「エンブリオ達の戦う理由だと？」

「ああ……」

　頷き返したゼゼの目前。

　新たに契約したサラマンダーのエンブリオは怪訝な仕草を見せた、ような気がした。

　名をオウラスと言う、エンブリオ。
　多くが炎を纏うトカゲないし小竜の形態を取るサラマンダーだが、ゼゼの契約したオウラスは、そういった例から外れ、虫の様な姿を持っていた。

　火の粉の様な燐粉を持つ真っ赤な一対の羽、淡く灯る火種を宿した水晶の様な下腹を持つ。そしてその頭には一対の触覚と、三本の小さな角。
　その姿は揚羽の蝶の様であり、また女王蜂の様でもあるが、そのどちらでもない。

　ゆえに大ざっぱな括りで、その姿を虫とゼゼは評していた。間違いではないだろう。

「何でもいい。なんであいつらが突っかかってくるのか少し興味がある」

「ふむ」

　首を傾げる、と言える状態なのかもしれない。
　そして沈黙が十秒ほど続いた頃に。

「知らんな」

　返ってきたのは淡泊な答え。ゼゼは「やはりか」とだけ小さく呟いた。

「そうか。つまらないことを聞いて悪かったな」

　言葉の前後に、落胆の溜め息を挟むことも無かった。

　感情にまで成長しない、薄っぺらな反応。
　自ら質問したというのに、素っ気ない態度を取るのが気になったのか、オウラスは契約者に問うた。

「迷っているのか？」

「……はあ？」

　唐突な問いにゼゼは大きな目を丸くして口を開く。今度は打って変わっての、大仰な反応だった。

「何をどう受け取れば、俺が迷っている事になるんだよ？」

「深い意味も根拠も無い。ただ何となくそう思ったまでだ」

　抑揚の無い声で述べると、オウラスはヒラヒラとゼゼの頭上を舞い始めた。

「エンブリオらの戦う理由と汝は言ったが、敵の事情を知る事に我は有意性を見出せない。
　知ったならば、汝は相手の意を尊重するつもりなのか？」

「そいつは無いな」

　即答でゼゼは返した。

「手心加えて死んだら本末転倒も甚だしい。相手が本気向かってくるなら、こちらも全力で相手するしかあるまい」

「ならば尚の事分からん。
　敵の事情を知ることで覚える感情は、有益とは思えんがな」

　敵の持つ事情。それがもし理解の及ぶものであるならば。

　例えば。王がエンブリオを全て手中にした事が、エンブリオ達のための行為、であるなど。

　戦争は正義同士のぶつかり合い。戦闘が成立している以上、相手側にも譲れぬ正義があるのだろう。

　そんな事を気にしていては、切りなど無い事は明白。

「それで迷いか。合点がいった」

「うむ」

「うむ、じゃないだろ。説明足りてねえ。わかりにくいぞ」

「それは汝も、であろう？　汝の疑問、バリオ達も気にかけておったぞ」

「……む」

　気にしていたのか。あいつら。
　悪いことをしたものだな。

「ああ。その件は俺からちゃんと説明しとく。
　……それにしてもお前。意外と説教臭い奴だな」

「さてな。そう評される事もなかったからな。
　しかし、我は新たに一つ疑問が出来たぞ」

「今度は何だよ？」

「エンブリオ達の事情では手を緩めぬ事は理解した。
　だがもしも……」

　トカゲの眼前。火精のエンブリオは悠然と静止する。

「王の目的に大義があり、汝にとっても有益であったならば、汝はどうする？」

　投げ掛けられた問いには数泊の間を空けて。

　ゼゼは答えた。

「状況次第では王に着く」

　それははっきりとした声。

　だが、そこから続く言葉も存在していた。

「しかし……わざわざ目的を公表せず、秘密裏に進めているているのであれば。
　やはり為政者としては失格だろう。文句の一つもなく与する、というのは論外だ。それに……」

　ゼゼは己の腕を翳す。刈り取るための武具を填めた己の爪を。　

「それに元より。俺はあいつを、王を簡単に許すつもりはない。
　奴がどんな腹かは知らんが、納得できる理由がなければその場で八つ裂きにする。
　それまで、この一揆は終わらんよ」

　確たる意思を響かせ。ゼゼ・レプトは毅然と言い放った。

「……なるほど」

　頷くような声音とともにオウラスは舞い上がった。

「汝の意思は理解した。ならば己の一揆が終わるまで、我が力を使うが良い」

「言われずとも。お前にも契約分は働いてもらうぞ」

「ああ。戦の際は呼ぶがいい……」

　火の粉の様な鱗粉で飛翔の軌跡を映しながら、オウラスは羽ばたき、高く飛翔する。

「バリオ達とはまた違う奇妙さだな、あいつは」　

　オウラスの赤い光を見送りながら、ゼゼは呟く。

　しかし、王に大義と来たか……

「あるかよ。そんなものあってたまるか……」

　独白するゼゼの拳は、強く握り締められていた。

ゼゼの不愉快そうな顔を見て、急にペタペタとゼゼの顔を触り

注意された事に驚いて、最近怒られてばっかりだーと小さく呟いた。

作られたと聞き、一瞬にしてやや空気が変わったゼゼを見てキョトンとし

事も無げに——極々軽い調子で口にしてから、彼は秘に自嘲する。

向けられる視線を正面から受け止め、彼は淡々と告げる。
それは偽りでは無い——確かではあったが、本当にそれだけであったのか。
しかし彼は黙ったまま、その続きを語ろうとはしなかった。

何かしら尾や耳を揺り動かしたり、小さく声を発したり、
基本的に静謐とは言いがたいユクリットにとって、
足音からして賑やかなバリオの様子には親近感を覚えたようだ。

腕前についての控えめな答えに、まるで予想外だという顔をして。

戦いに限らず、『人と競り合うような特技はない』と自ら明らかにしてしまったことに気付き、軽くしょげている。

質問をぽつりと復唱すると、すぐには答えを口にせず、
首を傾げたり、指先をくるくる回してみたり、上を見、下を見、
ややあって視線を戻すと一言「分かりません」と答えた。

自分もトマトを食べつつちょっと驚いた。

こちらは冬眠の習慣がないため、冬眠中実際どうなっているのか気になる様子。

意外にも肉食というよりは雑食性の方に偏っているのかも。
肉食っぽい二匹の不思議な会話。