七日目:[SummerVacation]



「……準備はいい？エリア」
「……勿論だよ、リオン君」



夏のバカンス地として人気の海岸からそう遠く離れていない森の入り口。
カンテラを片手に持ち、いつものように大きな魔女帽子と黒く闇に溶けるような服を身にまとったエリアと二人で森の奥を見つめる。

時刻は夜の8時を少し回ったあたりだろうか。
既に手元のカンテラの弱弱しい灯りだけでは心もとない程、森は漆黒の暗闇に包まれているように見える。
といっても片やダンピール、片や人狼という、夜世界の住人の種族であるこの二人にはさしてそれは関係ないはずだった。
その割には二人とも酷く緊張しているようにしか見えなかったが。


「…じゃ、いくよ…！
　リオン君は迷子にならないようにちゃんとついてきてね」

意を決したようにそう言い顔を真っ直ぐに上げて森を見据えると、先にエリアが一歩前へと足を踏み出した。

「わ、待ってよエリア…っ」

それを見て置いていかれては大変とばかりに、リオンも慌ててエリアの後を追うように森の中へと入っていく————










そんな噂を村で聞いた僕が「じゃあ夜に二人で調査に行ってみようよ！」とエリアを誘ったのがことの始まりだった。

人狼とはいえ、今まで研究所の外に出たことがなかった僕にとっては夜の森なんて初体験だったし、夜目はきいても大きな樹木や生い茂った草や低木のせいで辺りがよく見渡せないのにもいつも以上に不安感を煽られる。
おまけに今日は新月の夜。
いつも以上に漆黒の闇に何かがうごめいている気配が強くなっていると感じるのは気のせいだろうか。


「エリアは夜の森が怖くないんだね。
流石吸血鬼ハンターだけあって、度胸があるんだなぁ…」


先導するエリアのきりりとした凛々しい横顔を見上げて感心する。
少し気をつけて見れば彼女の様子がいつもより大分表情がぎこちなく、動きもロボットのようにカクカクしていることに気づいただろうが、勿論今の僕にそんな余裕はない。


「あ、当たり前ですよっ。
　ハンターにとってはこんなことは日常茶飯ｊ……きゃああっ？！」

「わわっ！！！なに？どしたのっっ？？！」


バサササッッガサガサガサ…！と木立から突如何かが飛び立ったのに思わず叫び声をあげたエリアにびっくりし、二人して飛び上がって手を取り合う。


「……梟、かな？」
「みたい…だね」


何かが飛び去った方向を見上げながら、それ以上何も起こらないことにほっと胸を撫で下ろし。


「あーこほん！今のは別に驚いたわけじゃなくて、不意の出来事にもリオン君がちゃんと対応できるかというテストをだね…！」

「ええええ！？エリア僕を試したの？
　うーん……全然何も出来なかったよ……もう一回っ！」

「ふ、ふふ……宜しいっ。
　じゃまた忘れた頃にテストするね。
　だからこの先も油断は禁物なんだよ、リオン君」

「うん、わかったよ。エリア」


真剣な顔で僕に念を押して前を向いたエリアに頷き返すと、しっかり手を握りあったまま、再び森の奥深くへと進んでいった。















「……ねえ、エリア。
村で色々噂を聞いてきたんだけどさ」


暫く進んでいくうちに周囲の沈黙に耐え切れなくなった僕はエリアにそう話しかけてみる。


「この森から出られなくなった少女の魂が、夜な夜な哀しい歌声で木の上から手招きしてたり———」


「あー、今日はいい闇夜だねっ！
こういう夜のお散歩は楽しくて仕方ないよ♪」


ちょうどタイミングが被ったのか、エリアが僕の言葉を遮るようにいつもより数段明るい調子で言い。
でも黙ってるとひとりで嫌なことをどんどん想像しちゃいそうだし、こういう時には口に出しちゃうのがいいってものの本にも書いてあったし……！
僕も負けじと話を続ける。


