一体どうしたのか、ジョニーさんは妙に考え込んでいる。

そんな風に言われたら逆に気になるというものである。
いつもの僕ならそうですかと済ませるところだけれど、最近は少し積極的になってきたらしい。

そう尋ねようとしたけれど、言葉はそれ以上続かなかった。

当の、話題の張本人が割って入ってきたからだ。

助けを求めるようにジョニーさんの方を向くと、ジョニーさんはため息をついて答える。

……なんだろう、このいたたまれない雰囲気は。
この二人（体？）、そんな微妙な仲だっただろうか。

そういって、アンリエットはスキップでも踏みそうな程軽い足取りで去っていく。
……元々フットワークは軽い子だけど、あれだけ浮かれているのも珍しい。

……やっぱり、ジョニーさんはジョニーさんで、何処となく棘があって、これまた珍しい。
本当に何があったんだろうと気にはなったが、先ほどと違ってとても聞けるような雰囲気じゃあなかった。

———結局、その場では解散となって、次の日。
バシークさんの案内を終えた後、僕とジョニーさんは、揃ってアンリエットの元へと向かった。

いつもなら僕に嫌味なり嗜虐的な発言の一つでも浴びせるアンリエットが、今日は単刀直入に用件だけを述べてくる。

そういって、アンリエットは僕とジョニーさんを近くに合った大木の前まで連れてきた。

そういって、アンリエットは魔術書———“高等魔術の教理と祭儀”を持って、大木の前まで歩み寄る。
……“大いなる神秘の鍵”ではなく、そちらを持っているのは非常に珍しい。
というか、一揆を始めて以来、彼女の手にそちらの方が握られているのを見るのは、
ひょっとしたら初めてじゃないだろうか。

アンリエットは緊張気味に何度も“高等魔術の教理と祭儀”を確認している。
とはいっても、あの魔術書は僕の盾になったというだけで、他の機能はまるでわかっていなかった筈だけど……何か進展があったのだろうか。

準備が出来たのか、アンリエットが魔術書の記述を開いて、書が自動詠唱を始める。

次いで、アンリエットが詠唱を引き継ぐ。
……これは以前にも聞いたことのある詠唱だ。
その時に使ったのはエンブリオ：シツジの力を源泉として回復魔術だった筈。
だとするならば、癒しの魔術———自分でいってみて、何かおかしさを感じる言葉だ———でも使うのだろうか。

そうして詠唱が完成し、アンリエットの華奢な手が大木へと向けられる。
———直後、大剣を構えた影が大木へと突撃していき、巨大な斬撃が大木へと降り注ぐ。
次の瞬間には、人の胴体程度には太かった幹が思いっきりへし折られた。

……僕の見間違えでなければ、今の影はクロウさんで———それが繰り出した攻撃は、彼の得意技であるブラックアサルトの筈だ。

確かに、クロウさんのものと比べると今のブラックアサルトは劣っていたというか、
一揆を初めてまだ日がたっていない頃の威力を思わせるものだったと思う。
人の胴ほどもある大木をへし折ることそのものは凄いと思うが、
率直に言って、今のクロウさんならばもっと巨大な大木であろうが容易く粉砕出来るだろう。

確か、詠唱の締めに紡がれた言葉は、限定再現という言葉だったか。
全く聞いたことのない言葉だ。

バシークさん……それは12日目の今日、僕が城内の大廊下へと案内した方だ。
彼は先発組の一揆衆でもかなりの猛者であり、単身で多くの新王配下の強敵を撃破しているらしい。
彼の戦闘スタイルは守りに特化したものであり、実際、僕が案内した時も彼の守護の力には、色々と助けてもらった。
……もっとも、専門ではない攻撃魔術の実力も僕なんかよりずっと上で、
城攻めの際、僕は彼の後ろからぺちぺちやっていただけという有様だったけれど。
彼の発言から推測すると、あの魔術も模倣の一つということになるだろうから本当に恐ろしい。

そういって、少女人形の視線が僕へと向けられる。

アンリエットは、そう強調するように言ってくる。

成長、か。正直な所、僕には自分が精神的に成長したかどうかなんてわからない。
むしろ、何も変わっていないようにさえ思える。
何せたったまだ十何人と言葉を交わしただけなのだ、何か劇的に変わる方がおかしいと思う。
だからこんな風に物理的な部分の変化があることに、動揺を隠せないのだ。

