……これは夢だ。
案山子のカーキアスはそれを感じとった。
何故か。
『そこ』にいる自身に二本の足と二本の腕、それと掌。
なんなら、今ならば喋る事すら出来そうであったからだ。
身に過ぎたるものを与えられ案山子は戸惑った。しかし、同時に喜びが案山子を襲った。
当然、案山子ははしゃいで遊び回った。
その二本の足で駆け周り、その二本の腕と掌で、夢を捏ねて遊んでいた。
ひとしきり遊ぶと、捏ねて形作った夢たちが、皆一様にあるほうを目指していることに気づく。
夢の奥の方、暗くて、なんとなく近寄りたくない方へと、彼の作った物達は進んでいった。
案山子であるはずのカーキアスはそれを堪らなく寂しいと感じた。理由は良くわからない。
とにかく、自分の物が自分の物で無くなる感覚を覚えたのだ。
ここが自分の夢で、ここが自分の世界であると感じとっていた彼は、次に憤慨した。あの奥に、自分を脅かす何かがいると。
怒りに身を任せ、案山子は進んでいった。なんとなく近寄りたくない、仄暗い夢の奥底へと——

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奥は暗かった。『黒かった』と言っても差し支えないくらいに暗かった。
なにも見えない案山子であったが、後を振り返り、先ほどまで遊んでいた明るい場所が見え無くなって、ようやく気づいた。

『ここは、自分の世界では無い』

と。

気づくと、笑い声が聞こえた。女の高い笑い声だった。
案山子を取り巻く暗い黒が一点へと集まり始め、そのまま形を作り始めた。
黒い、黒い女の形になったそれは、案山子にゆっくりと語りかけた。

顔は良く見えないが、ヒトの口に相当する部分に赤い切れ込みがはいった事から、相手が笑っていることは推察できた。

口元には薄っすらと笑みが見えるが、声そのものからは感情が読み取れない。

案山子はドキリとした。今自分の感じている物が全て筒抜けになっている感覚にとらわれたからだ、
そしてその感覚は——

事実であると目の前の黒い女に告げられた。

そう言って黒い女は案山子の背後に音も無く回りこみ、その頭に手を当てた。

当てた手が、案山子の頭内へとゆっくりと沈んでいく。
しかし不思議と、案山子は嫌な気持ちを覚えなかった。

案山子の頭の中を、意識の中を、黒い女の手が動き回る。
波のように、粒のように、手が動く度に案山子の意識に触れる。
手が意識に触れると、その意識から記憶が零れ落ち、駆け巡る。
記憶は手を伝わって、黒い女へと流れていく。
その一連の流れを、案山子は様々な事を想起しながら、させられながら、ぼんやりと感じていた。

どれ位の時が経ったのだろう。
想起を行っていた本人には、とても長い時間に感じられたが、ひょっとすると一瞬だったのかもしれない。
案山子の記憶の旅は、女の手が頭からゆっくりと引き抜かれ、終わりを告げた。
やがて女は、やはり音も無く案山子から離れ、何時の間にかそこに現れていた黒い椅子へと腰かけた。

黒い女の指先から、名のあがった見覚えある彼等の顔が描かれる。
それが花火のように消えると、一言。

そう言うと、すぅと案山子を指さして、

言い放つ。クスクスと高い笑い声を残して、椅子と共に奥へと消えて——。
否、案山子が、その意識が、明るい所へと——。


と、ここで案山子は目が覚めた。
最も、案山子であるカーキアスが寝ることは無い。遵って、案山子の身体に自信の意識が戻ってきたと言うべきであろうか。
案山子は今見た夢の事は覚えていない。案山子に夢を記憶する場所はないからだ。
しかし、案山子は違和感を覚えている。自信の身に何かが起きている違和感を。

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農民主義的自治武装細胞報告書


変態的性向を持つと思われる王の手先を撃破！！
彼の者の存在を、不佞。断固として許さず！
同行者の近縁種と思しき爬虫類と接触
同行者をモデルとし、対策を思案。決して油断せずに対峙とする。
砂地を更に進行する事を検討。
今回、無事に打ち勝つ事が出来れば、トキサメを名乗る者と対峙すると思われる。
断固として！断固として！！これを撃破とする！！！


＿φ(‾Ω‾　 )

金の鎧が脚を止める。

周りに田畑がないか見回した後、案山子をじっと見つめながら独り言をつぶやく。

　呪術師は、簡単に、彼の提案に応じた。

　広げていた両手を、翳す。
　それは、案山子と鏡合わせになったかのような動きだった。
　例えるなら、互いの掌こそが、『水面』。呪術師の指先が、土へ向く。呪術師の手首が、空へ向く。
　優しく、彼は、案山子の手を取った。上下が逆になるように重ねられた掌。
　ずきり。『何か』が、痛む。『無い筈の場所』に、『無い筈の感覚』が、ゆっくりと、走り抜ける。

　『何か』が、無い筈の脳漿に焼き付く。

　合わせた掌に、『痛み』。無い筈の『眼球』が、痛む。まるで何かを突き刺されたように。
　足。胴体の藁。その付け根。まるで高い場所から飛び降りたみたいに、『竹の内側が痛む』。

　『内蔵が押し上げられるような鈍い痛み』。『傷口に砂が擦り込まれる痛み』。『卑下た嗤い声』。『片目に何かを押し込まれるような痛み』。『喉を潰されるような痛み』。『身体が言う事を聞かない』。『手首を締め付けられるような痛み』。『三つ目』。『人間ではない』。『お前達なんて、人間ではない』。『お父さんとお母さんを返して』。『放して』。『七つ目』。『私だって既に人間ではない』。『お前達を呪う為なら、もう人間じゃなくたって構わない』。『いいよ、それが一つ目だ』。『もう嫌だ』。『足が動かない』。『それでも身体は私の意志に反して動き続ける』。『五つ目』。『さぁ、もう見えるだろう？』。『温度』。『僕の事も殺しにおいで』。

————ざり、ざりざり、ざり。

　重ねていた手が、離れる。手を引いたのは、どちらからか。
　走馬灯めいた雑音は、手さえ離してしまえば、もう、聞こえない。

　呪術師の頬笑みは、眉ひとつ、動いていなかった。