「森の魔物に喰われた血まみれ死体が集団で襲い掛かってきたり———」


「あーあー、まだまだ暑いし、きっと明日も海は大賑わいだろうねっ」


「黒衣を身に纏った魂喰いが、突然大きな鎌を振り下ろしてきたり————！」


「……リオン君。
　明日は浜辺でホットドッグを買ってあげようか」

「え、ホント？！やったー！」


くるりと振り向き、引きつった笑顔で言ったエリアの言葉に、思わず村で聞いた怖い話を忘れて尻尾を振りながら歓声をあげてしまう。


「だからそろそろ戻ろうか。
　明日もあるし、あんまり遅くなるとリオン君の仲間も心配してしまうだろうしね」

「うん、そうだね。結局あんまり探索できなかったのは残念だけど……ってあれ？」


ちょうどその時、ふわりと二人の目の前を光る球体のようなものが通り過ぎたのに思わず目を奪われて声を上げ。


「あれなんだろう？ついていってみようよ、エリア！」
「え、ちょリオン君？！」


ふわりふわりと人魂のような淡い光を放つそれは、森の奥へ奥へと飛んでいく。
見失わないようにと懸命に追いかけていくこと数十分、それまでうっそうとした木々に覆われていた森が突然開け。


「うわぁ……！」
「これは凄いな……！」


二人の視界に飛び込んできたのは草原一面に拡がって七色に点滅する光の海・海・海————
そのあまりの美しい光景に二人して目を見開いて感嘆する。


「……なんだろうこれ。光虫かな？」
「そういえばこの土地には新月の夜に虹蛍の集まる場所があると聞いたことがある。
　その場所は土地の人しか知らないって話だったけど」

「ふぅん…七色に光るから虹蛍っていうんだ……綺麗だね」
「うん、綺麗だ」


二人で蛍の群れが次々に虹色に瞬く様に暫し見とれる。


「虹蛍は凄く繊細な生物だと聞いたよ。
もしかしたらリオン君が村の人に聞いたという森の魔物の話は、バカンス客に虹蛍の生息地を荒らされたくないが為の作り話なのかもしれないね」


エリアの言葉に僕は少しきょとんとしたあと、思わず笑ってしまい。


「……そっか。騙されちゃったのかな、僕。
　でもたとえ嘘をつかれたんだとしても、怖いお化けや魔物が出る話よりそっちの方がいいよ」

「そうだね、私もお化けよりその方がずっといい」


僕の言葉に微笑んだエリアは、虹色の光に照らされていつもより数段綺麗に、そしてどこか儚げに見えた。




今は平穏とはいえない世の中だけど、蛍達の世界はいつまでもこのまま変わらずに平和で在ってほしい。
できればエリアも大事な人達と一緒に幸せに、と密かに心の中で願った夏の日の夜だった。






【※Eno.143エリア・クルースニクさんをレンタルさせて頂きました！有難うございます】

→イリスの世界の亜人

ゆるゆると頭を振って、しっかりと手を握り返してくれたリオンに微笑みを向けるイリス。

それはリオンにとって聞こえのいい言葉になるかもしれない。

極めて平静を装い、イリスは本当に極おおまかな亜人の有り様を語ってみせた。

→情報交換

リオンからもたらされた情報をしっかりと記憶しているのだろう、何やら考えこむ素振りも見せつつ、見返りに再び水辺の情報を彼女は提供する。

“まぁ、いつも緊張感に満ちた戦いも御免だけれど”と付け足しつつ、イリスは微笑む。

→情報交換２

新天地ではまたもや、苦労しているようだ……。

求められれば、機嫌よく紅い果実をひとつもいで、渡した。

元に戻ったリオンの頭をわしゃわしゃ撫でる。

バッグは堅く閉じられたままだっ！！

問いかけて、ひとくち、茶を啜る。

犬種の本性がそうさせるのだろうか。しかし、狼は人に懐く種であっただろうか。
彼の心情を、まだ計りかねている。

ハルは暫し腕を組みながら考える。

露骨な笑みこそ見せないが、出会った当初よりは固さが取れてきている様子だ。

トガノは特に悩む様子も見せずに言葉を紡ぐ。

これ以上話すのは無駄だとでも判断したのか、目を閉じて一呼吸置いた。
そしてリオンの謝罪を聞くと…。

微笑を浮かべて2人に目配せをした。
また、服装については何故か面白おかしい話であるかのように表情を緩める。

それを聞いて分かりやすくエッヘンドヤ顔の妖精風小精霊。

甚だ謎な兼任である。