※E-No.1196コトカさんからのメッセのあとにお読みください




　「……はい」

　かろうじて、返事を返す。届いたかは、わからない。
　離れていく、小さな背中を見送る。それしか出来ないし、きっと——今は、してはいけない、と思った。
　突き刺さった言葉は、深々と心を抉る。この痛みの意味を理解するまでは。
　彼女を追うことなんて、出来るわけがなかった。


　***


　彼女の姿が見えなくなってから、どれくらい経っただろう。
　どこへも行けず、一歩も動けないままだった。溜め息をつきかけて、口を閉ざす。
　目を伏せれば、先ほどの言葉が否が応にも、繰り返された。


　『私は、そうやって自分に自信が無くて、自分を蔑んで、うじうじしてるの、嫌いよ』

　『もっと、自信を持てば良いじゃない』

　『……だって、私、知ってるわ。あなたは、ちゃんと戦える。
　たとえ心の中では怖がっていても、自分を奮い立たせて、真っ直ぐ敵に向かっていくじゃない』

　『……それじゃ、駄目なの？
　それでも、あなたは情けないの？
　戦うことが怖いのは、いけないことなの？』


　決して、長い付き合いじゃない。一揆がなければ、きっと一生、会いもしなかっただろう。
　今の関係を表すとしても、一揆に参加した者同士、ただの『同行者』というだけで。
　けれど、あの時。彼女が口にした言葉に、確かに、心が痛む。
　ずっと、情けない、そう思い続けてきた。
　普通の精神状態では戦うこともままならない。わざと大仰に振舞って、がむしゃらに武器を振るうことで恐怖から目をそらさなければ、戦えない自分が、情けなくて。自分がそう振舞うことで、自分ひとりではなく、周りにいる人々まで奇異の視線に晒されることが、とても申し訳なくて。けれど、結局一人では立てなくて。頼ってしまって。それではいけないと、思っていて。他人に迷惑をかけているのだから、早くどうにかしなくてはと、そればかり、考えていて。
　
　彼女が言ったことなど、思ったことも、無くて。

　

　——彼女、は。

　とてもしっかりしていて、周りに気を使える人、だと思う。人に対する礼儀もわきまえている。積極的というわけではなくても、しっかり言うことは言っているように思えた。
　エンブリオであるウルヘアさんとの関係も、とても良好に見える。言葉を交わす事は無くても、通じ合っている、というか、信頼関係が目に見える、というべきだろうか。
　あと、命を受けて、とはいえ、たった一人で、一揆に参加したことを思えば、勇気もある。
　それと、暑さは苦手そうだとか。森に行ったときは気分が良さそうだったとか。
　それから。それから。
　……こうして、改めて考えてみれば、彼女について知っていることなど、とても少なかった。それだけ、ちゃんと言葉を交わしたことがなかったのだ。考えも思いも、何も伝えていなかった、だから、これしか。
　それでも、彼女は。ずっと、彼女なりにフォローしてくれていて。

　——そんな彼女に、自分は、何か一つでも、出来ていたのだろうか。

　そう考えて、首を振る。

　「……、ないな」

　むしろ、ここまで何も言わずにいてくれたのが不思議なくらいで。思うことだって、たくさんあっただろうに。
　なんとも、情けない。これこそ、情けないのではないだろうか。
　他人を力一杯叩いた手は、その分、後からひどく痛む。仮に、あの言葉を衝動的に口にしたのだとしても、その鋭さに気付かないわけがないと思う。聡い人だと、思うから。
　なぜ、そんなことを彼女に言わせてしまったのだろう。なぜ、先に気付けなかったんだろう。なんて、どうしようもない思いばかりが、ぐるぐると巡る。

　「……っ」

　知らず握りしめた拳。強い力に、伸びた爪が手のひらへ食い込んで、痛みが走る。
　けれど、与えられた痛みと比べれば、あまりに、ちっぽけで。

　——どれくらい経ったのだろう。
　
　彼女は、休憩しよう、と言った。
　そろそろ、行かなくてはならない、はずだ。今は進攻の最中、先に進まないわけにはいかない。
　けれど、でも。この気持ちの整理など、つきそうにもなくて。
　どう声を掛ければいい？　いや、そもそも、どんな風に顔を合わせて、何を言えばいい？
　顔を上げて、彼女が去っていった方を見る。どうしているだろう。何を思っているのだろう。

　今の自分には、なにひとつ、分からなかった。分かる、はずもなかった。

ゆっくりと噛み締めるようにつぶやき、ほんの一瞬目をふせました。

理想を聞いて、そうか。と短くいい、微笑みながら

疑問に対しては、頷きながら頭をかいて。

肩をすくめていいました。

そこで呆けたような顔になり

苦笑しつつ頭を下げました

この世界に関する知識の無さ、だった。 種族名を聞いても、どうもピンと来ない。
それでも、どうやら猫ではないらしいと教えてくれたのなら、思わず、あっ、と。

一人ではない。
だから、心細くはないのだと言うように。
迷い込んだと言ったわけではないのに、そう察してくれた彼に少しだけ驚いた。
彼を見上げた後、エンブリオだという彼が言うことには。

その意味も分からず、首を傾いで。

　一揆が始まって、彼の戦う姿を一番近くで見て来たのは、自分だ。何せ、協力しているのだから。
　だからこそ、必要以上とも思えるほどに自分を卑下する彼が、許せなかった。
　目を伏せる。フードが彼女の表情を隠す。

　くるりと踵を返す。

　背を向けたまま、そう言う。
　もちろん、戸惑ったりすることはあった。
　しかし彼が重々しく、どこか辛そうに言い、思う『迷惑』を、自分が受けたとは——思えない。

　背を向けてそう言い、歩いて行った。

もう一度篭手を付け直すと、女はおもむろに立ち上がる。左手には薬の入った袋。右手は動きを確認するように数回握って開いてを繰り返した。

にやりと笑みを浮かべ、懐に手を入れる。

差し出したのはいくつかの魔力を含んだ石。この世界で通貨として扱われるものだ。その数は薬に見合うか怪しいところだ。

軽く右手を上げながら、側まで寄ってく。

温和そうな青年と気の強そうな子狐を見比べている。

息をついて、

　携えた杖を構える。
　括りつけられたいくつかの結晶が、きらりと輝いた。