列車に揺られながら一駅を移動する。ホームに下りて、煙を吐き出しながら去っていく列車を目で追いつつ、私は背後を確認したい気持ちを押さえ込む。
　人波と歩調を合わせて歩くがいつもより遅いように感じる、走り出したくなるのを我慢しながら歩いていると、イリスが自然に体を押してくれて少しだけ安心することができた。
　駅から出ると、左、まっすぐ、右の三つある大きな道が見えてきた、特に相談もないけど右を選ぶ。
　幸いなことに道は整備されていて、革靴でも普通に歩けた。道を挟むように商店が並び、どこか生気のない目を外に向けている店員の姿が目に入った。
　駅の中では多く見られた人々も段々と少なくなっていき、歩きやすくはなったが、一歩一歩にかかる緊張感は高まるばかりで、自然に歩けているか自己点検をする余裕はなかった。
「……ちょっと考えたんだけどね」
　彼女が小声で私の背中に声を掛ける、振り向けないので軽く頷くようにして話の先を促す。
「後をつけて来ている人の正体。三つぐらいね。まずはあんまり問題ないやつ……革命軍のスカウト」
　革命軍。この世界の現状に我慢がいかなくなったこちら側、つまり施術を受けても支配下におかれなかった者達、その中でも積極的に世界と戦おうとする人々。
　彼らはルールを壊し、世界を正常に戻すという理念で動いている。だけれど十分な規模を有しているとは言えず、人材確保に余念がない。
　確かに彼らならばあまり問題にはならない、でも
「これは薄い。こういうのもなんだけれど、そっちのほうに私は有名人だし、姿を隠し続ける意味がない」
　イリスは【図書館】の一人。積極的にかどうかはわからないけれど、彼らとの関わりもあるはずだ。だからこの線はない。
　私は緊張を解かないように歩き続ける、残るは二つ。
「次、最悪のやつ……上のほうの関係」
　心底嫌そうに言う。上のほう、国民を管理している彼らのことをこれまでも彼女は何度かそう呼んでいた。
　これは彼女が言うとおり最悪で彼らは管理下に置けない者を探している、捕まえて再度施術を行うのか、処分するのかその先はわからないけれど、目をつけられたなら人気のないところで斃すしかない、もちろん斃せる保障なんてないけれど。
　当然ながら剣を持ってきてはいない、何か変わりになるものを見つけなければならないと私は体が緊張で固くなるのを感じる。
「でも、これも無い」だから彼女の言葉は少し安心できた、何か理由があるのだろうか。
「彼らは子供を信用していない、この世界の階級の一番下は子供。大人の言うことを聞き、大人に忠実に生きる。自分から動こうとすることは無い、またそれを許されてもいない。そういう設定になっている、だから彼らは子供を無いもの同然に扱っている。時が子供を大人に変えて、社会に貢献することが彼らが子供に抱く興味のすべてだ」
　だから彼らは子供を追ったりしない。彼女はそう結ぶ。
　じゃあ残りの一つは、おのずと知れる。私の空気が弛緩したのを読み取ったのか、彼女は少しだけ軽い声で言う。
「命令に従っただけのおせっかいな大人だ」



