「……」

『やり遂げないと』
そう決めたけれど、実際、どうしよう。
今まで通りできなかったから、こうなっているわけで。

どうすればいいのか、辿るべき線は『見え』ているのに。
空腹のときに、硝子箱の向こうに飾られた甘いお菓子を見ている気分。
見せられている気分。
腕を縛られて転がされて、目の前で食事を摂られている、でもいい。
欲しいものはすべきことはわかっているのに、すぐそこに在るのに。
届かない。
使えていた物（うで）が使えない状態で、どうすれば私は触れられる？
どうすれば　それに、齧りつける？

——だめだ。
この考え方は、ダメ。
具体的に、試さないと、ひらめかない限り何も生み出さない袋小路の思考方。
手を動かして、脳に刺激を与えて、なにかに取り組んで失敗しても失敗から新しい次の手を考えないと。
ただ時間を食うわけにはいかない。
そんな暇はない。
そんな余裕は、無い。

『見え』てはいるんだ。
だから、クヴェレネヒテやセルフォリーフと全く異なるわけじゃない。
同じ。
正しい方法で関われば、応えはある。
これだけは、自信を持って頷ける。

ものがあって、すがたをかえる

基本は、結論は、同じだ。

---

『線をなぞり削り切り落とし捏ね回す』


突き詰めればそれだけだけど、材料と発動鍵の大きさは、異なることがある。
余った部分を棄てることもあれば、逆もまた。
では、どうやって足りない分を増やそう。

-

クヴェレネヒテでは、魔力。
この身一つあれば、十分だった。
材料を形作っている物質その隙間に、割り込ませる。
持っている性質を殺さない程度にごく僅かに、練り込ませるのだ。
魔力とは、
……について語りだすと、また別の話になるし、基礎というよりも常識なので、置いて。
一言で表せばエネルギーの一種。その特徴は『変わるもの』。
素材の粒子同士が作用し合える距離のその間に魔力を挟めば、
やがて魔力は囲む粒子と同じものへと変化する。
そうして、材料を増やす。足りなければ、繰り替えす。

こう言うと『奇跡』みたいだけど、それは間違い。

増やしたところでその後に何もしなければ、体積は元のものに戻る。
変えないように幾つもの縛りをかけるのも、魔法の一つ。
発動鍵を作ることと永在魔法は似ているようで限りなく遠い。
……魔法についても、別の時にまた思い出そう。

——『持たない者』のカリヌイ・カリドメ
そうだ、カリヌイが近い。
彼らは布を糸で留める。その際に予め大きく留めるらしい。
そうして布が扱いやすくなったところで、細かく留め直すそうだ。
カリヌイだけだと、簡単に千切れ元の布に戻る。
そう、身近な『持たない者』は教えてくれた。
正しい道を辿らないと、求めるものは得られない。

本当に近いのだろうか。
帰ることができたら、その時はもっと詳しく聞いてみよう。

また、増やすこと自体難しい技な上、素材によってその難しさはぐんと上がる。
貴重だとされる物は、簡単に増やせないからこそ貴重である。
簡単にお金が増やせたら、社会は大変なことになる。
長い時間をかけながら気付いた人間の、見つけた答え。
限られた者ができる技をもってしても、どうにもならない物。

……限られた者、なんて言うとそれができる私がちょっとすごいみたいだけど、
砕けそうな自信を保つために許してください。
高位の作成師は触れることなくできるけど、私みたいな一般人は、できないから。
魔法と同じで、魔力に働きかけるには切欠が必要で、
それをパスできる人なんて言ったらもう、お偉いさんお抱え。
大体の人は、触れて材料に温度を加えることを切欠にする。
自分の温度を依代に、自分の引き出した魔力を浸みこませていく。
これは増やすときだけじゃなく、形を変える時にも必要なこと。
移した熱を起点に一瞬だけ魔力で働きかけて、動かす。
魔力は、大切なもの。

-

セルフォリーフでは、石
力を持った石。
魔力の代わりに、パワーストーンがどちらも行った。
これなら『持たない者』でも加工ができるから、驚いた。
石自体が魔力とは違う力を持っていて、その力を使って働きかける。
力を使い終わった石は砕けて消える。だからたくさんは集められなかった。
そういうものだから、通貨としても使われたんだと思う。
ただ、セルフォリーフでもストーンがあれば誰でも発動鍵を作れるわけじゃなかったから、
適性とかそういうのはあったのだと思う。
私に適性があったのかと言われるとやっぱりちょっと言い過ぎな気がするから付け足すと、
経験だけは、確かにあった。
だから何となくだけど、解ってたんだと思う。
力の使い方を。
ストーンを使うときにも、切欠は必要だった。
錠と鍵を持っていて、差し込めばいい事を知っているような、そんなもの。
触れて、暖めて、それからストーンを使う。それだけの話。
パワーストーンは、大切なもの。

