[ 自動書記文箭の記録より ]

森の中を、ひたすらに歩く。

ブランチマンと二度手合わせをして、今は勝てぬと悟った己らは、森の中を歩いていた。

緑の息吹は、喉を絞めつけるように濃い。
呼吸の必要の無い己ですら、時折胸からその緑を払うように、思い切り息を吐く。
いわゆる“森の瘴気”というものだが、ここの瘴気はなお一層強いものだと感じた。
何度も森を歩いている己が思うのだ。間違いは無かろう。

その理由は、植物の奇怪さにあるのではないかと推察する。
シューリーカーにキラークリーパーといった、独自に進化を遂げて、なおかつ人を襲う類の植物が繁殖している。
後者は特に、食人植物というものであった。鋭利な牙がぞろりと並んで、真っ赤な口を開いて襲ってきたものである。
インプという小悪魔も存在している事であるし、この森は凡そ普通ではない。
森の瘴気が強く、それに比例するように緑の息吹が強いのだ。息苦しさを感じる。
いかに深山であろうと、このような空気はまとっていない。

アイリスとエルザは、長いスカートを優雅に閃かせながら先へ進む。
野良は、流石「野良」だけあって、ひょいひょいと木の根を避けて歩いていた。その様子は楽しげでもある。

木の根は、時折うごめく。それはおそらく、捕食性植物の類。
それらを逐一駆除するのも手間なので、アイリスが木の根に一発攻撃を加え、怯ませてから進んだ。
己もその役に一役買っていた。中衛と後衛のなすべき役目である。
特に、アイリスは後衛に居るのだ。後衛とは常に安全なわけではなく、一丸となって行動する場合、かえって危険な場合がある。
後衛は殿も同然になる場合がある。実は最も安全なのは、前後と護られている己であった。なんとも笑えない話である。

しかし、先日アイリスに魔術を見せてもらい、なおかつ解説を頂いた己は、「自分が後衛でなくて良かった」という、利己的な感想を抱いていた。
アイリスは“ザ・ウィザード”の称号を冠する女である。彼女こそ魔術師、そう言われるからには、かなりの使い手であろうと予想はしていた。
その予測は的確であったようで、彼女が真の力を解放すれば、そこに転がる残骸は2桁にはのぼるという。

だから、彼女が殿を務めている事に対し、己は安堵をするのだ。
けれども、この安堵は——先程も書いたように、利己的なものである。
「彼女を信頼しての事」より「自分では務まらない」という、ひどく惨めな考え方——。



やがて視界が開け、キャンプ地として利用できそうな場所に着いた。
実際、誰かが居た跡がある。他に人が来る可能性もあるが、己らもここを利用する事に決めた。

野営の準備をしていると——エルザが背を向けて、じっと立っていた。
横に並ぶと、己に気付いたらしく、彼女は笑った。彼女の視線の先は、茂みの中にあった。

「うわ……！」

己は思わず声をあげる。

茂みの奥に、ちぎれた腕が転がっていた！
当然、夥しい量の血が撒き散らされている。誰かが、ここで、負傷した。
己の声を聞いてか、アイリスと野良が野営の準備の手を止めて、こちらを見ていた。
顔に出たのだろう——アイリスがデリンジャーに手をかける。野良が教科書を一冊取り出した。


すぐ近くに、獣のにおいがした。

エルザが笑った。

「狩るか狩られるか。面白い展開ですね。ねえ？」

自分の細い腕を目の前に持ち上げ、手首よりも若干付け根側に手をかけて……
ぺきん、と折った。
断面はぎざぎざとしたガラス質で、特に痛そうにもしていない。

すこし俯き、恥ずかしげにしていたが、ぶんぶんと頭を振り、

そういった格好、という言葉を受け、自分の様相を改めて見回す。
そしてふと、気づいたように

文箭の、怪異とは違うと言いたいという言葉を聞き、

アイリの凶行に対する文箭の反応を見て、満足したように笑う。

文箭の話を聞き終えると、アイリは顎に手を当て、考え事をはじめる。
独り言が、ぽつりぽつりとこぼれている。

ある程度喋ると考えがまとまったのか、顔を向け、

　
食べるものが決まったようだ。

　

　

　
感心しているが、此方に手を出す勇気は無いようだ。

　

　
大きく、息を吐いた。

　

　

　

　

　
懐かしいものがいくつも、頭をよぎるが

　

　

どこか昔を懐かしんでいるような、優しげな声で言う。

　　　　　　反応に何かに気付いた。
　　　　　　しきりに首を傾げる。

　　　　　　…………思い至ったようだ。

　　　　　　叫んだ。聞く前に気付け。

ハルは胸に手を当て、どことなく自身に問いかけているかのような形で答える。

トガノに比べてハルの声は小さく、相手が聞き取れたかどうかは定かではない。

飄々と答える。
自身に向けられた訝しげな目線を気にする様子はない。