朝露の匂いと高い木々から差す薄い木漏れ日、そして肌寒さで意識が覚醒する。
あのあと無事ユニコーンと契約することが出来た二人は、結局日が落ちる前に逸れた仲間と合流することが出来ず護りの森で一夜を過ごすことになった。
一緒に迷子になっているレアも、彼の外套を毛布代わりにして隣で寝息を立てている。

寝ている少女を起こさないよう身体を動かしながら思考を走らせる。これは冒険者になってから身に付いた習慣だ。
そうすることで、意識と共に覚醒した脳を活性化させる。生死を左右する一瞬の判断が常に求められる“常在戦場”である冒険者とって、思考速度の速さは必要な技能だろう。

逸れた仲間の行動予測、向かうべき場所——次々と浮かんでくる議題に簡単な結論を出し処理していく——そして先程の夢。

今の自分として目覚めてからずっと視続けてきた、一人の男の夢。
あの夢が以前の自分と関係のある——以前の自分の記憶から構築されたものである。それは確信している。
夢と割り切るには無理があるであろう頻度と“彼”の姿から感じる由縁が、理屈でなく本能でその確信を告げている。

では何故自分にはその記憶がないのか。フェイカーである、自分に。
そこで結局いつもと同じ袋小路へと陥る。夢のことも体質のことも、わからないことが多すぎるのだ。考えても推測の域から出ることもなく、また“彼”のことも探していたが、手がかりの少なさにいつの間にかやめていた。

それに夢自体、この二年間で何度も視たのだ。今更新しい情報を得られる訳でもない。——そもそも自分が、記憶を失くす前の自分を求めていないのだし。
だから考えない。それがこの夢へ対する今のところの結論だった。

まだ起きてから十数分しか経っていないものの、既に森からは生き物の気配が感じられる。
朝は時間の流れが早い。出来ることなら、原生動物が活発になる前に森を抜けたいところだ。
しかし件の少女からはいっこうに起きてくる気配が感じられない。一揆に参加しているとはいえ、まだ年端もいかない女の子なのだ。きっと疲れが溜まっているのだろう。

口に手を添えて、彼女の形のいい耳に。
誠に不本意ながらたたき起こすことにしよう———！！

だぞー！だぞー！だぞー！だぞー！だぞー！

大声の残響はまるで彼女だけでなく森中の生き物を起こすように、こだまとなって森中に響き渡った。
しかしこだまするということは音同士が反響し合い音源が特定出来なくなっているということだ。今の叫びで、獣たちを呼び寄せることはないだろう。
そして当初の目的も達成できたようだ。

さて、今日も一日が始まる。




※今回はレア（1070）さんをお借りしました。ありがとうございます。

青年が意思を伝え、名前を伝え少しの沈黙が流れる。
その一歩の歩みも気に留めず、ひたすら少女は青年に瞬きひとつせず目線を合わせている。
ただ、その姿からは青年を見てる様では無く、まるで別の何かを見ている様でもあった。
途中、一度大きく深呼吸をする。
そして何かに納得したのか目線を下ろし、小さく口を開いた。

お礼意外にもはや言葉が無かった、こんな自分の思いを汲み取ってくれたのだ……なんて文句を言えばいいのか少女には分からなかった。
ずるい……本当にずるい。
しかも名前のオマケ付だ……シャルなんて呼ばれたのは初めだ……一体何処から出てきたのか。

よく笑われてきた名前だ特別思い入れはない。ただ長いと言われれば気にはなる……嫌っていた名だが言われれば気になるなんて可笑しな話だ……でも気になる。

さてそれとは別に一つ言っておきたい事がある……親切心だと分かいるだけちょっと心が痛む。

少女はあの一瞬の表情を見逃さなかったのか素顔が見たいとお願いする。
また言葉どおりならばまだまだ少女の中にある問題は山積みと受け取れるだろう。
ただ、そんな気難しい少女も素顔は認めてくれたらしい。