカ殿も似たようなものかな、と継ぎながら少し底意地が悪そうにまた笑う。

呟いて、天井と壁を少し鑑み、長い息を落とした。

くすりと小さく笑って。

少しわざとらしくコンニチワと言うカカをじーっと見ていたかと思うと

何故かカカを睨んでいるレグルスを見て不思議そうに首を傾げる。

じゃ、またな。と１人と１匹へ片手を上げるとひらりとその身を返した。

小さく、隣の人に聞えるかどうか、といったそんな声。
震える手をぎゅ、と握り締めれば獲物を構え。
不安げな表情を無理やり内へと押し込めれば、顔を上げた。

刃を構えるのをやめれば、はああ、と深く息を吐いた。
自分が無事なことに、仲間にも致命傷がないことに心底安堵をする。

倒れた相手に近寄れば、傷の度合いを知るために声をかけようとして——
問いかけは、途中で止めた。

ふるり。首を横に振る。
そのまま、結局何も言わずにその場を去った。

不安げな表情で、しばらくは意味不明な言葉を呟いたりしていたが。
ようやく相手に向き直れば、喋りなれない、かのような片言の言葉と共に、深々と頭を下げた。

コインが弾き上げられた。