空いっぱいに伸びた枝葉が日光の大半を遮断してくれているおかげで森の中は薄暗く、時折吹く風は爽やかに汗を拭ってくれる。
　星屑の小川から平原側に出、更にそこを抜けた先——護りの森。燦々と照りつける太陽による体力消費を避けるため、今回はこちらのルートを選んでいた。
　
「いいの？」

　ヘイアンが投げた革水筒を受け取りながら、金髪の少女——ミモザがぽつりと呟く。
　出発時と比べて大分しぼみ、残量の乏しくなった水の心配をしているわけではない。その問いが指し示すのは、無論。

「フィアのことか」

　ここ数日、片時も離れずに行動していた二人とは別行動を取っていた。
　きっかけは——ミモザが集めてきた、とある情報だった。

——＊——＊——＊——＊——

　今朝、ようやく日が昇り始めた頃、野営の片付けをするミモザと話していた時だった。
　彼女がここ数日で集めてきた情報の中に、ひとつ、強く興味を引かれるものがあった。

「……祭り、か」

「ええ。一揆の参加者が集まって、催し物をするそうだけど」

　昼間は海に集まって交友を深め、夜には屋台が出され、花火が上がるという。
　『花火』というのは、夜の空に火薬を使って模様を描く技術の事を言うらしい。

「どうするの、ヘイアン？」

　ミモザはこちらの瞳をじっと見つめて、そう問いかけてくる。
　『一揆』という戦いの中で一か所に集まるのは、正直危険な行為でもあるだろう。
　数日前の兵士の強さを見るに、王の配下の練度はかなりの物であるようだ。
　その軍が一揆の同士の集まっている所へ雪崩れ込めば、壊滅は免れない。

　とはいえ、これは初めての——そして恐らく極希少な——同じ方向を見る者が集まる機会だ。
　それを考えれば、またとないこの折に出来る事はやってしまっておきたい所でもある。
　一揆についての情報収集、交渉相手の確保。そして可能であればだが、『目的』についても。

　ミモザの瞳を、こちらも見つめ返す。
　……彼女は別に祭りに行く事を拒否した所で、いつも通り『そう』と言うだけだろう。
　だが、そのミモザにも疲れが溜まっているのは確かだろう。そして当然フィアにも。
　この祭りは、恰好の息抜きの機会でもある。そう考えると、自ずと選択は決まっていた。

「ま、行ってみるか。情報収集も兼ねてな」

「そう。まあ、良い機会だからね」

　肯定しても、ミモザの返事はいつも通りの無感動なものだった。
　手元にまとめてあった荷物を掴んで立ち上がると、彼女はこちらを見上げて。

「……あれ、もう行くの？」

「ああ。俺たちだけで、な」

「そう」

　ミモザは手短に返事を返し、同じく荷物を持って立ち上がった。
　ふと、まだ近くに横たえられている寝袋を見る。フィアはまだ休んでいるらしい。
　……彼女が真に休めるとすれば、きっと自分たちから離れている時だろう。
　だから、フィアが寝ているうちに二人でここを出た方が良いと踏んだ。

　適当な紙に、いつどこで集合をするかを書きつけて、フィアの顔に貼り付ける。
　野営道具はほとんどここに置いてあるが、特に心配をすることはないだろう。
　周囲に人の気配は無いから盗まれる心配は無いし、運搬に関してもナビがいる。

「行くか」

「ええ」

　短く言葉を交わし、二人で祭りの会場の方へと歩き始める。
　願わくば、誰にとっても良い一日となるように。

——＊——＊——＊——＊——

（次回へ続く）
（今回の日記はEno.205のヘイアンさんと一緒に書きました。感謝）

違ったようだ。微かな期待が砕けた破片は、少しだけ痛い。
ただ、それを見せるのはおかしい話だと分かっている。
そっか。眉を下げて、そう笑った。

反射的にとはいえ、今の態度はあまりにも失礼だった。
得物はその人の片割れでもある。それに対して、私は。
彼女は、気分を害してはいないだろうか。
私は、嫌われてしまっただろうか。
それでも、怖いものは怖かったから。
一体それで、何人を傷付けた？
それを持つあなたは、何？

視線を合わせる勇気は、無い。

その細い肩に圧し掛かっているものは、どれだけ重いのだろう。

　急に名前を呼ばれ、間の抜けた声を上げて、声の方を見る。

　一応の確認、そして自己紹介。

　
　相も変わらずぎゃいぎゃい五月蝿いガイを余所目に、太歳は話を続ける。

　

不意に、声を掛けられた———と言った風に、
口に入れていた棒付の飴玉を抜き出した。

不躾に、とっくりと少女を見つめて確認する様子は、警戒心を隠しもしていない。