セフィラータにおいて人間がちやほやされることに俺だって別に疑問に思う時がある。
　歪みを祓えるのが人間だけだとか、種族の絶対数が少ないからとか、胡散臭い人間信仰だとか色んな事情が絡み合っているというのはよく知っている。
　でも、この世界に神様及びそれに類する存在がいるとしてどうして人間と他種族をこんな世界に一緒くたにしたんだろうな。
　親しい相手を得られても大抵自分の生きられる時間とズレがあるんだ。人間と他の種族との寿命の差が、正直俺は憎いよ。

***

　カルーセル地区にあるアパートの一室は調査官用に貸し出された部屋で、ヘッセこと俺の現在の住まいだ。とはいえ、ここにはあまり帰ってくることが無い。大抵仕事や、あるいは趣味の旅で外で過ごすことのほうが多いからだ。
　久々に帰ってきて扉を開くと、室内がちょっと埃っぽい気がした。とりあえず換気が必要だと部屋の中へと進む。ただいま、と一応言っておくが返事はない。当然か。
　備え付けられていた家具と、幾らかの趣味の雑貨やら楽器やら、音楽媒体やら何やらがそこそこ置かれたごく一般的な室内。通りに面した方の窓を全開にしてとりあえず新鮮な空気を入れる。いい夜だった。
　そういや、アルファの工房は物を置き過ぎでもっとごちゃごちゃしてたっけなとふいに思い出す。逆にキルケの部屋は必要最低限のものしか無くて、正直味気なくわびしい部屋だったと思う。部屋は結構人柄を映すものなんだなとかどうでもいいことを外を眺めながら考えた。
　とりあえず風呂でも入ろうかと上着を脱いだところで端末に連絡が入る。こんな時間に誰だろうと通知を見ると掛けてきた相手は義母だった。急用かと思って慌てて出てみる。簡易画面に栗色の髪をした若いエルフの女性が映った。
「あい、もしもーし……」
「やっと繋がった！ヘッセ！ちょっと、何ヶ月も連絡よこさないであなたったら！」
　不機嫌そうな表情の義母シルヴィア。回線越しに何故か怒鳴られるのでちょっと端末を離して応対する。なんか連絡をしなきゃいけないことってあったっけな……？
「え、俺連絡しなきゃいけないことがあったっけ？覚えてないんだけど」
「いーえ、特には無いですー！でもこの間、たまには連絡の一つもよこして頂戴ってお願いしたばかりなのに
　あなたときたら母さんが心配しているのも分かってないようで……もうもう！お母さん悲しい！」
　形の良い眉を寄せ、両手でおいおいと泣く顔を覆う仕草をするが勿論嘘泣きだろう。別に用事がなければ連絡なんてしなくてもいいじゃないかと思っている俺としてはそういう母の言い分や気持ちがよくわからない。困って頬をかくばかりだ。
　現在俺の義理の両親は剣の国で宿屋をやっている、立派な都市エルフだ。（かつてはエルフという種族は都市の外、荒野がまだ荒野でなかった頃に森に住んでいたとか。今じゃ信じられないことだけれど）
　発掘された人間は幼少期の頃なら大抵資格を得た第三者に引き取られて育てられる。その制度のおかげで偶々俺の両親役になったのがエルフの夫婦だったというわけだ。本当の親では勿論無い。無いけれど仲が特別悪いとかそういうわけでもない。むしろ仲は良いほうだと思う。ただ、連絡をマメにするのは面倒臭かったり忘れたりしてしまうというだけで他意はない。
「あー……うん、悪い。忘れてた。でもほら忙しくって中々なぁ……」
　どう相手に伝えればいいか考えあぐねていると、母が泣き真似に飽きたのかケロッとした顔で画面越しに笑った。
「今日連絡がついたから、いいんだけれど！それはそうとそっちはどう？不自由はしていない？」
　母がこちらを気遣ってくれて何かしら様子を知りたがるのは知っている。知っているだけで、特に言葉には出来ないけれど。
「いやもう基礎の国にきて結構経ってるから不自由はないって」
「変わったこともない？ご飯足りなかったら何か送るからね」
「問題ないからいいよ」
　そっけない返事ばかりすると母があからさまなため息を吐いた。
「そうよねー男の子って独り立ちすると全然親のこと頼ってくれなくなるものだって何かで聞いたことあるし
　ヘッセもそういう時期だから仕方ないのよねー……。分かってはいるけれど寂しいなって思っちゃって。
　たまにはこっちにも帰ってきてね。何ならお友達連れて来なさいな、ほら補佐官でお世話になってるっていうあの小さな子とか、猫人みたいな人間の子とか」
「んー、あいつらもあいつらで色々あるみたいだからどうかなー。
　猫っぽい奴の方は今ちょっと居ないし、旅立ってるというかなんというか」
　詳しいことを話すわけにもいかず言葉を濁すと、さして気になる様子も見せずに、あら、そうなの！残念とだけ驚いたような顔で母が言った。それから画面外の誰かに向けてしきりに手招きする。誰かを呼んでいるようだが相手がそれに応えない。ついに痺れを切らした母がその相手の腕をひっつかんで画面に映し出し、受話器を押し付けた。
　赤毛と砂色の肌、長身痩躯のエルフが義父・ロドニーその人だった。
「ほら、ロドニーからも何か言ってやって！折角私が繋いだんだから」
　父の背中を軽くせっつくように押す母と迷惑そうなのか困っているのか判らない曖昧な表情で受話器を受け取った父の姿が画面に映る。どっちも変わってないな、と思った。そうだな、長命種族たるエルフなんだから早々変わるわけ無いよな。
「……元気か」
　ぼそりと、重く静かな声で父が短く話しかける。何を話せばいいのか迷っているんだろうなと会話越しに察した。
「元気だよ、そっちも変わりなさそうで安心した」
「そうか」
　相手の顔に薄い微笑が浮かんだっきり、それで俺と父の親子らしい会話が途切れた。母の好き勝手喋る姿勢も嫌いじゃないが、正直話し相手としては父のほうが気楽だった。言葉が多くはない代わりに言いたいことはきちんと聞いてくれる人だったからだ。
　しばらく何の言葉もお互いから出ないので、また受話器を母が奪う。
「あなた達それだけなの？！もうちょっと何かないの？！」
「何を話せばいいんだ」
「いつこっちに戻ってくるか！とか恋人できたか？！とかかしら」
「……恋人はできたか」
　律儀に聞いてくるのはいいけれど、それは本当に知りたかったことなんだろうかと思わずに居られない父の質問に半分茶化しながら答えた。
「ないない、当分そういうのはいいや」
「そうか」
　一つ満足気に頷くと受話器を母に返した父がまた画面の外へと去っていった。自分の仕事は果たしたと言いたげな雰囲気だった。受けとた母がまたムスっとしたかと思うと更に突っ込んで聞く。
「本当にいないの？気になるお相手」
「いないよ、というかどうでもいいだろこれ。なんで聞くの」
「でもヘッセの年頃で気になる相手が居ないと逆にちょっとお母さん心配よ？」
「余計なお世話だって」
　苦笑しながら何となくやり過ごして、適当に相槌を打ち、適当に返事をする。気のない返事。それから母の気が済むまで彼女の質問攻めと他愛のない会話をずっと続けた。