-

じゃあ、メルンテーゼでは？

この世界にもパワーストーンはある。
みれば力を持っていることはわかった。
セルフォリーフよりも、ずっと貴重なものだった。
それも、気がつけば石入れの袋から消えている。
なんでこんなものを通貨にしているんだろうと思ったけれど、
ストーンが持っている力を考えたらおかしくなかった。
どういう仕組みなのかは、よくわからない。
この世界でわかっていることの方が、少ないか。
とにかく、錠と鍵は持っていた。
だから私は差して回せばいい筈だった、のに。
ストーンが足りない、ということもなさそうだ。
持っている分すら何も反応しなかった。
これまでの世界では使えていた魔法が使えない。
そこには『違う部分』になにかある。
なにか
なにか、大切な——

「うわっ！？」

突然、視界を橙と桃と緑が被い尽くす。
それから目に射した光。

「クラちゃん？」

私の言っていることはわかるらしいクライスは、つけられた名前にひらりと回って応える。
もしかして、さっきから呼ばれていたのかもしれない。

「ごめんね」
「でも、考えものをしていたの」
「もう少し、待っててね」

申し訳ないと思いつつ言い含めると、気に入らなかったクラはすい、と目の前から飛び去った。
ふわりと離れて、鉱石の上に座り込む。
私がこれにかかりきりなのを、判っているようだ。

「それはダメ」
「大事な」

だいじな——

ああ、『持っていた』


「動かないでね」

エンブリオの小さな胴に、右の掌を添える。
構ってもらえると思ったヒトガタは嬉しそうに笑う。
私が今笑っているのは、返すためか、それとも。

今まで魔法を使ってきたように。この世界の能力を使うように。
クライスに力を、流し込む。
身体ではないどこかで、何かを掴んだ。
しっている感覚に、心が震える。
これは、『繋げた』ときの、手応え！

後はもう、知っている。
経験をなぞれば、鉱石はその形を変え始める。

私は、やりとげた——

御菓子に目を輝かせる少女に、少し驚いたような顔をした。
それから、笑う。

沢山の御菓子を、逐一説明していく。
多種の饅頭に餅菓子、マドレーヌや小さなカップケーキ……。

期待するシセに、緑茶が差し出される。
魔法瓶を使っているらしく、御茶は湯気を立てていた。

向こうからは金の鎧と追従する金毛。

手前からは戦いの場に珍しいドレス姿の少女。

すれ違いざまの瞬間、

金毛がドレスの裾を踏む。

裾の布で滑って、転げた。

その出来事に、金の鎧が振り返る。

シセを見上げながらふん、と偉そうに笑った。

自然に声を出していた自分に少し驚きつつ、龍は言葉を紡いだ。

言葉を選んでいるうちに平時の調子を取り戻したきた自分を感じる。

そう、何も面白みのない場所だ、と呟いたその声にはわずかの実感が伴っている様子だった。

龍は話は終わった。といった様子で盃に酒を注いだ。

じ、っと

食い入るように少女の腰にある蝶々結びを見つめる。
腰を屈め、少女の腰に顔を寄せてただひたすらに

見る

長い沈黙に少女は気に入らなかったのだろうかと不安そうな顔を浮かべる。
俯く少女の視界には、腰の蝶々結びに張り付いている、青年。
その青年の頭がゆっくりと動き、こちらを見上げる。

無表情だった顔が、微笑んだ。

余りに少女を真っ直ぐに見ていうものだから自分に言われたのかと
錯覚しそうに、なった。

しかし青年がすぐに蝶々結びに視線を移したのですぐにそんな考えは消える。
青年はやっと少女の腰から顔を離すと指をパチン、と鳴らした。

鳴らした掌の上に出てきたものは、真っ赤なリボン。

青年の顔はもう無表情に戻っていたが、先ほどよりも雰囲気が柔らかくなった気がした。

　ただ、一時涼むにはこのくらいの冷たさの方が良いでしょう。
星屑の小川と称されるだけあって、水自体も光を放っているような透明度。
川上……進行方向たる城の方から時間のように、緩やかにとめどなく。

　頭を押されればちょっとへっこんで変な声をあげ。ちゃぱちゃぱ音を立てて
しっかり立ち上がりました。両手で自分のスカート握りしめ、やや不満そうに
上目遣いで声を上げます。

　平和な戦闘も辞さない不退転の覚悟です。しかし、質問をされれば臨戦態勢も解いて
首を傾げました。ゆら、ゆら。微かに水面と揺れながら。

　再びかがめば今度は上流から両手に水をすくいあげて。
一口二口。喉がこくこく動きまして。

　どうやら飲用に耐えうるお水らしいです。