部屋を沈黙が支配する。
　気配が満ち、確実に何かいいたげな雰囲気はあるのに、それが表に出てこない。
　とぐろを巻く様な沈黙は、まるで逡巡しているか、或いは思索を続けるようだった。

『———時の輪より外れしもの。定命の者への深入りは避けるべし』
『———知ってるわ、でも、それは』

　結果であって掟ではない。

　言葉こそ咎めるものだったが、クロガネの口調に非難の色はなかった。
　敢えて表現するのならば、確認。
　口うるさく過保護だが、クロガネは一度たりとて、アデルの上に立とうとしたことなどなかった。

　魔剣、そして元人間の差異としては当然だが、クロガネはアデルより遥かに永い時を生きて来ている。
　最初はただの遺品、古びた剣として扱われてきた。
　元の作りが頑丈であり、持ち主の手入れが功を奏したのだろう。古びた剣は見た目より遥かに実戦に耐え、いかなる修羅場であろうとも、その刃を断つ事はなかった。
　刀身は鋼、柄は黒、飾りに極小粒な赤紫の宝石。
　幸運も手伝い、長く戦場にいた剣はついに魔を宿した。

　———決して幸せだったとか、そういう話にはならない。

　最初こそただの古びた剣だったが、その内名声を得て、曰くのある剣として彼を目当てに争う人間も出てきた。
　魔を宿してからは、それこそ血のために血を流すような有り様だった。———彼自身は、決してそれらに関心を持つ事はなかったのだが。

　彼が言う、全てを時の流れに任せなくていいのかと。
　誰かのためにらしくない事をする。——それは永生者の身を滅ぼすと、知っているはずのにと。

「……自分が正しいとは思っていないわ、だから、反論はしないでおく。でも、今回は間違いたいっていうだけ」
「……そういうのは、別の人間の役目だと思うけどな」

　トレニアちゃんの事ね、ってアデルは苦笑する。あれは自身の信念のため、きっとどのような戦いでも身を投じるだろう。
　でもね、ってアデルは言葉を続け、口調を変えて。

『私とあの子は違うよ、守りたいから守るんじゃない。———強く在りたいから守るんだ』

　ただ戦いが出来るだけじゃ意味がないからと。

（提示にくすりと小さく笑い）

（そして毎度の容赦ないかつ的確な突っ込みにがくりと肩を落としつつ）

（溜息一つ。冒険暮らしの方が性分に合うと顔に書いてある辺りで、大分愚痴の領域である。さらに続く追い討ちに）

（そういう顔はなんだか変な上にちょっと頬が赤い。照れているのか困惑してるのか自分でもよく判っていないような絶妙な具合である）

（叫ぶだけ叫んで落ち着いたのか、言葉に耳を傾けてから複雑そうな顔で）

（ぽつりと呟く。理性で分かっていても感情で割り切れない——そんな情けないやら何やらを飲み込むように。
カップに残った冷め切ってしまった紅茶を一気に飲み干した）