一一五年と六ヶ月と半月。





　なぜ。
　どうして、と彼が言う。
　世は大勢の苦しみに満たされている。
　底も見えはしない悲しみに。
　痛みに。
　誰もが傷を負いながら、病を得ながら死んでゆく。
　このあまりに不完全で綻びのある世界を泣きながらきみは言う。

　なぜ。

　どうして。

　と。

　世を象る神は何もかもを抜かりなく組み立てたはずだ。
　手と目と力のすべてをかけて。
　
　天と地を。
　光と闇を。
　水と空を。
　地と海を。
　草と果樹を。
　太陽と月を。
　時を。

　ありとある命と獣、虫、鳥、すべての小さな生き物たちを。

　そしてついには我々を。



　けれど我々のすべてはくらやみだ。
　身体も。
　霊も。
　魂も。
　隅から隅まであまりに黒い。
　そもそものはじまりから穢されているのだ。

　劣る神の力の及ばぬがために。




　誰が私たちを掬い上げるのか。
　無力で小さな、ただ檻に繋がれるばかりの我々を。




　何者にも増してやさしいきみよ。
　きみはあまりに透き通った愛を説く。
　さしだせ、
　あたえよ、
　と。
　そこには我々がついに目にすることのない愛がきらめいている。
　無償の愛。

　いと高きものの息子よ。


　私は、私たちは、そこに教えられるものを次のように呼ぶ。

　異邦の神。
　人間に縁のない神。
　よそものの神。

　自らとは縁もゆかりもないこの世の、自らとは縁もゆかりもない我々を、いと高き異邦の神は愛を持って抱き留める。
　善そのものであるかのような息子に福音を携えて。




　私は、私たちは巷にあふれる偽物の神の言葉を信じない。
　我々を造りだした神の言葉など。
　その神は誤る。
　過たう。
　彼はこれほどの不条理と苦しみのなかに我々を投げ入れた。
　傷と病と死と過酷ばかりの蔓延る世に。

　彼は我々を愛しはしない。
　愛してなどはいない。

　ただ、己の手になることばかりを愛する神である。

　私と私たちは《息子》の言葉のみを信じる。
　その身から直接に、途切れることなく渡された愛だけを。


　ただそればかりを選び取る。








　（————誰かが知らねばならない、知らねば——できることならすべての民の目と耳に——もたらされたものの向こうにある異邦の神を————）










　忘れるなかれ、彼こそは
















　彼こそは《妬む神》である。






　

「鍋というのは調理器具だろう？」
その言い方に、また笑いが溢れる。

聞くのを躊躇うことを聞き、言うのを躊躇うことを言う。
好奇心や興味が強いのか、何も気にしない性格なのか。

国がこんな状態なのに法律ってのも変な話だよね、と彼女は笑う。
声色から察するに、仲間が痛い目に合わされたことに敵意や恨みを抱いていたりするわけではないようだ。

彼女が得物を振るったのだろう、風切り音がする。

メッ、っと指をつきだして。

何度か首を傾げてから、クリストファーを見上げ。

見下ろすクリストファー、にっこりと笑顔を返し。

キョロキョロと周囲を見渡し。

的確な言葉を探し、うぅん、と頬を押さえて考えるそぶり。やがては、

なんて言い出す始末。百聞は一蝕にしかず、と言わんばかり。
だが、皿の上を探る指の動きに気が付けば、あ、と己の至らなさに声を漏らした。

一切れ、二切れ、パンケーキをつまむ彼の指の動きがゆっくりになる頃を見計らって。