先日に引き続いて、我々は兵舎を探索する。　
兵舎に兵力があるなら、そいつらを叩いておけば民からネクターを徴収する手も弱まるだろう。　
無理でも偵察にはなる。そう考えての侵攻だった。　

兵舎というからには、いつぞやの庭園の時のように　
武装した兵士がお出迎えしてくるかと思いきや、そんなものは影も形もなかった。　
現れたのは、庭園に放し飼いにされていたものとは比較にもならない強さの魔物たち。　
“魔王城”とは伊達ではなかった、ということだろうか。　

一揆参加者との遭遇もなかった。我々は警戒されているのかもしれない。　
なかなかヒトガタを殺害する機会を得られないフィリーはどこか不満そうだった。　
まかりまちがってわたしやリナリアにその衝動の矛先が向く前に　
どうにか解消させておきたいところだが、そううまくは運ばないようだ。　
一度こらえることをやめた快楽は、より抑えが効かないものとなるだろう。　
もちろん、その焦りを表に出すわけにも行かない。　

誰と出会うこともなく、現れた魔物を淡々と駆逐するだけの攻城。　
仮にも人の王（ルリアンナの父親なのだろう？）が治めている城とは思えない。　
本当はここはすでに魔物に支配されており、生きた人間はいなくなってしまったのではないか。　
そんな想像すら頭をよぎる。　

無人な兵舎という空間は、わたしがかつて律法世界にいたころを思い出させる。　
ここはいくぶんか奇妙とは言え、律法騎士団の兵舎も似たようなものだったからだ。　

わたしはあそこでは間違いなく 幸福　だった。　

幸福とはなんだろうか。欠落のない状態だ。　
律法騎士となる以前のわたしには、癒えようもない欠落が存在した。　

わたしには父親がいなかった。　
物心つく前に、彼は 異端者　として処罰された、らしい。　
そう母親が教えてくれた。　

異端者、というのは律法のタブーに触れたもののことである。　

すべての民が律法によって幸福を保証されているトルラルールで、　
わたしと母だけが瑕疵を背負っていた。少なくとも、わたしはそう感じていた。　
周囲の人々は誰もそれを咎めることはしない。彼らは律法の良き体現者なのだから、　
そのようなことをするはずがないのだ。　

だが、わたしは周囲との違和感を拭うことが出来ず、欠落を埋めることが出来なかった。　
『劣った』感情を公に曝け出すことは律法に反する行為であるため、わたしはそれを内面に閉じ込め続けた。　

劣った感情を抱え続けるわたしもまた、『異端者』認定されてしまうのではないか、　
という恐怖が常にあった。　
負の思いを払拭するための道は、『正しさ』の象徴である、律法騎士になること。　
それしか、わたしには思いつかなかった。　

新王の臣下は、新王に仕えることを、幸福だと感じているのだろうか？　
民の逆上を呼ぶだけとしか思えないこの政策に、疑問を持っていないのだろうか。　
新王を諌めようとした者は——　

それ以上 考えて　はいけない。私にその 権利　はないのだ。