俺は言いたいことがあった。

　新しくできたマスターに、言わなければならないことがあった。
　そんなに大事じゃないけど、とても大事なことが。


　すぐ目の前に、手を伸ばせば届く位置に、今ご主人は居る。


　手を伸ばす。
　あと少し。


「…………」


　結局それは彼に触れることは無く、腕を下した。


　そうして今日も言えないまま、一日が終わった。




********　***　**　**　*　*　*




　——冷たい風が吹き抜ける。

　少し肌寒いが、テントの中に戻る気にはまだなれない。

　見上げた空は黒に染まっている。
　山ならたくさん見られるであろう光は、今日は見ることができないようだ。

　みんなとっくに寝静まっている時間で、唯一聞こえる風の音が、ヤケに耳に響いた。




「……お前、小せえのに苦労してんだな」



　不意に後ろから声を掛けられる。
　振り返ってみると、深い青色の目がこちらを見下ろしていた。
　何かを見透かされているような気がして、少し気分が悪かった。

「……何が？」
「そのままの意味だ」
「…………」

　そのまま黙っていると、アインホルンは隣に腰を下ろした。



「……アイツに言いたいことがあんなら言えばいいだろ」
「っ！？　何で、知って……」
「あんな行動してたら誰でも気づくに決まってんだろ。どうせアイツも気づいてる。だったらさっさと言えばいい」
「…………で、も」
「……俺はお前に何があったかなんて知らねぇし、何を言いたいのかも知らねぇけどよ、アイツなら受け入れてくれんじゃねぇの」


　思いがけない発言に目を丸くする。


「……意外、って言いたげな顔だな」
「だって、お前ご主人のことキライなんだと思ってた」
「ああ嫌いだ。一刻も早く解約してほしいと常々思ってる。……けどよ、」

　一度言葉を切り、俺を見据えてから再び言葉を紡ぎ始める。

「アイツは、誰が見てもわかるぐらいお前のことを大事にしてる。それこそ壊れ物でも扱うみたいにな。……そんなやつが、お前の傷つくようなことするわけねぇだろ」
「…………」
「……それに、お前は知らねぇかもしれねぇが、アイツだって何かお前に隠してるだろ」
「……知ってる」


　隣の男が少し意外そうな顔をするのをみて、困ったように微笑む。


「ご主人、俺を見て何か辛そうな顔してるときあるから、だから……多分そうなんだろうなって」
「……そうか」


　一瞬の沈黙。
　だがすぐにそれは破られた。


「だったら尚更だろ。お互い様なんだから気にせずに言えばいい」
「………………」
「……ま、俺が口出しすることじゃねぇけど」

　アインホルンが服についた砂を軽く払いながら立ち上がる。

「お前もそろそろ寝ろ。明日に響くぞ」
「……うん」


　アインホルンはそのままテントの中に姿を消した。



　俺はその後もしばらく、光の見えない空を見上げていた。

まあユニコーンをおびき寄せる役には多少なったのかもしれない。
そう思っておくことにしよう、と複雑な顔でぼやく青年である。
その顔には疲労の色が濃い。

今年で257歳（この秋に年を取りました）になる竜の若者は肩を竦める。
坊主呼びなんて滅多にされなかったものだから、というアレである。

俺は非力でひ弱、とかさり気ない主張をしつつ主人とやらを見る。
まだ若そうな青年だが、彼がこのヴォルフを下したという事か。
それ相応に実力があるのだろうと察しつつ、

幸いなことにそういう毛色の輩に狙われた経験は今までない。
その事にささやかな幸せを感じつつ、これからも逢うことがないことをひっそりと祈る青年である。
というか、そういうのを知ってるこのおっさんもどうなんだ。
そんな顔でちょっとだけ距離を取る。（※偏見）

名乗り終えれば見張ってた云々に呆れ顔である。

テオドールの発言に半眼の青年だ。

あなたに頭を撫でられて、エルはびっくりしながらも頷く。
……どうやら、少し落ち着いたらしい。

そうして、お菓子を受け取る。

お世辞でなく、本当に気に入ったようだ。
エルはあなたの話を聞きながらも、時折和三盆を口に入れている。

そう言いながら箱に手を伸ばそうとして、それが空を切る。

如何なる原理なのか、懐の魔術書からアンリエットが出てきて、和三盆の入った小箱を奪い取って食べていた。

アンリエットは和三盆も、魔術もいたく気に入ったらしい。エルの分まで食べながら、興味しんしんに聞いてくる。

“高等魔術の教理と祭儀”のページがエリファスの周囲に展開され、それぞれの記述が詠唱を開始する。

再現された者たちの影が消失し、“高等魔術の教理と祭儀”も閉じられてただの書物へと戻り、エリファスの手元へと収まる。

　　　△　　土　▲
　　（　㊤　皿　㊤）　　がしゃーん
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　／│　　塊　　│＼　　　　　　　　　がしゃーん
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