　それは大人全員に共通することらしかった、層を成して上が下を管理する社会で末端に行くにつれ、その力が弱まる。
　だから大人には子供を管理する命令が与えられる。子供に大人へと逆らうことが悪であるという意識を持たせるのと同様に、悪しき子供を裁く意識を大人たちは持たされている。
　私を見つけて追ってきたのは咎めるためだろうが、その間にイリスが入った。基本的に大人の指導は【誰か】が行うものであり、イリスが私に関わるという態度を示すだけで、目的は果たされたと感じるらしい、見ていいよ、といわれ振り向いても誰もいなかった。
　安堵に胸をなでおろす私だったけど、すぐにイリスの様子が変なことに気づいた。顔から読み取れるのは……謝意、だろうか。
「……イリス？」
「ん……やっぱり苦手だなぁ、こういうの、別にたいしたことじゃないと思うんだけれどね」
　よくわからないことを言う、だが何を言っているのだろうと考えたところで、私は彼女が嘘をついているとわかった。
　一体何が嘘か、それは尾行されていたことだろう、何故そんな嘘をついたのか、それは私と二人きりになるためだ、何故そうする必要があったのか、それはそうしないと……
　はっと私は彼女の目を見る、おかしい。今私の頭に浮かんだのは、彼女が嘘をついた理由の答えだ。それは間違いじゃないと直感が告げている、あらかじめ知っていることを間違いだと感じないように。
　問題は何故私が理由を知っているのかということだ。自慢ではないが、私は推理が苦手だ、頭も良くは無い。じゃあ何故確実に正解と思えるような答えを浮かべてこれたのか。
「大勢のいる場所では刺激が強すぎる」
　イリスは私が頭の中に浮かべた答えを口にする。読み取られたわけが無い、私は思いついてからまだ一言も喋っていない。
「悪気があったわけじゃない、先生がそれに気づいてから、私たちには慎重な行動が求められた。その魔法は便利であると同時に危険も孕む」
「その危険は……自分の知識と他の知識の混同。それに伴う精神への外傷……」
　自分の口がそう喋る。彼女は頷く、これは彼女の知識なのか。
「セクハラなんて言葉フィーナが知っているのはおかしいんだ。何せ私たちも最近本で知ったばかりだからね。それが理由。心を読むのに似ているけれど、それとはまた別の名で呼ばれる魔法」
「知識繋ぎ、と呼ばれているのですか」
「そうだよ。興味や好奇心から相手の知識を検索し、見つかればさも自分の知識のように湧き出る魔法、危ないのも勿論だけれど」
　だけれど？　私は言葉の続きを直ぐに知る。喋るよりこの魔法は早いらしい。
「師匠の問題」
「そう、勿論知ろうとする権利はフィーナにある、でも知られたくないと思う権利をクリスは持ってるんだ」
　彼女は私を真直ぐに見つめて言う。揺れない瞳が私をとらえて離さなかった。

　星屑の小川は蛇行する場所すらも少なく、ほぼまっすぐに始まりから終わりまでを構成している。
　だが今人魚ちゃんがいる場所のように、水棲生物達が集まることを目的に作られた湖のような場所がいくつかあった。
　あまり広いとはいえない場所にいまは十人程が集まり、円を作るようにしている、椅子や何かは見当たらないが、彼らにとっては水がその代わりとなるのだろう。
　集まりに出席しているのはエンブリオとしての契約をしたものが多かったが、もちろん例外もいる。ここでは主に一揆の進行について語られ、危険な参加者の情報などが行きかっていた。
　とはいえ一揆が起こっていなかったころは暇つぶしがメインになっていたことがあり、今でもその流れを汲んで各パーティでの愚痴やら、噂話やらで盛り上がることもあった。
　その中でも一番盛り上がっているのが、これから始まる【妄想報告会】であった。
　ろくでもない名前のこの会は、その名前に負けず劣らずろくでもなく、それぞれの近況から見えていない部分を妄想で補い、面白おかしく話そうという体のものだ。
　始まりはいつ頃だったのか彼女自身も知らないが、セイレーンとカッパの恋愛の噂から発展したとか、赤くなりっぱなしのブラックタイガーの話から発展しただとか諸説ある。とはいえどれも証拠といえるものは無く、またそれを気にする彼女等でもなかった。
　最近発表された話では、男女のパーティで修羅場が訪れている（のではないか）とか水辺にいる物憂げな人物がたくらむ悪事（妄想）などなど。物事の一部分から想像力を膨らませた結果、どこに行くのかわからなくなった話もある。
　彼女も多分にもれず発表している、これまでに発表したものは【カッパッパ禁断のキュウリ】【背徳の風紀委員】【セイレーン夜のうたごえ】など、わりと人気があったが、水辺の生物を扱うものばかりだった、現在はパーティに所属していることもあって、それに即したものになっている。

