一揆という大きな戦いの最中であっても、ちょっとした穏やかな時間というのはあるものだ。
　いや、正確にはそういった時間を取らないと精神が持たないってのもあるのかもしれない。

　それこそ戦うことを至上とする戦士だとか、当たり前のように戦場を渡り歩く傭兵だとか。戦闘という（偏見も混じって入るが）野蛮と言ってもイイ代物に対してノリノリでいられる奴はそう多くない。何時敵が現れるのかもわからない敵地の中にあって神経は嫌でも研ぎ澄まされると同時に疲弊していくものだからだ。ソレに対して心地よさを感じるのは戦闘狂みたいな物騒な事を好む奴等ぐらいであって、俺みたいな平々凡々な精神をした一般人（いや、俺の場合は一般竜だな）からすると「勘弁してくれよ」と言いたくなるのは至極当然なことじゃなかろうか。

　ともあれ、なるべく安全な場所を確保しつつ一休みして心身を休める……というのは長期の戦いの中では非常に重要かつ貴重な時間の使い方だ。これから先のモチベーションにも関わってくるわけだから当たり前といえば当たり前なんだろうが。




　そんな訳で水辺の一角にて。
　俺達は、敵の気配がないことを十分に確認した上でキャンプ地を定め、身体を休めていた。

　簡易テントを張り焚き火を起こす、なんて作業も参加当初はそれぞれ分担がなってなかったり慣れが無いものだから手間取っていたものだが今ではすっかり身に付いちまってあっという間に終わっている。地味に周囲には、敵が来た時に直ぐ気付けるようにと狩人だったというミクネがその技能を活かしてちょっとした鳴子の罠みたいなのを設置してたりするしな。ま、とりあえずは一安心だろう。


　落ち着ける拠点が一時的とはいえ出来上がると、共に行動してる面子はそれぞれに好き勝手をし始めるものだ。
　例えばミクネなんかはさっさと釣り竿を手に「ちょっと魚釣ってくるッス！　あっ、でも、またカエルとかだったらクライさんが食べてくれるッスよね？」と何とも不吉な発言を残してフレアサンダーの旦那と一緒にさっさとどっかに行っちまったし。ステフはステフで「ちょっと昼寝ってくるわ」なんて言ったかと思えば適当な日向で丸くなって寝入り始めてるし。アルコルの姿は見えないが、多分適当にその辺りをぶらついてるんだろう。

　さて、俺はどうしたもんかね。
　少し考え込んだ後で、特にコレといって良い案が思い付かなかったので俺は結局、自分の荷物から道具箱を取り出す。革製の様々な工具やら道具やらが詰まっているソレは俺が昔から使っている品で、旅の合間に暇を見つけてはこれらを使った物作りをするのが俺の細やかな趣味にして楽しみだった。
　……そういやチョーカー用の組紐がまだ途中だったっけな。そろそろ今付けてるコイツの紐はボロくなってきてたし、新調するためにも幾らか組んでおくべきかもしれない。それに他の奴等が好き勝手アチコチ動きまわってるなら俺はここの見張り番をするしか無い。その合間の時間をちょっとした手作業で潰そうという目的にも合致する。


　そんな訳で俺は、組紐の為の材料と道具を取り出して作業に入った訳だ。木陰を選んで場所取りしたから日差しは柔らかく、水辺も近いからそう暑くもない。風もたまに吹くので決してムシムシしたりはせず、非常に過ごしやすい快適な環境だ。おかげで作業も進むというものでさくさくと半分ぐらい編むことが出来た。
　物づくりの醍醐味はこうして少しずつでも頑張れば形が見えてくる所だな。やっぱり。完成した時には遠く及ばないとはいえ、それでも満足感は幾らかあるものでだからこそ止められない。手間を掛ければかけるほど良い物が出来上がるものだから、それなりに努力もするし時間も掛けちまう癖はあるんだが……その達成感だとか何だとかがあるからこそ、頑張れる気はする。

　とはいえ、短時間といっても集中して細かい作業をしていると目や肩が疲れてくるものだ。座り込んだまま俺は、眉間を揉んだり肩をグルグル回したりと身体をほぐしてやる。やれやれ、年かね……何てな。
　と、そんな折だ。俺に声がかかったのは。

　足音も少なく、まるで影がするりと忍び込んできたみたいな静かさで声の主は歩み寄ってくる。服の衣擦れの音も妙に少ない彼女の動きに黒猫か何かを連想するのは俺だけだろうか。それにしても、上から下までほとんど黒尽くめの姿というのはどうにも明るい日差しの下では浮いて見えるものだな……何て思ったのはここだけの話だ。
　アルコルは俺の真横にまで近づいて来ると、俺にならってかストンと地面に腰を下ろす。こちらの手元をマジマジと物珍しげに眺めていたかと思えば物言いたげな眼差しで見上げてきた。そのまま無言だ。答えるのを待ってるのか……？　こりゃあ。

