アデルの髪は父さんによく似てる。
まっすぐで、芯が強くて、素直な髪。
母さんの髪は柔らかくてハリがないから羨ましいな。
それでもね、本当は母さんもアデルくらい長かったのよ？
お仕事してたから切ってしまったけど、少し悲しかったなぁ。

じゃあ私が母さんの代わりに髪を伸ばすよ。

あらそう？　ふふ、ありがとう。



ゆったりと髪を梳く。
静かで優しい時間。


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しばしぼんやりと天井を眺めて過ごす。
朝は苦手で、起き上がるまでにいつも時間が凄くかかる。
小一時間ほどベッドの上で過ごし、さすがに起きなければ…と、渋々体を起こした。

夢を見た。
懐かしい夢を。

手を頭に乗せ、髪をクシャりと握る。
自分の髪の短かさに驚いて、慌てて手を引いた。

ーーああ、髪は切ったんだった。

幼い頃の夢を見たせいだろうか、記憶が少し混乱しているらしい。
昔は、母さんのために髪を伸ばしていた。
些細なことだが、少しでも彼女の望みを叶えたかった。
今思えば幼稚な考えだと分かるが、その当時は母さんのために、と何処か誇らしい気持ちになったものだった。

その、腰まであったが長い髪はもうない。
伯母の墓前で切り落として来たのだから。



あの後、私は2日程眠り込んでいたという。
動けるようになるまでに、さらに数日。
回復が遅れたのは、体の傷以上に心の傷が深かったからだ、と村医者が言っていた気がする。

その間に伯母の容態は悪化の一途を辿り、私が目覚めてさらに数日の後、帰らぬ人となった。
看病のために傍にいた私に、覚悟も無しに剣を持つな、と力の無い声で、しかし力強い瞳で射る様に叱られたことを覚えている。



あの事があって、何かが吹っ切れた。
決心が付いた、のだろう。

村を出ると決めて
剣を握ることを決めた。

髪を切ったのは覚悟の証。
彼女に届くようにと、彼女の剣を使って。



目にかかる前髪をかきあげ、目を閉じる。
村を出ると言った時の、母さんの顔が浮かんだ。
とても悲しそうな目をして、それでも引き止めはしなかった母さん。


目の見えなかった私にとって、
あなたは世界の全てと言ってよかった。
悲しませたくなんてないのに。

でも
それでも

暗闇に差し込んだ一筋の光があったから。
すぐに消えてしまったそれを、私は見つけたいと、思っていたんだ。

空っぽになった私の手を、握ってくれる人は居た。
強く強く、私を導いて。


だからこそ思った。



——あの子の手を握ってくれる人は、いただろうか…と。



そうして私は今、旅をしている。
剣の修行も兼ねた、人探しの旅。
そろそろ蓄えが底をつきそうにな事に頭を悩ませるが、
この広い世界で、たった一人のあの子を捜すんだ、
それに比べれば、些細なことだと思う。


大きく伸びをしてベッドから降り、窓に腰を掛けた。
青い空に浮かぶ雲が、東から西へと流れていく。
ああ、今日もいい天気だ。

窓からそよぐ風に、備え付けの机の上に置かれた手紙の端がめくれ上がった。


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あなたのもとを離れる私を許して欲しい。

でも、必ず戻るよ。

私の居場所は、母さんだから。

だから待っていて。

結局一体何だったのかわからない様子で首を傾げた。

どうやら肉という単語に過剰反応しているようだ。

アデルの肩を叩き、無言のままアデルに微笑んでいる。

「自分の進むことに迷っていたのだろう？」というアデルの言葉に戸惑った表情を浮かべた。

申し訳なさそうに、何度も頭でぺこぺこと礼を返した。

虚ろな表情で、黙ってアデルの話を聞き入っている。

「私に頼ってはどうかな？」
「迷惑に思うことはないし、嬉しいと感じるだろうから」



その言葉を聞き、大粒の涙を零していた。

涙を流しながら、背を屈めて地面に文字を書き殴った。




コ　ワ　イ　　　　　タ　ス　ケ　テ　
　　


　　シ　ャ　ベ　レ　ナ　イ　

両手で目を覆い隠した。
嗚咽を出す声すらも出ない。背を屈めたまま、悲痛な表情で項垂れている。

遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
そしてその声は徐々に近づいてくる。

…と思た矢先に少年は転倒、派手に水しぶきを上げて川に沈んでいった。