　それが良かったのか悪かったのかはさておき。
　
　
　

　演技がかった挨拶をして咳払いを一つ、堂々と、朗々と、話を始める。

　おわり、と小さく言って彼女は着席（着水）する。ざわめきが広がっているので悪くはなさそうだった。それを盗み見てほっと安堵する。
　この会合は八割ぐらいが趣味なのだが、実は少しだけ実益を兼ねている。
　いつ頃導入されたのかはわからないが、面白い話にはチップ代わりにわずかながらＰＳが与えられることもある。
　戦闘で彼女を支えることが難しいのは最近わかった。ならばせめて他の部分を全力で行う。
　彼女はせめての手助けをと願う。それが彼女のなりのこの一揆への関わり方なのだろう。
　
Q.帝王イカを見てどう思いましたか？
Ａ.

……きっと。



　通された部屋は彼女の私室のようだった。大人が三人いると流石に狭いが、僕達を見られることを嫌ったのだろう。
　彼女の素性については聞いた以上のことは知らない、以前は同士だったというが、現在はこの場所にて農業と剣術を教えていると聞く。
「昔の縁があるとはいえ、時間を作ってもらえるとは思わなかった、この点は非常に感謝しているよ。このまま良い返事を聞けるともっといいんだけれどね」
「……私の意志は決まっているよ、私は関わらない。時間を作ったのもこれをはっきりさせたかったから」
　リーダーが言った言葉に返ってきた返事は辛辣だった。取り付く島もなさそうだが、それでも彼は説得を続ける。
「まぁまぁ、俺達の状況が芳しくないのは知っているはずだ、以前と同じようにね、それを少しぐらい手助けするというのは人情に入らないだろうか」
「一つ、以前のように前に出る気は無い。二つ、この場所を何かに使うことも許可できない、つまり私は何も出来ない。なら他を当たるほうが正解よ」
「一つ目は、あれだろう、君の考えを変えればいいんだろう？　こういうことはあまり言いたくないが、君には力がある。それを使わないのは怠慢ではないだろうか」
「そう呼んでもらっても構わないわ」
　彼女はぴしゃりといって、立ち上がる、そのまま僕達を見下ろして、お茶も出せずに悪かったわね。といって消えてしまった。
　リーダーの横顔を伺うと、笑みを顔に貼り付けている。
　一応準備した紐も使わずじまい、僕らは何の収穫もないままにその場を後にする。
　クリスとはこのときが初対面だった。次の時はあの場所。

→人狩りのこと

あっけらかんとした様子でそう答え。

人狩り共に対する認識は害悪で固まっているようでもあるが、憎しで間違った行動を取らないようきちんと自分を制御できてもいるようだ……。

不機嫌そうにシェイミーから視線を外した。

名前を聞くや呼び捨てで名を呼ぶ。ややなれなれしいというか人懐こい印象を与えるだろうか。

問われれば、苦笑いを浮かべて曖昧に述べるに留めて。

こちらへ来た事情を聞けば驚いて、眉をひそめ。

　職業のように名乗られたそれを、不思議そうに問うてみる。

　『保護者みたい』とシェイミ—が笑うのには、くすりと笑って返した。

大した怪我も無い様子にほっとしつつ、エンブリオと仲が良い様子に微笑ましく思ったりしつつ…

黄色い光を纏った少女、そしてフィーナさんに苦笑しつつ返し…。
…少し真面目な顔に変わって続けます。

小さな笑顔と共に右手を差し出しました。

なにかを想像しているようだ。

つんつんあたまの高校生が出てきたらしい。

＞アエレアは小首を傾げながらもあなたの言葉に聞き入っている。
　それは何事かの疑問を抱いている風でもなく、ただそうする事が話を聞く姿勢なのだと
　誤った認識しているかのようだ。あなたの言葉が途切れた後
　一呼吸だけを置いて、アエレアは流暢に言葉を述べ始めた。

＞どうやらあなたの疑問に対し、アエレアは自覚が無いようだ。
　それどころか、徐々に、僅かに。言葉が流暢になっているようにも、感じられるだろう。

ぐいとぶっきらぼうに作った剣を差し出す。