「この五日間で、フィアも疲れが溜まっているだろう。休める時に休ませた方が良い」

　ほのかに暗く気温の低い森の中を、私とヘイアンは二人で歩いていた。
いつも通りというべきか、数分おきにこうしてまばらな会話を交わしながら。

　今夜の祭の会場へ出るには、この森の隅を一度突っ切る必要があった。
とはいえ深層ではないため、外敵となるような魔物やエンブリオの姿は見かけられない。
それどころか、ある程度の人通りはあるのか、それなりの広さの道が出来上がっていた。
だからこうして、最低限以外の警戒を解き、彼の右に並んで気楽に歩いていられる。

　たまにヘイアンが会話を振ってくるのは、彼の気遣いなのだろう。
私も、彼への礼儀としてそれにはきちんと答えるべきだろうと思う。

「ふうん。やっぱり優しいんだね、『王子様』は」

「まだそれを引っ張るか、お前は」

　最初に会った時だったか、私は彼の事を『王子様』と呼んだ。
魔物と対峙した女の子の前に現れた彼に、軽口ついでにそう言って。
以降もたまにそう呼んでいるが、そのたびに彼は苦笑いを零す。

「いいじゃん。女の子を助けて、気にかけてあげるなんてさ。『王子様』の素質あるよ」

「……まあ、気が済むまで呼べばいい。ただ、人の前では『取り繕え』。良いな」

「分かったよ、ヘイアン」

　私の『持ち主』である彼がそう言うのであれば、仕方ない。
これでも私なりの気晴らしのつもりだったのだが、気に障ったのだろうか。
そう呼ばれるのは自分の柄ではないとは、以前言われたのだが。

　何にせよ、また会話が途切れるだろうかという時だった。
横を歩く彼は不意に立ち止まり、路傍に咲いている植物に視線を向ける。
そう背丈の高くない青みの強い紫色をした花が、群れを成していた。
周囲が暗いため、普通に歩いていたら見落としてしまっていただろう。

「トリカブトかな。これにそっくりな花を知ってる」

「ほう。トリカブトというと……毒草だったか」

「そうだね。根に毒が含まれてる花って知られてる」

　『メルンテーゼ』の植物が、私の世界のそれと全く同種とは限らない。
だが、花の色合いや花弁の付き方は、私の知るトリカブトと全く一緒だった。
どうやらヘイアンも同じらしい。彼の世界にも、似た毒草があるのだろう。

「花言葉は……私の世界では『人嫌い』『厭世家』『復讐』。そんなところだったかな」

「ふむ」

　私はかすかな記憶を辿って花言葉を並べる。そのどれもが暗い意味の物だった。
毒のある草花として多くの人々から疎まれたから、こんな言葉を添えられたのだろう。
ヘイアンはそのトリカブトの、群生する内の一輪に右手を伸ばして、指先で触れた。

「なあ。俺たちにぴったりの花だと思わないか、ミモザ」

「……」

　こちらに顔を向けることなく、ヘイアンはそう問いかけてくる。
私は彼のその問いかけの意味を図るように、沈黙を返した。

「寄り集まって、暗がりに隠れ。根にそれぞれの毒を秘める」

「……ヘイアン」

「ミモザ。たとえ毒があろうと、俺達の見るこの『花』は、綺麗だな」

　私はその言葉に、返す手段を持っていない。
このパーティでの私は、ヘイアン＝ディヴァータの『道具』でしかない。
彼の心情を汲み取って踏み込むだなんて事は、きっと許されていない。

「そう思うよ、ヘイアン」

　だから私は、いつも彼と話す時のように、そうとだけ返した。
ふ、と小さく息を零す音。背中越しに、彼は笑っていたのだろうか。
ヘイアンはトリカブトから右手の指を離すと、私の方へ向き直る。

「行くか」

「ええ」

　今日二度目の出発の言葉を残して、私たちはトリカブトの前を歩き去っていく。
風の無いこの森の中で、ヘイアンが触っていた花だけが僅かに揺れて。それもすぐに止まった。


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（前回からの続き）
（この先はEno205のヘイアンさんの日記で）

　不意に声を掛けられ振り返る
　相手が女の子だと見るや否や顔が綻び

どうやら彼女の言う妖精は、本当にいろいろな種類がいるようだ…

ミモザに名を名乗られ、にこりと微笑む。
嬉しそうに頬を染めて。

『カゼヨミ』は、『邪気眼』は、誰かを傷付ける『呪い』の力だ。
積み重ねられた『負』の上にあるそれは、その存在意義故に、常に誰かを傷付ける。
しかし、使い道さえ誤らなければ、それは誰かを守る力にもなり得る。
自分は、そう信じてきた。
——けれど。

目を、背けてしまう。
少年の元々の性根もあるが、やはり、何よりも。
信頼が伝わってくるからこそ、嘘をつくことなど出来なかった。

少女が受け入れないというのなら、押し通しはすまい。
自分はまだ、彼女の全てを知っているわけではないのだから。

※マッスルポテトの事である

少女の探究が止む気配は無く。
その爪先が、ジワリと己の中へ踏み入れられる感触を得る。

半歩身を退き、首を引いてミモザを見下ろす。

恐らくは、始まりより抱き続けていた違和感。
彼女の笑顔の内に潜むモノが、甚だ霞んで見えて。

此れ程までに、どうして興味を抱かれるのか。
出会って間も無い己を放って置かぬ道理が、フィンヴェナハには理解出来なかった。

どくにんじんは食われることで内部より根を伸ばし、
精神と肉体を同意を持って同化させることで、より強いにんじんを生み出す生き物である。
よほど相性が良くなければ一発で同化することはできないが……、しかしこれを持って距離を近づけることで、何度も食べてもらい、そしていつの日か……！

なんて、妄想をしているうちに、ミモザ少女は口の中のにんじんを吐き出していた。