***

　会話の最中ずっと感じていたのはやっぱり相手の変わらなさだけだった。変わらないものが残っているのはいいこともある。常に帰れる場所があるというのも悪くはない。だけれどもずっとそこに居られるわけじゃない。
　きっと両親は俺が寿命や事故で死んだ後も生き続けるわけで、例えば一時悲しんでくれたりするだろうけども、その内俺のことなんか忘れて新しい家族なんか迎え入れたりするんじゃないだろうか。彼ら長命種族の一生は長すぎる。俺の生きた時間なんて相手にしてみれば一瞬かもしれない。
　そう考えると、どうも家には帰りづらかった。多分本当は、短い間でも一緒に過ごせる時間を大事にするのが正しいとされるのだろう。とことん選択の悪さに己は馬鹿だなぁと思った。

　ユキナ達ワードッグはその逆で、彼らの一生はとても短いそうだ。その内、その一生の長さ短さについてちょっと話を聞きたくなった。

コロの盾にならないと宣言したミルをびっくりした目で見る。

言いながらユキナの後ろに隠れたり周りを回って逃げまわっている。

星屑の小川に面した道を全力疾走で少女が走ってきました。

少し疲れた様子ですが、アルファさんを見つめたまま、話を続けます

そういってから、少し考え、慌てた様子で

紗智は慌てる少年を落ち着かせるように否定する。