　納得したのか、相槌を打てば途中まで編んであるソレに手を伸ばすアルコル。おお…とか、へぇ…とか。ためつすがめつ手触りやら何やらを確認しつつ声を漏らす様子はどこか微笑ましい物があるな。



　……そういやアイツもよく俺がこうやって作業してたら「何してたんだ？」とか言いながら近寄ってきてたっけ。

　懐かしい思い出をふと思い出す。今からすれば何年も前のものだけれど。
　まだ俺が旅に出歩く前、次元竜の里でのんびりと物作って弟や妹の面倒みつつ平穏に暮らしていた頃の記憶だ。




　アイツはどうしてるだろうか。首元のチョーカーを弄りつつ、芋づる式に思いを馳せるのは俺と同じく旅の空に在るだろう探し人の事だ。中に仕込まれた魔法を軽く起動してみれば、チョーカーに取り付けられている碧玉はまだ澄んだ蒼を湛えたまま、冷たくそこに揺れていた。

　これは次元竜が生まれた時から一頭一頭必ず与えられ肌身離さず身につけている魔法の品だ。世界の狭間にある浮島からうっかり転げ落ちてどこかの世界に迷い込んだとしても、必ず仲間が見つけ出せるように。或いは、迷子になっちまった同族を探しだす為に。そんな目的に活躍する品で決して飾り物じゃあない。
　別の奴が持ってる碧玉の中に仕込まれた追跡魔法を起動すればその行動の軌跡を（近場だったならば）光の筋で目視できたり、同じ世界にいるかどうかなんかもすぐに分かるようになっている。特に、別の世界に移動した場合は碧玉は黄金色に染まるようになっているから、まだ赤く点滅するだけの現状では世界間移動まではしてないってことか。


　……早く見つけ出さねぇとなぁ……。
　小さくため息をついた。

　見つけ出して連れ帰らないといけない。
　それは決して、無謀に考えも何もなくアチコチフラフラしまくるアイツの行動が不安だから……というだけの理由じゃないんだ。

　遠い昔と複雑な思考に思いを馳せていた俺の意識を引き戻したのは、呼びかけと同時に遠慮無く頭上にかけられた決して軽くはないどこぞの誰かの体重だった。ずしり、とした確かな重み。俺の首が頑丈じゃなかったらこれ大変な事になってたんじゃないか、などと思ってしまう程度には重量がある。同サイズの鶏より随分重いような……こりゃあアレか。鱗やら何かのせいだろうか。
　そんな風に思考を巡らせていると、べしべし後頭部を叩く衝撃を感じた。同時に、視界の上側からぬうっと覗きこんでくる顔がある。

　まじめに考えようとしたらコレだ。
　まったく……いや、まあ多少は、うん……否定しきれない部分もあったんだが。

　しかし認めるとコレ以上にボコにされそうなので口には出すまい。
　そう俺は決めて、とりあえず頭のガードをもうちょっと固める作業に入るのだった。




　——…やれやれ。
　ま、ろくでもない方向に色々考えちまうよりは、まだこの方が気楽なのかもな。どうにも俺は考え込みすぎてしまうから。気を付けないと思考の深みにハマって身動きが取れなくなるなんて事になるよりは、こうして強引にでも意識を別に向けさせられるぐらいが丁度いいのかもしれない。

　もし道中でそういった者と出会ったならば、彼の事を話しておこうと、思った。

　重い溜め息から紡がれた……というより止めどなく溢れだしたのは、想像以上の苦労の数々だった。
　しかもどうにも、同行する異性陣に振り回されている、らしい。そんな感想をゼゼは持った。
　それらを一通り聞いたトカゲは一言。

　もう一つ大きな溜め息をついた。

　詰まりながら、答えて頂いた名前を反芻する。
　どうやら長い名前を覚えるのは苦手なようだ。

　一礼し、

　トカゲはその場で薬の調合を開始した。
　
　木製の容器に薬草を入れ、すり潰し。エンブリオらの力を借りて軽く湯を沸かしつつで時間は過ぎ……

　やがて薬が仕上がると、トカゲは即席の胃薬をそっと差し出す。

　容器には深い緑色をしたとろみのある液体が満ちている。
　ある程度の温度があるらしく、うっすらとだが湯気が上っているのが見えるだろう。
　しかし見るからに苦そうだ。

額のにんじんを掴むとポイッと適当な方向に投げた。
にんじんは草むらに落ちてどこかへ消えてしまった。

立ち上がったクライを見てほっと安心する。

ビシッとクライの腹部へ指さす。

しかし別段痛みが軽くなったとかそうした変化はなく、ただの子供だましであるのに、
少年は絶対に痛みはなくなってると思い込んでいるようだ。