けたたましい雨音の中、足下の水たまりを蹴り立てる。

　手にまだ双葉も芽吹いていない鉢植えを抱え、ゼゼは激しい雨と風の中を走っていた。

　手入れをしていた花に一滴の雨粒が伝うのを見た直後。それが大雨に変化するのに三分もかからなかったろう。

　竹林の集落へ降り注いだ。
　加え、殴りつけるような猛風のおまけ付きだ。走る視界の横では、風に煽られた竹林が大きくしなっている。

　安定した気候と油断していた。まさかこの様な嵐が来るとは。
　しかもまだまだ勢いは衰えそうにない。

　併走するカッパのエンブリオの名を呼ぶと、

　コリトと呼ばれたエンブリオは短く答える。その手にはやはり小さな鉢植えがある。

　外に出していた最後の鉢だ。急な嵐から実験用の花を守るために始めた緊急運搬もこれで終わる。

　そしてトカゲとカッパは、逃げる様に竹林の屋敷へと駆け込んだ。


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　屋敷に戻ってすぐ。バリオがいつもの調子でゼゼとコリトを出迎え、持ってきた手拭いを手渡す。

　ゼゼとコリトがそとから鉢を運んでいる間、バリオには運んできた鉢を、ゼゼの部屋に運ぶ役を与えていた。海で防水が確認できたが、屋敷内を昇降しながらの運搬はバリオ向きの仕事と判断した。

　それに水場の仕事ならば、コリトの方が適任と言えた。

　言ってバリオはコリトにも手拭いを渡そうとする。が、ふと伸ばしかけた鉄の手が止まる。

　首を傾げ問うバリオにコリトは小さく首を振った。

　どこか縋るようにゼゼを見上げるコリトの仕草が問う。「これで良いのでしょうか？」

「あきらめろ」その一言を込めて、目を伏せるて首を横に振ると、コリトはうなだれるように首を引くのだった。

　お手伝いしやす、とバリオが名乗りを上げると、

　コリトもまた一歩前に出る。

　だがゼゼは首を縦には振らなかった

　じゃあな。と言うと、ゼゼはエンブリオたちに背を向け、鉢植えが詰まっているだろう自室へと歩いていった。
　
　その背中を見送ったコリトはバリオに言った。

　おや、とコリトはバリオの方を向く。まだまだ短い付き合いではあるが、バリオの言葉を意外と思った。

　あの日、攻城が終わった後。ゼゼはバリオに花の世話を託してふらりとどこかに消えてしまった。そして集落に戻ってきたのは日暮れも通り越して、空に星が満ちる時間になってようやく、くたくたになって帰ってきた。

　得心がいった。という風にコリトは頷いた。
　前回の戦闘での立ち回り。それは確かに褒められたものではなかった。
　それに思うことがあるのは何も不自然な事ではないだろう。

　星屑の小川のセイウチは平和を乱す者と罵られた。
　護の森のユニコーンには、邪険も露わに即刻立ち去れと告げられた。

　一方的に、こちらが悪であると決め付けてなければこんな言葉をぶつけられたりはしないだろう。

　ゼゼの故郷の状況は、彼の口から何度も聞かされていた。
　ネクターとエンブリオを奪われ、荒野となった大地の話を。
　そんな故郷を救うための戦いが悪だというなら、新王にはどんな正義があるというのか。

　やっぱり、おやびんも気にしてたんでやんすね。

　自分の戦いが正しいのか。王の目的とするものは何か。

　それを推し量るには、バリオもコリトも、そしてゼゼも。
　未だに、何も知らないのだ。

　すっかり構えをといている。

オドと言われるた竜のようなモノはコクリと頷く。

参考にならなくてごめんなさい、と言ってから

記憶に記載された寒さと証言から想像力を働かせて

故郷のことを聞かれ、少し目を瞑ってから

植物を増やそうにもあれでは自生どころか管理も出来ぬ。
温暖な気候たるこの土地だからこそ多種多様の植物を咲かせられるというに。

そう言って笑顔を作る。

第一印象。子供のような反応だ、と思った。しかし珍しい事と有らば飛びつき研究したくなるのが学者というサガらしい。

いやというわけではないものの、反応が"飽きてしまった"とでも言いたげな、すぐ飽きてしまうと…やはり子供のような反応。
それから質問。難しそうな顔をした彼にも事情はあろう。詮索はしない。問われた事に回答を与えるだけ。
まだ『その時』ではない。

そう言って彼女は牡丹に次いで、服の隙間からネクターを取り出す。赤々しい花弁が輝くように、ガラスのような艶めかしさある1輪の花をゼゼへと寄せる。
それはまごうことなきネクターそのものだった。

屁理屈が多い哺乳類である。

挙句子どもの方を煽るものだから余計に始末が悪い。
更に、

本人もアレな反応をするので余計に質が悪かった……

納得した様子でそう呟く青年は、同じく溜息をつく相手に苦笑してみせた。

気苦労云々の言には、一度ぴくりと動きを止める。
かと思えば、周囲をちろちろと自分たち以外の気配がないことを確認したあとで頷いた。
それはもう、重い溜息とともに。

こんな物騒な場所では愚痴を聞いてくれる相手は貴重である。
お言葉に甘えてしばし青年は愚痴らせてもらった。
内容からは一緒に行動している面々に対しての気苦労が多いことが窺えるだろう。
最も、「ハーレムPTなんだから文句言うなよ」とのツッコミを受けそうな部分も多いのだが。



更にしばし後の事。
問いへの答えに態度を改める様子に慌てた風に口を開く青年。

どこか罰が悪そうに苦笑しつつ頬をなどを掻いてみせる。

そんな事をぼやきつつ、名乗りにはこちらも名乗りを返す。

それにしても、と青年は続けた。

しばらく宙に目をさまよわせて考えている。