【玖：龍は何を齎す為に来たか】

「お嬢様はやめてって、龍ゑちゃん」

ため息をひとつ。

私の目の前にいる彼女──伊吹龍ゑ。
正確には、その化身。

化身とは分身のようなもの。意識を共有する、もう一人の自分を作り出す妖術。
だからまぁ、化身とは言っても本体と通信しているようなものだ。

「そうは言われましても、お嬢様は私のお嬢様ですから」

という事なので、この強情さも、まぁ龍ゑちゃん本人のもの、という事だ。
昔はあんなに可愛かったのになあ…

「まぁ、いいや。それはそれとして、だよ」

話を変える。とりあえず、この件はまたでいい。

「龍ゑちゃん、潜入任務で忙しいって聞いていたんだけど…
　貴重な妖力、こっちに割り振って大丈夫なの？」

聞きたいのは、その事だ。
妖力は無限じゃない。化身に割り振れば、その分は当然本体の方が割を食う。
危険な任務の最中なら尚更、生死に繋がる問題だ。

「ご心配頂くほどの事ではありません」
「そう……なの？なら、いいんだけどさ」

嘘だ。
顔を見れば、わかる。この子はなんというか、実直すぎて。
嘘を言うのが、苦手な妖怪だった。

何かあるのだろう。おそらく、叔父上殿の命令なんだろうから、そっちに関わる何かが。

伊吹の龍を動かすような理由で、
私に関わることで、
初日からではなく、今更なぜか現れた理由。

……何となく、想像できるなあ、このパターン

そんなに心配されると、取り乱したことが急に恥ずかしくなります。

ちょっと遅れましたが、最初の名乗りで聞かされた、虎鬼という単語から、教えてもらいたそうにしてます。
ちゃんと話すなら、相手のことも知りたいと思うのは自然なことです。

ちょっと羨ましそうに、溜息をひとつ。

てんぐ、の言葉の響きが気に入ったらしく少し楽しそうにしている。

ローブの内側の荷袋から、ボロボロになって色褪せた
小さな絵の描かれた書物を取り出して差し出した。その書物には、
泣き顔の赤い大きな角を持った者が描かれている。