……そうなのだろうか、わからない。何せ、どのように強くなりたいのか。それが僕の中にはビジョンとして出来ていないのだ。
だから僕は、この変化を喜んでいいのかわからない。

アンリエットはそんな風に、言って涼しげに微笑んだ。


＜de la force reproduction＞ikki -?????th





———記録せよ。

きろく　　　　　　きろく
記録せよ。会話せよ。
きろく　　　　　　きろく
主張せよ。傾聴せよ。
きろく　　　　　　きろく
観察せよ。顕示せよ。
きろく　　　　　　きろく
解読せよ。記述せよ。
きろく　　　　　　きろく
探索せよ。踏破せよ。
きろく　　　　　　きろく
採取せよ。発掘せよ。
きろく　　　　　　きろく
破壊せよ。治療せよ。
きろく　　　　　　きろく
喝采せよ。慟哭せよ。
きろく　　　　　　きろく
希望せよ。絶望せよ。
きろく　　　　　　きろく
襲撃せよ。迎撃せよ。
きろく　　　　　　きろく
殺害せよ。死亡せよ。

記録こそが我が悲願。記録こそが死にゆく私の命を救う。
だが、記録にはあまりにも時間が足りない。私の寿命を全て費やしても、記録するには足りないものが多すぎる。
なればこそ、私に代わる記録者が求められる。

記録者は弱者でなければならない。
何故なら強者は逃げ惑う弱者に対しては歯牙にもかけず踏み潰す為、記録者に向かないと思われがちだが、
相対する弱者に対しては、己の信条と正しさをもって蹂躙する。
向けられた挑戦を無視しては強者足り得ぬ故に。

そして強者では弱者の記録を取ることができないというのも理由の一つである。
弱者は弱者なりの信条と言うものが存在するが、それを強者に対して殊更にひけらかすことはないし、
尋ねられてもどうせお前にはわからないと開き直る故に。（そしてそれは記録者自身も例外ではない為、それを窘める者が必要だろう）

ともあれ。それ故に弱き記録者が必要なのだ。強者も弱者も揃って、己の正しさを主張出来るような、最も弱き記録者が。
彼に対して、慈悲なき強者は鉄槌を振り下ろし、慈悲深き強者は手を差し伸べるだろう。
それらの行動が記録に繋がり、そして———

強烈な違和感の元である青年の『魔書』に半歩足を下げる。
青年が”向かってくる”事が無いことを理解しつつも、警戒の色を強めた。

少し呆れたようにそう言い放つ。

　黙り込む青年を見て、「ふむ」と心で嘆息する。
　狐耳をぴくぴく動かせば、小声の独り言程度は聞き取れてしまう。
　どうやら本人は、実際に口に出してしまっているとは気づいていない様子だが。

　気配を伺うも、もうひとりの少女は何の反応も見せてこない。
　どうやらこの場は完全に傍観者、というわけだ。
　会話の始まりから考えて、青年をあえて千尋の谷に突き落としているといった処だろう。

　唐突に口にした。

　声を一段、低く落とし。

　引きこもっている間に、人間以外のものまで怖くなってしもうての。
　——そう続けて、困った表情を見せる。

　困惑から、過去を笑い飛ばす笑顔に換えて。
　彼の悩みが解ける糸口になればと、狐は思うのだ。

軽く笑みを浮かべる。

エリファスからの質問と

楽しそうなアンリエットの言葉を聞きながら

少年も言葉を選びながら返してゆく

言葉を詰まらせる。

自分の過去の話から変えようと質問する

夢を叶えているのはすごいと言われて

嬉しさで舞い上がっていたため、エルの考え込むような表情にリシュは気付かなかった

“高等魔術の教理と祭儀”のページがエリファスの周囲に展開され、それぞれの記述が詠唱を開始する。

再現された者たちの影が消失し、“高等魔術の教理と祭儀”も閉じられてただの書物へと戻り、エリファスの手元へと収まる。

　　　△　　土　▲
　　（　㊤　皿　㊤）　　がしゃーん
　　（　　　　　　　　）　　　　　　
　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
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