ミハイユ・ガウは男に飢えていた。

淫魔にとってのそれは、ただの性欲とは違う。
飢えという言葉通り、まさにそれは飢餓感に近いものだ。
募れば脳は生命の危機すら訴える。

彼女は夜になると、暗い路地裏に立つようになっていた。
靄がかった頭で、口にするのも憚られるような欲求を男性にねだる。
そんな痴態を続け、当然の如く彼女の存在は周囲に知れ渡る事になった。

……後手に回った彼女は、少しばかり飢え過ぎた。
必死すぎる態度といい、虚ろな瞳といい、その姿は心身に異常をきたした人間のそれで。
彼女は、余裕を繕えなかった。当然、周囲も引く。
そして彼女もそれを自覚していた。

虚しく立ち尽くす淫魔。通り過ぎる侮蔑の眼差し。
少し距離を置いて、彼女の事を取り巻くように何人もの好奇の目もあった。

青年達がこちらを見て、話をしているのが見える。
話の内容までは聞き取れないが、時折下卑た笑い声が聴こえた。

彼らは何もわかっていない。この状況に危機感を抱いていないのだ。
柵もない場所で、腹を空かせた虎の前で生肉をぶらさげて、虎の反応を見て楽しめるのか？
自身の肉体が、飢えた獣にとって、どんな料理に勝るとも知らずに。
彼らがいま無事でいられるのは、私が鋼のような自制心で、襲っちゃだめだと自分に必死に言い聞かせているからなのに。
自分を嘲笑う輩の安全を、身を切るような気持ちで案じているからなのに。

雑念を振り払うように、ミハイユが心頭滅却していると、気付ば青年達は更に近づいていた。
目が合うと、何がおかしいのか彼らはゲラゲラと笑い出した。

首元にナイフをつきつけられて、路地裏まで無理矢理連行された。
周囲の傍観者も、その光景を誰一人止めようとしない。

大した輩じゃない。一揆に参加するほどの気概もない。
他人の財産を食いつぶすだけの、ろくでもないチンピラだろう。

——ミハイユ・ガウは、決して生粋の淫魔ではなかった。
人間との混血児である彼女は、淫魔としての覚醒は人よりも遅く、
ただの人間の女子として暮らせていた頃もあった。
彼女の元の性格は、人見知りで男性が苦手。
むしろ世間一般からは清純と呼ばれてもおかしくない、そんな人柄であった。

ゆえに彼女の現状はすべて体質に依存するもので、そこに彼女本人の希望は介在してはいなかった。
けれど、一つだけ、ただ一つだけ。
——刃物を向けられたり、危機に晒されたりすると、異常に昂ってしまう性癖だけは。
彼女が生まれながらに持っていた、彼女自身の素質と言えるだろう。

彼女の中で抑えられていた何かは、そこで、ぷつりと切れた。

なんて言いながら頭を撫でようとしたり。

なかなか変態だった。

さっきまでイグニに燃やされてたかと思いきや、すでに傷が癒えている…。

赤鬼の攻撃は確実に幼い魔女を死に至らしめるものだった。にも拘らず、魔女は倒れなかった。

動揺した赤鬼は、休まる事の無い魔女の攻撃に反応できず、肩に一撃を食らう。

周りも気にせず服を脱ぎ始めた少女を慌てて物陰に連れ込みました。