「私はあの小僧ではない」
呆然とする少女に冷たくそう言い放つと、少年はまた一歩チセに近づいた。
「お前の先祖は何も教えてくれなかったのか？まあ私に聞くよりもそこの鳥に聞いたほうが早いと思うがな」
ちらりとチセの肩に留まるシピリカに視線を投げる。何か思案するように、そのままチセの表情をじっと見つめる。その金の瞳はいつもよりも光が強く見える。
「わざわざ非力な人間の体を使って村を出たんだ。早くしなければ、私もこの小僧もいつまで持つかわからない」
手を伸ばすと、チセの頬にそっと触れる。その手は生きた人間とは思えぬほど冷たい。
「この小僧はお前に会い、お前と過ごすようになってから、止まり木としての役割をほとんど果たさなくなっている。私の器は成人の儀を終えていて、かつ何も知らず、何でも受け入れる純粋な心根の持ち主でないといけないというのに」
頬に添えられた手はそのままチセの輪郭をなぞりながら、少年は続ける。そこにある張り付いたような笑顔は、ぴくりとも動かない。
「光を失ったその目。色を失ったその髪。今のはぐれはそんな姿になったのか。随分様変わりしたものだ」
肩をすくめると、ゆっくりとチセから離れる。しかしその目は依然、獲物を狙うような鋭さでチセを捉えていた。

「疑問に思ったことはないのか。この小僧が出た故郷の名前を知らないということを。何故、地図を作り世界を旅し続けてきたお前の先祖が、その名前を知らないのか」
そこまで言いかけたところで、少年の身体ががくんと傾いた。その場に膝をつくと、少年は軽く舌打ちをする。
「少々話しすぎたな。とにかく、お前は黙ってこいつを、私を赤い大地に連れて行ってくれればいい。この小僧のことを思うならな」
そのまま少年はゆっくりと目を閉じ、チセの足下へ気を失ったように倒れた。

難しいことはよく分からない、と笑う彼には此方も笑って返しておいた。
訊いておきながら恐らく、自分も難しいことは理解出来ないだろうから。

へへへ、ってな具合に笑って、その直後に肩を掴まれる。

人狩り、なんてものは知らなかったけれど。
自分の肩を掴む彼の腕をぺしぺしと軽く叩いて、どうどう、とばかり。

そんなことを言いながら左目に石を戻し。

一旦言葉を区切ると、口に手を当てて逡巡する。

溜息を漏らし頭を振ると、アールと同じように肩を竦めて見せた。

目を瞬かせ考えるが、一行に疑問は解消しない。

ところどころ言葉に詰まりながら、しかし最後は彼の目を見据えシッカリと言い放った。

残念気にすっとオルテの頬指を伸ばし、
クシクシと鳥同士の羽毛繕いのように頬のあたりをこすり。

珍しく歯切れの悪い様子にいぶかしむ。

盛大な溜息をつき、掴みかかろうとした手を押さえる少年を見下ろした。

馬鹿にしたような表情を浮かべていたが、少年の消え入りそうな声と
何とも言えない笑みを見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、舌打ちをした。
そうして立ち去ろうとする少年に向かって、呆れた顔で口を開いた。

何かを思い出したのか、苛立たしげに道脇に唾を吐き出した。

ずいっと手を伸ばし、最後にぐしゃりと頭を乱暴に撫でた。

そう言うとアールはおもむろに荷物から何かを取り出し、服を勢いよく脱ぎ捨てた！