以前に所謂【心話】をしかけてきた声は、あれ以来もちょくちょく俺の頭に直接話しかけてき
ていた。
サーティエイト、と名乗る（？）それは、声は女のものだが、口調は少年のようだった。

話しかけてくるといっても、物語にあるようなお告げや預言、その類の神秘的な感はまるでな
く、どう考えてもただの世間話、詳しく言えばメルンテーゼにおいての理解できぬ事柄や、同
行しているリント領の者やその周辺に関しての実に無責任な感想などであった。
さすがに始終喋っているわけではなかったが、時にそれは神経に触ることもあり、文字通り頭
痛の種となっていた。
幸か不幸か、俺の地顔が顰め面と表現されるような容貌であることにより、同行者たちにはさ
して不審がられることはなかった。

『そうなんだよねえ、変なところだよねえメルンテーゼって。……ねえねえ、聞いてる？
　あんたさあ、僕の声聞こえてるよねえ？　何か言ってくれてもいいんじゃなあい？』

僅か頷いたり頭を振ったりする程度では辛抱ならないのか、時折【サーティエイト】はそうせ
かして来る。
どうやら彼女（彼？）もメルンテーゼの物ではないようだった。



『面倒くさいのもわかるんだけどさ、ちょっとくらい話し相手になってくれてもいんじゃない
かな。僕だって凄く退屈なんだよねえ。
なんせこの【世界】じゃちゃんとした身体がないんだもの。取り憑いた幽霊みたいでやってら
れないんだよ。』

ある日いつもの調子でしゃべる【サーティエイト】に違和感を持った。
取り憑いた幽霊……？
俺が思わずその言葉を復唱すると、声は一段と明確に響いた。
そしてその声は、俺の固有の形態である、透明標本のエンブリオのひとつから聞こえていたの
だ。

『やっと気づいた！　いつ気づくか待っていたんだよ、メルンテーゼのサーティエイト。』

ホワイトタイガーを封じた透明標本から、その声は聞こえていた。

ポイズンウーズを一瞥し